旅立ち
「なぜ、俺が旧時代の服を着ているか、気になるか?」
アランの疑いを察したように、カートは語りかけた。
それまでの砕けた口調とは違い、声に妙な重みがあった。
アランは思わず唾を飲み込んだ。
牢屋の中の、冷えた空気が喉に張りつく。
しかしカートの動きはそこで止まり、
そのまま力が抜けたように寝息を立て始めた。
「なっ、寝やがった……」
あまりにも唐突で、
アランはしばらく呆然としたまま動けなかった。
その夜、アランは、なかなか寝れずにいた。
斜め向かいの男の寝息と、
自宅の奥で見つけた鉄の匂いが頭から離れなかった。
それでも、いつのまにか意識が落ちはじめる。
暗闇の中、激しさを増す吹雪。
白い地面に1人の女性が倒れている。
雪の上に、痩せた細った女性が倒れている。
頬はこけ、手は動かない。
「……母さん」
アランは息を呑んで目を覚ました。
胸の鼓動がうるさく響く。
気がつくと、朝になっており、
わずかに差し込む日光が、アランの額を照らしていた。
「朝からだるいな、、、」
突然外から声が聞こえ、身構えるアラン。
中年の村人二人が粗末な朝食を持ってきた。
アランは寝たふりをする。
2人の村人は朝食を置きながら雑談を始めた。
「流れ着いた本でも見てしまったのか、、」
「素直に言えば、咎められることなんてないのに」
アランを見つめる二人の村人。
彼らは、心配するような、憐れむような表情をする。
そのとき、カートの牢屋から物音がした。
村人はかったるそうに朝食を差し出す。
カートは大きな身振りで礼を伝え、パンをかじり始めた。
「なんでこんなやつ拾ってきたんですかね」
「一時の情だろう」
二人は話しながら、牢の掃除を始めた。
「どうして旧時代の服なんて着てるんだか」
「おいおい、詮索すんな。俺たちも捕まるぞ」
「幸い、こいつは声が出ねぇから、余計なこと聞かされる心配もねぇ」
「喋れないから生かしてる、ってわけか」
「まったく、声が出なくて運が良かったな」
村人がそう言い終えた瞬間、カートがぽつりと呟いた。
「でも、川に流して追い出す気だろ?」
村人は目を見開き、慌てふためいた。
「お前が喋ったのか⁉︎」
カートはすかさず、朝食のプレートを投げつけた。
鉄格子をすり抜け、二人の頭に当たる。
倒れた村人から鍵を取ろうと、カートは鉄格子越しに手を伸ばした。
「演技だけじゃなく、曲芸もできるのか?」
アランが小馬鹿にしたように言う。
「まぁね」
カートは明るく呟きながら、自分の足枷を外した。
牢を出ると、アランに鍵を投げ渡す。
「お前は、これからどうする?」
問われ、アランは眉間に皺を寄せた。
その問いに答える前に、外から悲鳴が響いた。
二人は足枷を外し、牢屋から飛び出す。
外では、村人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
「なんだ、あれ……」
アランが呟く。
「ショクブツか。ついにここにも……」
カートは歯を食いしばり、険しい顔をした。
ショクブツはツタを伸ばし、村人を捕食しようとしていた。
村人たちはギリギリでそれを躱している。
パニックに陥った村を見つめ、
アランは何かを決心したように自宅へ駆け出した。
村人を押し退け、汽車が佇む隠し部屋へと向かう。
「これを使えば……」
そう呟き、銃と電池をかっさらうアラン。
外へ戻ろうとしたそのとき、
扉の前で待ち構えているカートの姿が目に入った。
「そんな物騒な物を持ってどこに行く気だ?」
カートは壁に背を預け、落ち着いた口調で尋ねる。
「決まってんだろ。ショクブツから村を守るんだよ」
「使い方はわかるのか?」
「知っている」
アランは面倒くさそうに答えた。
「仕組みじゃない。実戦での使い方だ」
再び問いかけるカート。
「余計なお世話だ」
アランは苛立ちを隠さず言い放ち、
銃に電池を詰めながらショクブツへ向かって
