「Sabotage」
強い日照りの中、湖畔に佇む汽車。
その屋根の上でハンナとセレーネは洗濯物を干していた。
「やっと洗濯できましたね」
ハンナが明るく話すと、セレーネは軽く頷いた。
「手伝うよ」
そう言って、セレーネのすぐ後ろから腕を伸ばすアラン。
彼女の横にある布をひょいと掴んでロープに掛ける。
「ありがとう」
セレーネの頬が少し赤くなる。
「えっ……」
ハンナは思わず口元を両手で押さえ、目を丸くした。
「ん?どうした?」
ハンナの様子を見てアランが問いかける。
「いえ、別に……」
ハンナは慌てて誤魔化そうとする。
セレーネは顔を赤らめ、俯く。
「楽しそうなとこ、悪いんだがちょっといいか?」
場の空気を割くように、ベックの声が響いた。
ベックに呼ばれ、客車に入るアラン達。
遅れてタケルも入ってくる。
「何だ、もう出るのか?」
タケルがそう言うと、シモンズは頷く。
「あぁ。一応シモンズの許可も下りたしな」
ベックはシモンズの肩を肘で軽く叩いた。
「まったく、あなたという人は……」
シモンズは呆れたような表情をする。
「マコはどうするんだ?」
ベックは短く息をつき、少しだけ声を落とした。
「頼めるか?」
その一言に、「まいったな」とカートは頭をかいた。
翌朝。
「世話になったな」
ベックがアラン達に短く告げる。
「じゃあな!またすぐ合流するだろうけど」
カートは丸めた地図を手に持ち、明るく笑う。
ベックも笑い、「おう」とだけ返して車に乗り込んだ。
エンジン音がゆっくりと遠ざかっていく。
カートは汽車の方を振り返り、小さく肩をすくめた。
「さぁ……眠り姫が起きたら大変だぞ」
アランは苦笑し、タケルはため息をついた。
汽車の中では、マコがまだ静かに眠っていた。
数日後。
星空の下、薄暗い荒野を汽車が走っていた。
その屋根の上には、2つの人影があった。
「タケル、右前方!」
アランが叫ぶ。
タケルは刀を構え、指示に合わせて踏み込む。
ショクブツが跳びかかる瞬間、身を低くして斬り上げた。
「次、上だ!」
アランは銃を構え、空を指差す。
タケルが見上げると、飛行型のショクブツが急降下してきていた。
アランはショクブツの翼を素早く撃ち抜く。
バランスを崩したショクブツが落下し、タケルが刀で止めを刺した。
「左後ろ!」
アランの声にタケルが振り返る。
地面が盛り上がり、地中からショクブツが勢いよく現れた。
蔦が絡み合い、巨大な蛇のようにうねりながらタケルへ迫る。
「っ……!」
タケルは後退しながら刀を振るうが、間に合わない。
ショクブツは地を滑るように加速し、足元へ飛びかかる。
「タケル、踏み込め! そのまま前!」
アランの叫びが飛ぶ。
タケルは反射的に前へ跳んだ。
その瞬間、アランが銃を最大出力に切り替え、引き金を引く。
光弾は眩しい光を放った。
光か音かに反応したショクブツが、一瞬だけ動きを止める。
その隙に、タケルは地面を蹴り、ショクブツの懐へ飛び込んだ。
刀を握る手に力を込め、そのまま勢いよく突き刺す。
ショクブツが周囲からいなくなり、汽車はスピードを緩め始めた。
「そういや、前から気になってたんだが、その刀、ベックのと同じだよな?」
タケルは刀を軽く持ち上げ、刃の反射を眺めながら答えた。
「あぁ……ベックが使ってたやつだってよ。電池が壊れてて出力は使えねぇんだけど、」
アランは短く息をつき、どこか納得したように頷く。
「……そうか。なら、しばらくは頼りにさせてもらうぞ」
そう言って微笑んだ。
タケルは照れくさそうに笑い、刀を鞘に収める。
地平線から現れた朝日が、二人の姿を照らす。
「長いこと旅をしたな」
アランが前方を見つめながら呟く。
「俺らの村を出て、もう2年以上経つか?」
タケルは空を見上げた。
「雪景色しか知らなかった俺らが、ショクブツ相手に大立ち回りとはな」
タケルは笑いながらアランを見る。
「しかも、この蒸し暑さの中で」
アランは苦笑しつつ背伸びをした。
「この調子で行くと、もう半年もせずに旅が終わるな!」
するとアランは少し不安な顔をする。
「そこに、世界を救う術がないかもしれない……」
「もしそうだとしても、この旅は無駄にならないだろ!」
タケルは明るく答える。
「あぁそうだな、外の世界を知れた。それに協力してくれそうな奴らに出会えた」
アランの言葉を聞いて、タケルはふっと笑った。
「お前らしいな」
「おーい、二人とも。面白いもんが見えるぞ」
静かな時間を遮るように、ボイラー室からカートの声が響く。
アランとタケルは顔を見合わせ、カートの指差す方向へ目をこらした。
「ん? 山しか見えねーよ」
タケルは眉をひそめる。
するとアランが、小さく息を呑むように言った。
「……あれが」
タケルは望遠鏡を手に取り、前方をくまなく探す。
「どこだよ……」
視線をゆっくりと移していく。
その先に、地平線へ向かって一本の影が伸びているのが見えた。
影をよく見ると、上のほうは針のように鋭く細まり、途中には左右へ薄く伸びる板が、矢印のように静かに張り出していた。
それは、重さを抱えたまま空へ伸びようとしているように見えた。
「やっとだ……」
アランは軽く息を吐いた。
「あれが、俺たちの目指していた“塔”……」
汽車の中にいるマコとセレーネ。
「なんだい、みんな騒いで。」
マコが呟くその横で、セレーネは胸に手を当て、窓の外を見つめていた。
「?どうしたセレーネ」
セレーネの様子を見て、駆け寄るマコ。
セレーネは顔色が悪く、額に汗を流している。
「おいおい、大丈夫か!?」
「大丈夫、ちょっと疲れて……」
そう言うと、そのまま意識を失い倒れ込んでしまった。
右頬に当たる温かい指の感触で、セレーネは目を覚ます。
頭をおさえながら、ゆっくりと上半身を起こす。
「セレーネ!? 良かった……」
安堵の表情を浮かべるタケル。
「大丈夫か?」
アランはコップに水を入れ、セレーネの枕元にそっと置く。
「なんか、急に苦しくなって……」
「倒れてから2日も起きないから心配したんだぞ。」
タケルが明るく話す。
「みんなに心配かけちゃって、ごめん。」
「好きで倒れたわけじゃないんだろ?あまり気にすんな!」
タケルはセレーネを励ます。
「シモンズとハンナにも後で謝っておかないと」
セレーネがそう呟くと、カートがコーヒーを飲みながら現れる。
「あー、2人は昨日、俺らと別れたんだ」
セレーネが窓の外へ目を向けると、今まで並んで伸びていた川は、遠く後ろで大きく曲がっていた。
「まあ、すぐまた会えるさ。目的地は同じだからな」
アランにそう言われるも、セレーネは寂しそうな表情を浮かべた。
汽車はトンネルに入り、暗闇を走り続ける。
すると、遠くの方から早口で尖った歌声が爆音で響いてきた。
「ラップか。いい趣味してるね」
カートが呟く。
その視線の先では、一台の車が荒々しく走っていた。
「おいおい、せっかく気持ちよく聞いてたのによ」
ベックが嬉しそうに笑っていた。




