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技能《土地鑑定》で異世界開拓! ~剣も魔法も選ばず、何もない荒野に一から住処を作ります~  作者: 深夜のトースト
何もない荒野に、暮らしを

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第8話 命をいただく

 穴の中で、角ウサギが跳ねた。


「わっ!」


 思った以上に高い。


 あと少しで穴の縁まで届きそうだった。


「待って、待って!」


 もちろん待ってくれるわけがない。


 もう一度。


 ぴょんっ。


「まずい!」


 私は慌てて近くに落ちていた枝を拾い、穴の上へ渡した。


 一本。


 二本。


 三本。


 その上から大きめの石を置く。


「これで……」


 穴を完全に塞いだわけではない。


 でも、さっきよりは飛び出しにくくなったはずだ。


 枝の隙間から中を覗く。


「……」


 角ウサギがこちらを睨んでいる。


「怒ってるよね」


 当然だ。


 罠に落としたのは私なのだから。


 私はその場にしゃがみ込んだ。


「捕まえた……」


 嬉しい。


 確かに嬉しい。


 これで食料が手に入る。


 昨日からほとんど何も食べていなかった。


 芋を一つ食べただけ。


 肉があれば、しばらく空腹をしのげる。


 だけど。


「……」


 穴の中を見る。


 角ウサギは生きている。


 動いている。


 息をしている。


 当たり前のことなのに。


 さっきまで考えていなかった。


「私が……やるんだよね」


 誰かが代わりに処理してくれるわけじゃない。


 スーパーへ行けば肉が並んでいる。


 元の世界では、それを買えばよかった。


 でも。


 ここにはスーパーなんてない。


 肉を食べたいなら。


 自分でやらなければならない。


「……できるかな」


 石のナイフを見る。


 自分で作った粗末な刃物。


 これで。


 命を奪う。


 急に手が重くなった。


     ◇


 しばらく。


 私は穴の横に座っていた。


 逃げないように時々確認する。


 それ以外は何もしなかった。


「……」


 お腹が鳴る。


 身体は正直だった。


「分かってる」


 食べないといけない。


 ここで生きるなら。


 いつかは避けられない。


 植物だけで生きていけるなら、それでもいい。


 でも。


 今の私には何が食べられて、何が食べられないのかすら分からない。


 確実に食料を得る手段もない。


 この角ウサギを逃がしたら。


 次にいつ食べ物が手に入るかも分からない。


「……ごめん」


 私は立ち上がった。


 穴の中の角ウサギを見る。


「食べるから」


 自分に言い聞かせるために。


 もう一度。


「ちゃんと食べるから」


     ◇


 それからのことは。


 あまり思い出したくない。


 うまくできたとは言えなかった。


 手も震えた。


 何度も止まりそうになった。


 それでも。


 なんとか終わらせた。


「……」


 私はその場に座り込み、大きく息を吐いた。


 しばらく何も考えられなかった。


 目の前には、動かなくなった角ウサギ。


「……食べるなら」


 ここからだ。


 捕まえて終わりじゃない。


 肉にしなければ食べられない。


 私は石のナイフを握り直した。


「どうやって……やるんだろう」


 当然。


 動物の解体なんてしたことがない。


 魚なら、家庭科でも料理動画でも見たことがある。


 でも。


 毛皮のついた動物を肉にする方法なんて知らない。


「皮を……剥ぐ?」


 たぶん。


 まずはそこだと思う。


 角ウサギを仰向けにする。


 腹の毛を指でかき分けた。


「……切ればいいのかな」


 石のナイフを当てる。


 少し力を入れる。


 ザリッ。


「……全然切れない」


 毛に引っかかる。


 しかも自分で作った石器だから、包丁みたいな切れ味なんてない。


 角度を変える。


 何度も擦る。


「っ……」


 ようやく皮に小さな切れ目が入った。


「できた」


 そこへ指を入れる。


 左右へ引っ張る。


「うわ……硬い」


 もっと簡単に剥がれると思っていた。


 全然違う。


 皮は肉に張りついていて、強く引っ張ってもほとんど動かない。


「これ……ナイフ入れながらやるの?」


 少しずつ。


 皮と肉の間へ石の刃を入れる。


 切る。


 引っ張る。


 また切る。


「っ……!」


 手が滑った。


「危なっ」


 ナイフの先が自分の指のすぐ横を通った。


 背中に冷たい汗が流れる。


「ゆっくり……」


 焦らない。


 怪我をしたら、それこそ大問題だ。


 今の私には消毒薬もない。


 包帯すらない。


 私はさらに慎重に刃を動かした。


 けれど。


「あっ」


 皮が途中で破れた。


「……失敗した」


 綺麗に一枚で剥ぐなんて無理だった。


 所々に肉がついたまま。


 毛も大量に肉へ張りつく。


「これ、食べるところまで行けるのかな……」


 少し不安になる。


 それでも止めるわけにはいかない。


 時間をかけて。


 少しずつ。


 皮を剥がしていく。


 前脚。


 後脚。