突っ込んでいった。
ショクブツと対峙すると、
アランは銃を構え、引き金を引いた。
「っ!」
銃内の電池が発光し、眩しさに思わず目をつぶる。
次の瞬間、
アランは発砲の反動で三メートルほど吹き飛ばされた。
「とてつもないな……」
ゆっくりと起き上がり、ショクブツへ視線を戻す。
巻き上がった土煙が薄れ、影の輪郭が浮かび上がっていく。
「おいおい、マジかよ」
ショクブツは体の半分を失いながらも、
機敏に動き回っていた。
猛スピードでアランへ迫るショクブツ。
アランは腕で顔を覆い、身を守ろうとする。
その背後に、
カートが颯爽と現れた。
手慣れた手つきで電池を入れ替え、
片手で銃を構えるカート。
「出力調整も知らないのか?」
カートは挑発するように呟き
三発の光線を素早くショクブツへと撃ち込む。
するとショクブツは悲鳴のような音を発し、
蒸発して跡形もなく消えていった。
放心状態のアランを横目に、カートは得意げな顔をする。
光の残滓が消え、場に静寂が戻る。
やがて、低いざわめきが波のように押し寄せた。
広場全体が、重たい気配に包まれていく。
アランとカートの前に、村人たちが半円を描くように立ちふさがる。
その目は、助けられた者のものではなかった。
「二人を捕えろ」
低い声が響き、農具が一斉に持ち上がる。
金属の擦れる音が、やけに冷たく聞こえた。
「待てよ。助けたのは俺たちだ」
アランは声を張るが、誰も表情を変えない。
むしろ一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「そろそろ、温まった頃かな」
カートは肩をすくめ、軽く頭をかく。
その瞬間、
アランの家の方向から、
重い衝撃音が聞こえてくる。
壁が砕け、蒸気を噴き上げながら、
飛び出してくる黒い塊。
村塊は土煙を巻き上げながら、二人の前で止まる。
カートがアランの方へ視線を向ける。
村人たちがざわめき、後ずさる。
カートはその反応を横目に、アランへ視線を向けた。
「俺と行くか?」
アランは村人たちの怒号と、汽車の蒸気の間で立ち尽くした。
胸の奥に、家族の影がよぎる。
もう誰も失いたくない。
飢えも、怯える暮らしも、
二度と繰り返したくなかった。
「……あんたについていけば、変わるのか」
アランは低く呟く。
カートは少しだけ目を細めた。
「塔か。あそこに行っても、何も変えられないかもしれないぜ」
アランは迫ってくる村人たちを見渡した。
逃げ場はどこにもない。
「どうであれ……行ってみるしかないか」
短くそう言うと、アランはカートの方へ一歩踏み出した。
返答を聞いたカートは、迷いなく汽車へ駆け出した。
そのまま飛び乗り、勢いよくブレーキを踏む。
村人たちがあっけに取られている隙に、アランも車体へ飛び移った。
汽車が動き出した瞬間、背後から叫び声が響く。
「アランッ……待てよ……!」
タケルだった。
泥を跳ね上げながら必死に走り、転びそうになりながらも体勢を立て直す。
伸ばされた手に、アランが腕を伸ばす。
タケルはそのまま車内へ転がり込んだ。
「お前、どうして……」
アランが息を呑む。
タケルは額の汗を拭い、短く言った。
「塔に行くんだろ」
アランは目を見開く。
「どうしてそれを……」
タケルは息を整え、
上着の内側から一冊の本を取り出した。
「お前の部屋に置いてあった」
アランは目を見開く。
タケルは続けた。
「お前……そこのおっさんと一緒に、この村をショクブツから……
いや、この世界を救いに行くんだろ?」
「おっさんじゃなくて、お兄さんね」
カートがすかさず口を挟む。
タケルは笑いながらアランの肩を叩いた。
「こんな怪しいおっさんとお前だけじゃ頼りないからな!」
カートは軽く笑い、
燃え盛るボイラーへ電池を放り込んだ。
汽車が低く唸り、加速する。
村は、あっという間に後ろへ流れていった。




