はじめての仕事5
「ちょっと待って、アリーシャ。あんたの貴重な魔力は温存しておきなさい」
傷だらけのジェイ・ジェイの治療に向かおうとするアリーシャを制し、アカツキが前に出た。
「下位の回復魔法なら、私でも使えるわ。……じっとしていなさい、脳筋」
アカツキの手から淡い光が放たれ、ジェイ・ジェイの傷口がじわじわと塞がっていく。
「おおッ……! アカツキ、お前回復魔法まで使えるのかッ! 助かるぞ!」
「言ったでしょ、近接のサポートくらいは一通りこなせるって。……ふぅ、治ったわよ」
「ガハハ! 感謝するぞ!」
──だが、治療が終わったまさにその瞬間。
グラグラグラグワァァァンッッ!!!
洞窟全体を揺るがす、これまでにない超巨大な地震が三人をおそった!
原因は明白──先ほどジェイ・ジェイが不甲斐なさのあまり、地面へ全力で叩き込んだ一撃である。遅れてやってきた衝撃波が亀裂を広げ、足元の石畳が一気に崩落を始めたのだ!
「「「きゃあああぁぁぁぁッッ!?」」」
地面にぽっかりと大穴が空き、三人は叫び声を上げながら暗闇の底へと真っ逆さまに落ちていった──。
ドスンッ! ゴロゴロ……!
「痛てて……。一体どこまで落ちたんだ……?」
激しい衝撃と共に辿り着いたのは、不気味な紫色の結晶が怪しく光る、巨大な空洞だった。
周囲には、地上で遭遇した比ではない数千、数万ものレッドコウモリが天井を埋め尽くしている。
そして──広場の中心に、その“主”はいた。
二足歩行する巨大なコウモリの異形。その手には、まるで野球のバットのような黒光りする極太の棍棒が握られている。
『キキャキャキャッ! 3年前にこの洞窟を我が根城として以来、こんな落ち方をしてきた人間は初めてだぞ!』
コウモリたちの群れを束ねる洞窟の主──グラスラバットだ。
『本来なら迷宮を幾重にも突破した先にあるこの最深部へ、自爆崩落でダイレクトに辿り着くとはな……! キキッ! お前、頭脳は壊滅的だが、そのラッキーと馬鹿力だけはカンスト級だな!』
わざわざ探索する手間を省いて主のフロアを引き当てた強運(?)を、高らかに笑い飛ばすグラスラバット。
それに対し、ジェイ・ジェイはニッと不敵に笑って親指を立てた。
「ふッ! この俺のラッキーと威力をカンスト級と見破るとはな! 敵ながらお目が高いぞ、コウモリ野郎ッ!」
「……(褒め言葉じゃないでしょ、このアホ……!)」
アカツキがこめかみを押さえて激しく頭を痛める。
だが、遊んでいる時間はない。グラスラバットが手に持ったバットを肩に担ぎ、殺気を放ち始めた。
「来るわよ! 敵の武器はあのバットと、コウモリ特有の超音波! 陣形を整えて──」
「ウオオオォォォッ! 先手必勝ッ!」
「ああっ!? 止めなさいって言ってるでしょ脳筋ッ!?」
アカツキの制止を無視し、ジェイ・ジェイが猛然と飛び出した! 魔力を拳に集中させ、グラスラバットの顔面へ一閃!
しかし──
バキガシャァァァンッ!!!
『甘いなキキッ!』
グラスラバットがバットを軽々と振るい、ジェイ・ジェイの拳と激突。
直後、洞窟内に生々しい破壊音が響き渡る。圧倒的な硬度と威力の前に、ジェイ・ジェイの右拳の骨が粉々に砕け散ったのだ!
「ぐああぁぁぁぁッ!?」
『ハーッハッハ! 自慢の拳が粉砕された気分はどうだぁ!?』
「くっ……下がりなさいジェイ・ジェイ! 《ヒール》を──」
高笑いするグラスラバットの後方へジェイ・ジェイを引っ張り、アカツキが再び治療を試みる。
だが、グラスラバットがそれを許すはずもない。超音波を放ちながら高速で肉薄してくる!
「チッ……! 邪魔を……させるかぁぁッ!」
ジェイ・ジェイは激痛に耐えながら、残った左拳で再びドガンッと地面をぶん殴った!
地割れが走り、足場が激しく崩れる。グラスラバットは『フンッ』と鼻で笑い、翼を広げて悠々と空中へ回避した。
「そこよッ!」
アカツキはその瞬間を逃さず、懐から取り出したクナイ状の投げ小太刀を連続で投擲! 空中のグラスラバットへ刃が一直線に迫る!
だが──シュバババッ!
『甘いわッ!』
グラスラバットは空中で曲芸のような高速回避を見せ、すべてのクナイを軽々と交わしてみせた。巨体に似合わぬ圧倒的なスピード!
『キキャキャ! 貧弱な人間どもが……その程度の速度でこの俺に届くと思っているのか? 止まって見えるぞ!』
空中で嘲笑を浮かべ、相手を完全に煽り散らかすグラスラバット。
──そして次の刹那。
ドォンッ!!
空気が爆ぜる音と共に、グラスラバットが一瞬で視界から消えた。
「なっ……速──」
反応すら許されなかった。
残像を残すほどの超高速で距離を詰め、グラスラバットは一瞬でふたりの背後へ回り込んでいた。
フルスイングの衝撃波が破裂する。
ガキィィィンッッ!!!
「「ガはっ……!?」」
一撃。
黒いバットから放たれた容容赦ない打撃がジェイ・ジェイとアカツキを完璧に捉え、二人の身体は壁へと激突。そのまま力なく崩れ落ち、一瞬で戦闘不能へと追い込まれてしまった。
『ハハハハ! 呆気ないものだ! これで終わり──』
グラスラバットが勝ち誇り、ゆっくりと振り返る。
そこには……残された一人、アリーシャがいた。
だが、アリーシャは構えるでもなく、呪文を唱えるでもなく──。
『え〜っと……どこ行っちゃったんだろう……? さっきの崩落で落としたのかな……?』
地面を四つん這いになりながら、必死に『フクロフクロウの袋』を探していた。
仲間のピンチにも、目の前の脅威にも全く気づいていない(あるいはそれどころではない)アリーシャの姿に、洞窟内へシュールな静寂が駆け抜けるのだった。