 背中。


「うう……」


 姿勢がきつい。


 腰が痛い。


 指にも力が入らなくなってくる。


 しかも。


「臭い……」


 今まで嗅いだことのない匂い。


 血と。


 獣の匂いと。


 土の匂い。


 思わず顔を背ける。


「お肉って……こんなところから始まってたんだ」


 スーパーに並んでいた肉しか知らなかった。


 綺麗に切られ。


 パックに入れられ。


 値札まで貼られていた肉。


 そこに至るまでを。


 私は一度も考えたことがなかった。


「……ありがたかったんだな」


 誰かが。


 全部やってくれていた。


 私はまたナイフを動かす。


 ようやく。


 かなり不格好だけど、皮の大部分を剥がすことができた。


「はあ……」


 腕が痛い。


「これで終わり……じゃないよね」


 当然。


 まだ肉を切り分けなければならない。


 私は角ウサギを見る。


「……どこが食べられるの?」


 脚。


 背中。


 腹。


 見れば肉らしい部分は分かる。


 でも。


 内臓をどう処理すればいいのか分からない。


「これ、一番難しいやつじゃ……」


 慎重に腹を開く。


 その瞬間。


「うっ……」


 思わず顔を逸らした。


 さっきまでとは比べものにならない匂いがした。


「無理……ちょっと待って……」


 数歩離れる。


 深呼吸する。


 戻る。


「食べるなら、やらないと」


 自分に言い聞かせる。


 どれが食べられて。


 どれが食べられないのか。


 分からない。


「内臓は……今回はやめよう」


 知識もない。


 保存方法もない。


 無理に食べて体調を崩す方が怖い。


 なるべく肉だけ取る。


 脚の付け根へナイフを入れる。


「硬っ……!」


 骨に当たる。


 切れない。


 引っ張る。


 ひねる。


「どうなってるのこれ!」


 関節がどこなのか分からない。


 何度も刃を入れ。


 ようやく。


 ゴキッ。


「取れた……」


 片脚だけで。


 どれだけ時間がかかったんだろう。


 もう一本。


 さらにもう一本。


 慣れてくると、最初より少し早くなった。


「……ちょっと分かってきた」


 骨と骨の間。


 そこなら石のナイフでも切れる。


「ここ……かな」


 刃を入れる。


 さっきより簡単に外れた。


「おお」


 初めて。


 少しだけ上手くできた気がした。


 結局。


 全部を終えた頃には。


 太陽の位置がかなり変わっていた。


「……疲れた」


 私はその場に座り込んだ。


 目の前には。


 綺麗とは言えない肉の塊。


 毛も少し付いている。


 大きさもばらばら。


 店で売っているものとは似ても似つかない。


 でも。


 自分で捕まえて。


 自分で処理した。


 食べ物だった。


「一匹でこんなに大変なんだ……」


 狩れば食べられる。


 さっきまでは、簡単にそう考えていた。


 違う。


 捕まえる。


 仕留める。


 皮を剥ぐ。


 解体する。


 運ぶ。


 そしてようやく。


 料理できる。


「生活って……大変すぎない?」


 思わず笑ってしまった。


 でも。


 目の前の肉を見る。


 これで今日。


 食べられる。


 私は草を何枚も重ね、その上に肉を置いた。


 なるべく毛や土がつかないよう包む。


「皮も……」


 捨てようとして。


 手を止めた。


「もったいないか」


 使い道は分からない。


 でも。


 乾かせば何かに使えるかもしれない。


 敷物。


 袋。


 防寒。


「とりあえず持って帰ろう」


 肉。


 皮。


 石の道具。


 全部抱える。


「……重い」


 しかも。


 血や毛が服につく。


「うわ……」


 洗濯もしたい。


 着替えも欲しい。


 こんなところからも。


 また必要なものが増えていく。


 私は大きく息を吐いた。


「帰ろう」


 今は。


 とにかく。


 この肉を。


 ちゃんと食べよう。


     ◇


 拠点へ戻る。


 片手には枝。


 もう片方には、草で包んだ肉。


 皮も一緒だ。


「重い……」


 角ウサギは思ったより小さかった。


 それでも。


 解体までした後だと、妙に荷物が多く感じる。


 焚き火のところまで戻る。


 まだ火は残っていた。


「よかった」


 枝を足す。


 パチパチと炎が大きくなる。


 私は肉を前に座った。


「さて……」


 問題が一つある。


「どうやって焼こう」


 鍋もない。


 フライパンもない。


 鉄串もない。


 あるのは。


 石。


 枝。


 火。


「昨日と同じでいいか」


 芋を焼いた時のように、平たい石を使う。


 火の近くに石を置き、十分温める。


「これで……」


 薄く切った肉を一切れ載せる。


 ジュウッ。


「おお」


 音がした。


 脂が少し溶ける。


 香りが広がる。


「……肉だ」


 当たり前なのに。


 その匂いだけでお腹が反応する。


 私はじっと焼けるのを待った。


 生焼けは怖い。


「しっかり焼こう」


 何度かひっくり返す。


 表面が茶色く変わる。


 焦げ目も少しついた。


「これくらいかな」


 火から離す。


