『MANIAC』 =
ラスト、シーン追加しました。タイトル変更しましま。
空気がこもった薄暗い研究室。
俺の目の前には、一人の男がいる。
男は少し背を丸め、無造作に伸びた髪を後ろで束ねていた。
青白く痩せた頬。白衣の袖口は擦れている。
「うむ……数値はまずまずだな……」
不健康な見た目の男は、モニターを覗き込みながらぶつぶつと呟く。
その声は湿っていて、部屋の空気に溶けていく。
モニターには “reproduction” の文字と、三人の顔が並んでいた。
銀髪の少女。紫の瞳の男。そしてカート。
俺は男へと歩み寄り、口を開いた。
「順調ですね、城条博士」
博士はゆっくりと姿勢を起こし、歩きながら抑揚のある声で言った。
「大変喜ばしいことだ! あとは覚醒さえしてくれれば、このプロジェクトは加速していく!」
そう言って、博士は俺の肩を軽く叩く。
骨ばった指先が、妙に冷たかった。
「その時、真に必要になるのは優秀な科学者だ……君には期待しているよ、リエム君」
俺は博士の期待には答えられなかった。
十六になった俺は、末端の研究員として働いている。
食堂でランチを食べていると、どこからか声が聞こえてきた。
「おいアイツが、史上最年少で難関試験に合格したっていう……」
「おいやめとけ。あの城条博士に気に入られてたようなやつだ……関わるなよ」
城条に気に入られていたのは昔の話だ。
才能が伸び悩み、研究成果をあげられない俺に、博士は興味を失った。
あの博士のことだ。今では俺のことを覚えているかも怪しい。
俺は、孤独だった。
「隣いい?」
突然、少女が声をかけてきた。
「あぁ構わない……」
そう答えると、少女は軽く息をついた。
「そう、ならよかった。なかなか席が空いていなくて」
見知らぬ顔だ。
よく見ると、臨時入館証を首から下げていた。
少女はトレイを置き、俺の向かいに座った。
それが彼女エレクトラとの出会いだった。
それから俺は、毎日彼女とランチをする仲になった。
ある時、彼女は言った。
「リエムはここでどんな研究しているの?」
「今は、地球環境を改善するために、新種の植物について研究しているんだ。
研究といっても……助手の助手みたいなものだけれど」
エレクトラは目を輝かせた。
「えー! すごいじゃない。私、花を見るのが好きなの!」
明るく言うエレクトラ。
「じゃあ、この地は、お前にとって最高の場所だな」
俺がそう言うと、彼女は肩をすくめて笑った。
「何いってるの。この大陸“グリーンハウス”は、人類全員の楽園でしょ。
そんな楽園の中枢で植物の研究なんて、リエムはすごいよ」
彼女は食堂の窓から外を眺めた。
「ねえリエム、あそこに見える山、行ったことある?」
遠く、霞んで見える大きな山を指差す。
「あの山は、春になると桜が咲き誇って、一面が綺麗なピンク色になるんだって」
エレクトラは楽しそうに話す。
「いつか、汽車に乗ってあの山の向こうに行くんだ」
エレクトラはそう言って、指先で窓を軽く叩いた。
遠くの山は、灰色の空の下でぼんやりと霞んでいる。
俺は少し考えてから答えた。
「……あそこには、汽車じゃ行けないよ。
行くなら、途中でボートに乗り換えるか……飛行機かな」
エレクトラは一瞬だけ黙り、俺の顔をじっと見た。
「ふーん……そうなんだ」
そして、わざとらしく頬をふくらませた。
「意地悪なリエム」
「えっ……いや、そんなつもりじゃ……」
「うそ」
エレクトラは小さく笑った。
その笑顔は、やけに鮮やかに見えた。
エレクトラと出会ってから、数年後。
俺は植物の研究で一定の成果を出し、
ノックオフ計画の主軸研究員として働いている。
「数値が低いな……やはりリプロダクションの三人に比べると……」
議員達の要請によりノックオフ計画を引き継いだ俺は、研究に追われる日々を送っている。
「リエム博士」
ノックオフ達のデータを見ていると、一人の助手が声をかけてきた。
「ノックオフ計画の発案者が城条博士という噂はほんとですか?」
ぶっきらぼうに尋ねてくる助手。
俺は冷静さを保ったまま、助手の顔へ視線を移す。
「過去に宝条が発案した計画をもとにしているらしいね」
俺がそう答えると、助手は少し意外そうな顔をした。
「ご存じで、あなたはこの計画を?」
「リプロダクションの代替として始まったプロジェクトだと、議会の連中から聞いているが……
なぜそんなことを聞くんだい?」
「いえ、城条博士はあまりいい噂を聞かないお方でして。それにあなたと城条博士の関係を考えると」
俺は軽く笑った。
「僕があの人のように、狂気じみて見えるかい?」
そう言うと彼は
「いえ決してそのようなことは……」
と視線を泳がせた。
