第7話 はじめての食事
火を手に入れた。
それは、とても大きな進歩だった。
寒くなれば暖まれる。
水を沸かせる。
食べ物だって焼ける。
問題は。
「……焼くものがない」
私は焚き火の前で、お腹を押さえた。
ぐううう、と情けない音が返ってくる。
「分かってるよ……」
昨日から口にしたものは水だけ。
さすがに身体にも力が入らなくなってきた。
立ち上がるだけで、ほんの少し身体が重い。
火を眺めて喜んでいる場合ではない。
「今日は絶対、何か食べる」
私は決意して立ち上がった。
◇
向かったのは、昨日角の生えたウサギを見つけた場所だった。
あのウサギは、何かの植物を掘り返していた。
つまり。
少なくともあそこには、生き物の食料になる何かがある。
「私が食べられるかは別だけど……」
それでも手がかりがないよりはいい。
石のナイフを持ち、北西へ歩く。
昨日より足取りが重い。
「早めに見つけないとなあ」
草が増え始める。
低木が見えてくる。
そして、昨日ウサギを見つけた辺りまで来た。
「この辺だったよね」
地面を見る。
昨日の足跡は、雨のせいでほとんど消えてしまっていた。
それでも。
「あった」
掘り返された跡は残っている。
しゃがみ込む。
昨日見た植物もあった。
細長い葉。
赤みのある茎。
私は根元を掘ってみる。
「よいしょ……」
昨日作った尖った石を使い、土を崩す。
少しずつ根が見えてきた。
「……芋?」
土の中から出てきたのは、丸みのある茶色い塊だった。
大きさは卵より少し大きいくらい。
「それっぽい」
どう見ても、芋っぽい。
でも。
「見た目で食べたら駄目だよね」
異世界だ。
ジャガイモそっくりの毒草だって存在するかもしれない。
私はそれを地面に置いた。
「土地鑑定じゃ分からないし……」
試しに手に持ったまま。
「《土地鑑定》」
当然。
何も起きない。
「ですよね」
ため息をつく。
何か方法はないだろうか。
植物そのものは鑑定できなくても。
この土地についてなら。
「……この辺りで、動物が何を食べてるかとか?」
地面へ手をつく。
「《土地鑑定》」
《半乾燥地》
《表土水分:少》
《植物生育適性:中》
《地下水脈:あり》
いつもの情報。
さらに意識を集中する。
この場所にいる生き物。
植物。
その関係。
「何か……分からない?」
しばらく待つ。
何も出ない。
「さすがに無理か」
諦めかけた時だった。
《周辺生態情報を取得しました》
「え?」
表示が増えた。
《小型草食獣の採食痕:多数》
《地下茎植物の採食痕:あり》
「……地下茎」
私は手元の芋を見る。
「これのこと?」
少なくとも。
角ウサギが食べている可能性は高そうだ。
でも。
「だからって、人間が大丈夫とは限らない」
そこは変わらない。
私は芋を持ち帰ることにした。
食べるかどうかは、あとで考えよう。
周辺を探すと、同じ植物が何本か見つかった。
三つ。
四つ。
五つ。
「結構ある」
全部採るのはやめた。
もし食べられるものだったとしても、根こそぎ持っていけば次がなくなる。
「半分くらいでいいかな」
私は四つだけ掘り出した。
草の葉で包み、持ち帰る。
これで食べられれば最高なんだけど。
「……駄目だった時のことも考えよう」
私は周囲を見回した。
角ウサギ。
もう一度見つかれば。
狩れるかどうかは別として、食料にはなる。
でも石のナイフ一本で追いかけても、昨日と同じ結果になるだけだ。
「罠……」
その言葉が浮かんだ。
追いつけないなら。
待てばいい。
◇
私は昨日、角ウサギを見つけた場所へ戻った。
足跡が多かった場所。
植物が食べられていた場所。
「ここ、通り道なんじゃないかな」
なら。
罠を置く。
知っている罠なんて、ほとんどない。
でも。
「穴なら作れる」
落とし穴。
単純だけど、私にも作れるかもしれない。
「……ウサギ相手に効くかな」
疑問はある。
それでも何もしないよりはいい。
私は尖った石で地面を掘り始めた。
ザッ。
ザッ。
湿った土なので、荒野より掘りやすい。
それでも。
「きつい……!」
空腹の身体には堪える。
何度も休みながら。
少しずつ掘る。
深さは膝くらい。
幅は、角ウサギが落ちそうな程度。
「これくらい……?」
深すぎる穴を掘る体力はない。
落ちてもすぐ逃げられる気もする。
そこで。
「上に何か……」
細い枝を何本か並べる。
その上に枯れ草を薄く載せる。
さらに土を少しだけ。
見た目だけなら。
「……分からない?」
私には少し不自然に見える。
ウサギがどう感じるかは知らない。
最後に。
掘り出した芋の一つを少し離れた場所へ置いた。
「食べるなら、これで寄ってくるかも」
本当なら穴の真上に置くべきなのかもしれない。
でも、それでは怪しまれる気がした。
「うまくいったら奇跡だな」
罠を作った位置を覚えて。
私は拠点へ戻った。