 熱い。


 少し待つ。


 そして。


「いただきます」


 自然と、その言葉が出た。


 一口。


「……」


 噛む。


 少し硬い。


 塩もない。


 調味料なんて何もない。


 ただ焼いただけ。


 それでも。


「おいしい……」


 思わず。


 声が震えた。


 昨日の芋とは違う。


 身体が欲しがっていたものが入ってくるような感じがする。


 一口。


 もう一口。


「……おいしい」


 同じ言葉しか出ない。


 気づけば。


 私は黙って食べ続けていた。


     ◇


「ふう……」


 久しぶりに。


 お腹が満たされた。


 全部食べたわけではない。


 むしろ大半は残っている。


「これ、どうしよう」


 肉は腐る。


 それくらいは知っている。


 この暑さなら。


 放っておけば、すぐ駄目になるかもしれない。


「保存……」


 冷蔵庫。


 もちろんない。


 氷。


 ない。


「塩があればなあ」


 塩漬け。


 干し肉。


 燻製。


 その辺りは聞いたことがある。


「燻製……ならできる?」


 火はある。


 煙もある。


 詳しい作り方は知らない。


「でも、何もしないよりマシかな」


 私は細長く切った肉を、枝に掛けてみた。


 焚き火の真上ではなく。


 少し煙が当たる位置。


「こんな感じ……?」


 自信はない。


 でも、まず試す。


「全部失敗したら嫌だから」


 一部だけ。


 残りは今日と明日で食べる。


「保存方法も考えないと」


 また一つ。


 新しい課題が増えた。


 でも。


 以前なら。


 問題が増えるたびに嫌になっていたかもしれない。


 今は。


「次はどうしようかな」


 そう考えている自分がいる。


     ◇


 食事を終えた後。


 私は水場へ向かった。


 手を洗う。


 顔も洗う。


 冷たい水が気持ちいい。


 服についた汚れも。


 できる範囲で洗い流した。


「……着替え、欲しいなあ」


 濡れた服を見て、ため息をつく。


 でも。


 今はどうしようもない。


「そうだ」


 昨日植えた芋。


 私は近くの土を見る。


 当然。


 一日で芽が出ているわけはない。


「《土地鑑定》」


《植物生育適性:中》


《表土水分:中》


 さらに。


 昨日芋を埋めた場所へ意識を向ける。


《地下植物反応:あり》


「え?」


 私は表示を見直した。


《地下植物反応:あり》


「生きてる……?」


 もしかして。


 植えた芋が。


 まだ腐らずに残っているということだろうか。


 私は少し嬉しくなった。


「育つかな」


 もし。


 あれが本当に増やせる植物なら。


 ここで食べ物を作れる。


 狩りだけに頼らなくて済む。


「畑……」


 その言葉が頭に浮かぶ。


 まだ。


 畑と呼べるものなんて何もない。


 ただ芋を一つ埋めただけ。


 でも。


 この辺りは水がある。


 雨も降った。


 土も。


 最初に転移した場所よりずっといい。


「作れるかもしれない」


 自分の食べ物を。


 自分で。


 探すのではなく。


 育てる。


「それができたら……」


 生活が大きく変わる。


 私は立ち上がった。


 そして。


 ふと。


 水場の向こう側を見る。


「……あれ?」


 昨日までは気づかなかった。


 雨で土が流れたのか。


 地面から。


 何かが少しだけ顔を出している。


 灰色。


 石。


「岩?」


 近づく。


 しゃがんで。


 土を払う。


「……?」


 自然の石とは少し違う。


 表面が。


 妙に平らだった。


 私は手を触れる。


「《土地鑑定》」


 情報が浮かぶ。


《地表構造物:あり》


「構造物?」


 私は眉をひそめる。


「何、それ」


 周りの土を少し掘る。


 石の端が出てくる。


 さらに掘る。


「……人工物?」


 どう見ても。


 誰かが加工した石だった。


 四角い。


 平ら。


 そして。


 土の下へ続いている。


「ここ……」


 私は荒野を見渡す。


 人はいない。


 建物もない。


 道すらない。


 ずっと。


 何もない場所だと思っていた。


 でも。


「昔、誰かいたの?」


 胸の奥がざわつく。


 私はもう一度。


 地面に手をついた。


「《土地鑑定》」


 今度は。


 もっと深く。


 もっと広く。


 この場所について。


 知ろうとする。


 頭の奥が少し熱くなる。


 そして。


 新しい情報が浮かび上がった。


《地下構造物を検知》


《推定範囲――不明》


「地下……?」


 私は手を離した。


 足元を見る。


 この下に。


 何かがある。


 昨日まで。


 私はこの土地には何もないと思っていた。


 水を見つけて。


 植物を見つけて。


 動物を見つけた。


 そして今度は。


 人の手で作られた何かまで見つかった。


「……本当に、何もない場所じゃないんだ」


 その言葉が。


 少しずつ。


 違う意味を持ち始めていた。


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