=「PINK」
ラストシーン追加しました。
「未来に望みを託し、我々人類の“凍結計画”へ移行する。」
老人の言葉が落ちた瞬間、会場の空気が変わった。
塔にいるのは、一流の研究者達だ。
皆、薄々と勘づいていたんだろう。
壇上にいる老人は話を続ける。
「ただし、凍結された人類を見守る者がいなければ、この計画は成立しない。
……辛い役割だ。
それでも、引き受けてくれる者がいれば名乗り出てほしい」
会場の空気が、さらに一段沈んだ。
わずかな照明で影ばかりが伸びる、やけに静かな食堂。
テーブルは整然と並んでいるのに、どこか歪んで見えた。
人の気配が薄く、空気が冷たい。
俺はしばらくその光景を眺めていた。
「リエム!」
耳に染みついたエレクトラの明るい声が、
幻聴のようにふっと浮かんだ。
俺は深く息を吐き、トレイを手に取る。
「君のいない未来に……行く気にはなれなかったよ」
自分でも聞こえるか分からないほど小さく呟いた。
ふと視線を上げると、
少し離れた席で若い男が一人、勢いよく食事をしていた。
食器の触れ合う音が、やけに明るく響く。
俺は歩み寄り、テーブルを挟んで男の前に立った。
「前、いいかい」
男は驚いたように顔を上げた。
「あっ、どうぞ」
そう言われ、俺は椅子を引き、静かに腰を下ろした。
俺は、ふとエレクトラに出会った頃を思い出す。
あの日と同じように、向かいに誰かが座っている。
食事をしていると突然、短い悲鳴が聞こえた。
「なんだ・・・」
俺は声のした方へ急いで向かった。
更衣室に入ると、
研究員の男 が、料理人の首にナイフを当てていた。
料理人は白い調理服の袖を握りしめ、震えている。
研究員の目は据わり、焦点が合っていない。
「俺たちは捨て駒だろ!
どうせ全員、ここで死ぬんだ!」
研究員が叫んでいると
整備員がゆっくり手を上げながら近づいてきた。
「落ち着つこう。大丈夫だから、ゆっくり深呼吸して。冷静に話そう。」
整備員は、研究員を落ち着かせようとするが
研究員は激昂しナイフを持つ手に力を込める。
「おいおい、やめろ!」
そう俺は叫び、研究員を静止する。
次の瞬間、鈍く、甲高い音が響く。
整備員が反射的に銃を撃っていた。
研究員の体が崩れ落ちると
その拍子に、ナイフが料理人の首を深く裂いた。
「何が起きたの!」
そう言って女性職員 が駆け込んできた。
料理人の倒れた体、研究員の血、
そして銃を握ったまま震える整備員。
その光景を見た瞬間、女性職員の顔が歪んだ。
「殺したの!?
あんたが殺したのね!!」
整備員は涙を流しながら叫ぶ。
「違う!違うんだ……!」
女性職員は恐怖で怯え、
周囲に散らばる、服や小物を
整備員に向けて投げる。
「頼むから、よしてくれ」
整備員は泣きながら、息を荒くし、パニックに陥っている。
整備員は震える手で銃を自分の頭に向けた。
「バカ!やめろ!」
俺は必死で叫び、整備員に駆け寄ったが間に合わなかった。
「みんな、精神的に参っていたんだ。無理もない」
同僚がそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
声は落ち着いているのに、どこか震えていた。
俺たちは並んで歩き、
薄寒い巨大な部屋へと入っていく。
その部屋には
人が入ったカプセルが、果てしなく並んでいた。
低い駆動音だけが、
静まり返った空間にゆっくりと広がっていく。
俺は立ち止まり、かすかに息を吐いた。
「……何度見ても、慣れないな」
同僚は返事をしなかった。
俺が振り返ると、
同僚は咳き込み、血を吐いて倒れ込んでいた。
数日後
俺は静かにシーツを被せ、同僚の顔を覆った。
冷たい布の下で、もう動かない。
「……お疲れ」
俺はしばらく立ち尽くし、
何も言わずに部屋を出た。
それから間もなく。
塔内部での点検作業の日が来た。
多くの同僚を失い、人手が足りず、
俺も作業に加わることとなった。
点検係の男が安全帯を確認しながら言った。
「今日は早めに終わらせよう」
その直後、
重いものが外れるような音がし、
古い天井板が落ちてくる。
前を歩いていた同僚たちは、避ける間もなかった。
粉塵が舞い上がり、視界が白く濁る。
俺も巻き込まれ、視界が揺れた。
「う……」
立ちあがろうとするが、力が入らない。
頭から血を流し、倒れ込んだまま、
俺は必死に手を伸ばした。
「……エレクトラの笑顔を……もう一度見るまでは……死ねない」
「……エレクトラ……」
ゴーグルをつけたアランが寝言のように呟いた。
記憶の中のリエムと同じように
手を伸ばすアラン。
「きたか!」
リエムは興奮し、アランに駆け寄る。
アランが伸ばした手の先で、
空間が裂けるように眩しい光が走る。
光の中に“人影”が現れ、
輪郭がゆっくりと明瞭になっていく。
荒れ果てた山岳の中に、異質に聳え立つ巨大な塔。
歪な形を知っており、重さを抱えて空へ飛び立とうとしているように見えた。
そのすぐそばを、一機の飛行機が駆け抜ける。
「こりゃアカン。」
ハンドルを握りながら呟くシライ。
「塔がこんな山岳地帯にあるんとは……
カートはん! 着地は無理です!
どないしますか?」
シライが声を張り、尋ねる。
アランは、塔を見つめ、軽くため息を吐く。
「できるだけ塔に接近してくれ。素早くな」
手短に答えるカート。
「構いませんが、そんなことして何になるんですか?」
そう言いながら、シライは飛行機を塔へと急接近させる。
塔に近づくと、背後から歪な叫び声が響いた。
「なんやこいつ!?」
金属でできた巨大な鳥が、近づけさせないと言わんばかりに、威嚇しいながら迫ってくる。
「俺が降りたら、すぐずらかれよ!」
「なんですって!」
シライが聞き返すより早く、カートは軽やかに身を乗り出し、
飛行機から飛び降りる。
「ちょっ!?」
落下するカート。
シライは驚き、飛び降りたカートを視線で追う。
落下するカート。
すつと突然カートの姿が一瞬で消えた。
「何がどうなってるんや……」
背後から巨大な鳥が迫る。
呆気に取られるシライ。
「……キィィィ……」
巨大な影が機体をかすめる。
「アカン、あかん。はよ離れんと」
飛行機は速度を上げ、塔から離脱する。
研究室と食堂を繋ぐ薄暗い廊下。
長らく人の出入りがなく、埃がゆっくりと舞っていた。
空気がわずかに揺れ、
そこにアランの姿が“滲むように”現れた。
思い詰めた表情のまま、アランは息を吐く。
「リエム……お前はずっと……」
アランはゆっくり立ち上がり、
迷いのない足取りで塔の内部を歩き始めた。




