第2話 値段を決めよう
昨日の旅人が置いていった銅貨を、平たい板の上へ三枚並べた。
「食事で二枚。宿で一枚」
問題は。
「これ、安い? 高い?」
分からない。水は無料。食事は一人銅貨一枚。宿は二人で一枚。全部、その場の勢いで決めたようなものだ。
「アルドさん早く来ないかな」
こういう時。商人。すごく便利。
◇
数日後。本当にアルドさんが来た。
「聞きたいことあります」
「いきなりだな」
「宿代です」
「宿?」
「来客小屋」
「客来たのか?」
「二人」
「看板見て?」
「はい」
アルドさんが少し笑った。
「ちゃんと役に立ったな」
「そこじゃなくて。食事一枚、二人で宿一枚にしたんですけど」
「安い」
「やっぱり?」
「宿はな」
「どれくらい?」
「ベルクの宿と比べるなよ。設備が全然違うから」
「はい」
「それでも、一人銅貨一枚くらいなら文句は出にくいと思う」
「食事は?」
「内容次第」
「土芋と野豆の煮込み」
「一枚なら普通」
「水は?」
「飲む分なら無料でもいい。荷車一台分みたいに大量なら、その時考えろ」
「なるほど」
初めて基準らしいものができた。
「じゃあ、水は飲む分無料。食事は銅貨一枚。宿も一人一枚」
「いいんじゃないか」
「途中で変えてもいい?」
「当たり前だ。食料の値段も季節も変わる」
最初から全部決めなくていい。その言葉に少し安心する。
◇
次は料金表。
「文字で書いた方が分かりやすいですよね」
「読めないだろ」
「あ」
忘れていた。
「……教えてください」
「字を?」
「はい。料金表だけじゃなくて、買い物も看板も書類も読めた方がいいので」
アルドさんは少し考えた。
「毎回来た時、少しずつなら」
「お願いします」
まず数字。地面へ指で書いてもらう。
「これが一」
「これ?」
「違う」
「似てる」
「似てない」
「難しい!」
「まだ一だぞ」
先が長い。それでも、必要なら覚えるしかない。銅貨一枚。二枚。三枚。料金を扱うだけでも数字は必要だ。
◇
次に、水、食事、宿。ガランさんが置いていった小さな板切れへ、炭で文字を書く。
「水はこれ」
「はい」
「食事」
「長い」
「宿」
「これ」
何度か真似する。自分で書く。
「違う」
「また?」
「線が逆」
「文字って厳しい」
「文字に文句言うな」
それでも、夜になる頃にはどうにか読める形になった。
《水 飲用:無料》
《食事:銅貨一》
《宿:銅貨一》
アルドさんが眺める。
「まあ、読める」
「やった」
「字は汚い」
「そこは今後」
◇
料金表を来客小屋の前へ立てる。でも、風が吹くと板が少し揺れた。
「あ」
「支え弱いな」
「ですよね」
枝を一本追加。足元へ石。草紐も二ヶ所。直す。
「これで?」
「さっきよりまし」
料金を決める。文字を覚える。看板を作る。立てたら倒れないよう補強する。
「仕組み作るのも開拓なんだ」
「何か言ったか?」
「独り言です」
水は無料。食事一枚。宿一枚。これがずっと正しいとは限らない。でも、今の泉の開拓地には、今の決まりができた。それだけで。
昨日までより少しだけ「人を迎える場所」らしくなった気がした。
◇
さらにアルドさんへ、宿代以外のことも聞いてみる。
「食材が少ない日に客が来たら?」
「断れ」
「え、いいの?」
「当然だろ。自分が食えなくなってどうする」
「でも、看板見て来たのに」
「水だけなら出せる。飯がないならないって言え」
その発想が、私には少し新しかった。人が来るようになったら、できる限り応えなければいけないと思っていた。でも、全部受ける必要はない。
「宿も?」
「満員なら断る」
「今、寝台二つ」
「三人来たら?」
「……一人外?」
「先に来た二人だけ泊めろ」
「なるほど」
人を迎えることと、無理をすることは別らしい。料金だけではない。できること。できないこと。そこも決める必要がある。
「じゃあ、食事は『ある時だけ』」
「それでいい」
「宿は二人まで」
「今はな」
今は。その言葉を、最近よく聞く。でも、前ほど嫌いではなかった。今は二人。必要になったら、また増やす。そう考えればいい。




