はじめての仕事2
装備を整え、意気揚々とトレジャーギルドの門をくぐろうとしたその時──。
「アリーシャぁぁぁッ! 愛しい父さんを置いて行くのかぁぁッ!?」
どこからか聞き覚えのある叫び声と共に、父ブラッドが涙と鼻水を撒き散らしながら一直線に猛ダッシュしてきた。両腕を大きく広げ、感動の抱擁を交わわそうとアリーシャへ飛びかかる!
「行くなぁぁッ! 愛してるぞアリーシャぁぁぁッ!!」
『あ、お父さん。邪魔』
スッ……
アリーシャは振り返りもせず、横へ「ひらり」と半歩だけ身をかわした。
「ぶっへぇぇぇッ!?」
空を切ったブラッドは勢い余ってギルド前の石畳へ顔面から激突し、豪快に大転倒! その拍子に手に持っていた包みが弾け飛び、中から特製のお弁当と回復薬がコロコロと転がり出た。
「……あいたたた。相変わらず見事な身のこなしだな……さすが我が娘……」
顔を擦りむきながら立ち上がるブラッドに、アリーシャは呆れた視線を向ける。
『もう、何しに来たの? これから初仕事なんだから邪魔しないでよ』
「じ、邪魔とは酷い! 父さんは心配で修行に身が入らなくてな! これ、母さんが持たせてくれた特製のお弁当と、万が一のための回復薬だ!」
『あ、お弁当と薬? ありがと。じゃ、行ってきます』
「冷たいッ!? 娘の塩対応が心に刺さるッ! もう少し『お父さん寂しい!』とか抱きつき返すとかないのか!?」
『だって昨日も家で散々話したじゃん。ほら、ジェイ・ジェイ、アカツキちゃん、行こう!』
「おうッ! お父上どの! アリーシャの背中は俺たちがしっかり守るッ!」
「……行くわよ」
ブラッドの感動の(?)見送りはアリーシャによってあっさりと流され、三人組はそのまま歩き出した。
【ガハハハ! ブラッド、相変わらず娘には形無しだな!】
ギルドの入口で大笑いするギルド長スタントン。その隣では副ギルド長シェルウェイが「一粒でも多くハードメタルを持ち帰るのだぞ……」と拝むように見送っている。
Wait、そして──ギルドの建物の影から、長い金髪を揺らしたペンネが静かに立ち尽くしていた。
腕を組み、冷ややかな視線を向けているように見えて、その瞳は去っていく三人組の後ろ姿をどこか案じるように静かに見つめている。
“……ふん。せいぜい途中で泣きついて戻ってこないことね”
呟く声とは裏腹に、彼女は三人組の姿が通りに消えて見えなくなるまで、物陰から静かにその背中を見送り続けるのであった。
『はじまりの洞窟』までは、ルーンバリーの街から徒歩で約半日。
緑豊かな街道を歩きながら、アリーシャたちは道中の無駄なエンカウントを避けるべく雑談を交わしていた。
「……ねえ、アリーシャ。前から気になってたんだけど」
アカツキが歩調を合わせながら口を開いた。
「あんたが使える魔法のこと。5属性(火・水・土・雷・風)の中位魔法に回復って言ってたけど……本当になの?」
『うん、本当だよ? 風魔法を応用した音波弓もそうだし、一通りは練習させられたからねぇ』
アリーシャが当たり前のように頷くと、隣を歩くジェイ・ジェイが真顔で身を乗り出してきた。
「アリーシャ! お前、自分がどれほど奇妙な選択をしているか分かっているのかッ!?」
『えっ!? 奇妙!?』
驚くアリーシャに、アカツキが呆れたように言葉を重ねる。
「……確かにね、世の中には5属性全てをマスターした偉大な魔法使いや宮廷魔導士だって実在するわ。歴史に名を残すような天才たちね」
「そうだッ! だがなッ! そんな超ハイスペックな才能を持った人間が、なぜわざわざ命がけで泥にまみれる『トレジャーハンター』なんて職に就いているのだッ!? おかしいだろうがッ!」
『ええっ!? だって、うちのお父さん『これくらい使えないと野宿した時に火も起こせないし水も汲めないし怪我も治せないぞ』って言ってたよ? …まぁ、うちのお父さん昼間からフラフラしてるどうしようもない無職だから、世間のことよく分かってないのかもだけど』
「「……(絶対ただの無職じゃないでしょ……!!)」」
アカツキとジェイ・ジェイは思わず顔を見合わせ、心の中で同時に激しく突っ込んだ。
「……とにかく! 国や王立研究所にでも就職すれば一生安泰レベルの才能なのよ! それを『野宿に便利だから』なんて理由でトレジャーハンターの現場に持ち込むなんて、宝の持ち腐れにもほどがあるわ!」
「そうだッ! どこが器用貧乏だ! 現場においては完全にオーバースペックなのだッ!」
熱弁する二人を前に、アリーシャはパチパチと瞬きをした。
『そ、そうなのかな……? でも、これだけ魔法が使えれば、危険な場所にも行けて、珍しいお宝がいっぱい掘れるってことだよね?』
「……結局そこ(お金)に行き着くのね」
「ガハハハ! ぶれないなアリーシャ!」
己の市場価値の高さにも、父親のヤバすぎる正体にも全く気づいていないアリーシャと、呆れつつもその頼もしさに笑みをこぼす二人。
噛み合っているのかいないのか分からない三人組を乗せた時間は穏やかに流れ、やがて陽が傾き始めた頃──目の前に巨大な山肌と、不気味にぽっかりと口を開けた『はじまりの洞窟』が見えてきたのだった。