「冗談だよ。この研究に携わっているのも、議員直々に頼まれてしまったからで。あの人は関係ないよ」
そう言って、俺はデータの確認作業に戻る。
そのデータには、幼きネモの姿が写っていた。
次の瞬間、突如として研究棟の警報が鳴り響いた。
「博士、大変です、、、」
そう慌てて走ってくる研究員。
「何があった!」
俺がそう聞くと、研究員は肩で息をしながら言葉を絞り出した。
「ノックオフ達の脱走です。」
慌てて研究室を出ると研究棟は混乱していた。
研究員たちは避難誘導に追われる。
塔の外では数台の軍用車が塔に向かって荒らしく走ってきている。
急いで監視カメラを確認すると、
ほぼ全てのノックオフが、管理区域から脱走し、塔の外を目指している。
あちこちで研究員や軍とノックオフの戦闘が巻き起こっていた。
「まずいな、、、」
監視カメラを切り替えていくと、荒れ果てた食堂の映像が映し出される。
俺はハッとし、エレクトラを探しに駆け出していく。
「……エレクトラ、無事でいてくれ。」
食堂にたどり着くと、床に研究員が数名倒れている。
俺は息を殺し、身を潜めて周囲を探った。
視界の端で、何かが動いた。
厨房の奥で、エレノアが長身のノックオフに押し倒されていた。
「エレクトラ!」
俺は怒りに任せて、立ち上がろうとする。
その時、張り詰めた空気が立ち込める。
異様な圧に俺は、体が動かなかった。
食堂の奥から、ゆっくりと足音が近づいてくる。
足音の方へ視線を送ると青い髪の男が歩み寄っていた。
その背後には複数のノックオフが 無言で従っていた。
男は長身のノックオフを一瞥し、淡々と呟いた。
「……気に食わないなぁ」
「まってくれ、どうしてだ、」
長身のノックオフがそう言い、
弁明をしようとした瞬間、
青髪の男はナイフを投げる。
ナイフが突き刺さると、長身のノックオフは流れるように倒れた。
青髪の男は、一瞬、エレクトラを見つめる。
エレクトラは静かに泣き崩れていた。
男は静かに瞳を閉じ、振り返る。
「お前ら!俺についてくる気があるなら・・・・」
誇りを持て。」
男がそう呟くと、
ノックオフ達は彼を見つめ、頷く。
そんな彼らの反応を見て、
青い髪の男は満足げに笑った。
「さぁ復讐を始めようか」
ノックオフ達は食堂を後にしていく。
脱走事件からしばらく経ち、
俺の処遇は一時保留となった。
脱走事件の裏では
城条博士ら複数の職員および議員が消息不明になっていた。
加えてリプロダクションの3人が消えるという、未曾有の事件が起きていた。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺は彼女の容体しか頭になかった。
「どういうことだ!」
医務室にいる俺は医者の胸ぐらを掴んだ。
「今まで見たことのない病だ、治しようがない」
医者がそう言うと、俺は顔を顰める。
「なぜだ……」
「おそらく、ノックオフと……」
「言うな!」
俺は叫び、立ち上がる。
「頼むから……」
そう言って頭を抱え込み、俺は崩れ落ちた。
「そのこと、彼女は……」
そう尋ねると医者は
「もう伝えております」
と答えた。
俺は、声が出なかった。
「お疲れ! リエム」
医務室を出ると、検査を終えたエレクトラがいた。
俺はエレクトラに合わせる顔がなく、視線を逸らす。
「そんな顔しないでよ」
「すまない」
俺が頭を下げようとすると、エレクトラは小さく笑った。
「私は大丈夫だから」
それから俺は、エレクトラの病を治す方法を研究し続けた。
「ショクブツの応用も失敗か……やはり、リプロダクションに手を出すしか……」
研究に没頭していると、突然声がかかる。
「リエム博士」
黒服の男がズカズカと研究室に入ってくる。
「なんだい? 手短に頼むよ」
俺は男に見向きもせず、作業を続けた。
男は深くため息をつく。
「明日の集会は全員強制的であることを伝えに……何度も連絡したのですが、返信がなかったため」
「悪いけど僕は出ないよ」
「そういうわけには」
「出ないとクビになるかい?」
俺は冗談めかして尋ねたが、男は真面目な顔で、
「研究は続けられないかと」 と呟いた。
「……分かった」 俺は低い声で答えた。
集会では塔にいる関係者がほぼ全て集まっていた。
「珍しいな、、、」
妙な空気でざわつく会場。
そうこうしていると壇上に老人が現れた。
老人はマイクの前に立ち、話し始める。
「諸君。
塔の諸研究は、いまや軒並み行き詰まっている。 さらに、地球環境の悪化は止まらず、加速するばかりだ、、、
ゆえに、人類は決断した。」
そう言い終えると 壇上背後の幕が開き、
大量のカプセルが姿を見せる。
「未来に望みを託し、我々は“人類凍結計画”へ移行する。」