◇
戻ると。
焚き火は消えかけていた。
「あっ!」
慌てて枝を足す。
赤く残っていた炭へ息を吹きかける。
「ふーっ、ふーっ……」
煙が上がる。
枯れ草を入れる。
しばらくすると、小さな炎が戻った。
「危なかった……」
火起こしをもう一度やるのは大変だ。
「火種、絶対残しておかないと」
これも覚えておこう。
私は拾ってきた芋を地面に並べた。
四つ。
「さて……」
食べるか。
食べないか。
正直。
今のお腹なら、そのままかじりつきたいくらいだった。
でも、それで毒だったら終わる。
「せめて火を通そう」
私は一つだけ選んだ。
表面の土を水で落とす。
石のナイフで薄く切る。
「中は白い」
ますます芋っぽい。
匂いを嗅ぐ。
「特に変な匂いはしない」
だから安全。
とは言えない。
「……ほんと、鑑定が植物にも使えたらなあ」
ぼやきながら、薄く切った一枚を熱した石の上へ置いた。
ジュッ。
「お」
しばらくすると。
香ばしい匂いが漂ってきた。
「…………」
お腹が鳴る。
「これは反則でしょ」
匂いだけなら完全に食べ物だ。
私はひっくり返した。
両面に少し焼き色がつく。
火から離す。
「……」
見つめる。
熱い。
少し冷ます。
「ほんの少しだけ」
私は端を小さく切った。
口へ入れる。
「……!」
噛む。
ほくっ。
少し硬い。
ほんのり甘い。
「おいしい……」
思わず呟いた。
味は。
サツマイモとジャガイモの間みたいだった。
「普通においしい」
もう一口。
そう思って。
手を止める。
「駄目」
美味しいから安全とは限らない。
私は残りを置いた。
少し時間を置こう。
◇
十分。
二十分。
正確な時間は分からない。
それでもかなり待った。
身体に変化はない。
口が痺れるとか。
気持ち悪くなるとか。
そういうこともない。
「……大丈夫そう?」
絶対とは言えない。
でも。
空腹の方が限界だった。
「食べよう」
私は残りの芋も薄く切った。
石の上へ並べる。
じゅう。
じゅう。
香ばしい匂い。
「早く焼けて……」
待つ時間が長い。
ようやく焼けた一枚をつまむ。
「あつっ」
息を吹きかける。
口へ。
「……おいしい」
今度は。
ちゃんと噛んだ。
ゆっくり。
一枚。
二枚。
三枚。
お腹の中に、何かが入っていく。
それだけで。
「……生き返る」
昨日、水を飲んだ時にも同じことを思った。
でも今は。
もっと強く感じる。
食べられる。
この土地に。
私が食べられるかもしれないものがあった。
私は焼いた芋を一つ食べきった。
もう一つ。
食べたい。
でも。
「残そう」
次に確実に見つかる保証はない。
残り三つ。
一つは明日食べる。
一つは罠の餌に使う。
そして。
最後の一つを見ながら。
「……植えたら増えたりする?」
思いついた。
芋なら。
元の世界でも、種芋から増やすものがあった。
これが同じかは分からない。
でも。
「試す価値はあるよね」
私は立ち上がる。
水場の近く。
土地鑑定で、植物生育適性が比較的高かった場所。
「《土地鑑定》」
《植物生育適性:やや低》
《表土水分:中》
「もう少しいいところ……」
少し移動。
「《土地鑑定》」
《植物生育適性:中》
《表土水分:中》
「ここ」
私は石で小さな穴を掘った。
そこへ芋を一つ入れる。
土を戻す。
「これで合ってるか分からないけど」
水を少しかける。
何も変わらない。
当然だ。
それでも。
「育ったらいいな」
私は土を軽く押さえた。
自分で食べ物を育てる。
もしできたら。
毎日食料を探し回らなくてもよくなる。
その考えに。
少し胸が高鳴った。
◇
夕方。
私はもう一度、罠を見に行くことにした。
「さすがにまだ無理かな」
期待しすぎないようにしながら歩く。
罠を仕掛けた場所が見えてくる。
「……ん?」
何かおかしい。
草が散らばっている。
近づく。
「え」
穴の上を覆っていた枝が。
落ちている。
私は走った。
穴を覗き込む。
「…………」
そこに。
茶色い毛。
長い耳。
額に短い角。
昨日見たものより少し小さい角ウサギが。
穴の底から。
ものすごい目で。
こちらを睨んでいた。
「……入ってる」
一瞬。
言葉が出なかった。
「本当に入ってる!」
嬉しくなって。
すぐに気づく。
角ウサギは生きている。
当然だ。
そして。
かなり元気だ。
「……これ」
私は石のナイフを見る。
穴の中のウサギを見る。
もう一度、ナイフを見る。
「捕まえた後……どうするの?」
罠を作るところまでは考えた。
捕まえた後のことを。
私はまったく考えていなかった。
角ウサギが穴の中で跳ねる。
「わっ!」
思ったより高く跳んだ。
「待って待って!」
このままだと普通に逃げる。
私は慌てて近くの枝を掴んだ。
初めての食事は手に入った。
そして。
次の食事も。
どうやら目の前まで来ているらしかった。




