第8話 街へ行くか
塩。
ほんの少し。
「このくらい?」
「もっと少なくていい」
「え」
「最初から入れすぎると戻せない」
アルドさんに止められ、指先で少しだけつまむ。
鍋の中には土芋、野豆、角兎肉。
そこへ塩。
「……」
煮る。
匂いは、いつもとそこまで違わない。
「いただきます」
一口。
「…………」
「どうした?」
「味がする」
「今までだって味はあっただろ」
「素材の味です」
「物は言いようだな」
塩。
少し。
それだけ。
なのに。
「おいしい……」
涙までは出ない。
でも、かなり感動。
「塩すごい」
「塩だぞ」
「もっと欲しい」
「売るぞ」
「商人だ……」
「当たり前だ」
◇
食事のあと。
「一度、ベルク来るか?」
「……町?」
「ああ」
止まる。
手。
「行っていいんですか?」
「駄目な理由あるか?」
「ないです」
行きたい。
すごく。
でも。
すぐ畑を見る。
「……何日?」
「ここからなら、片道二日半くらい」
「往復五日」
「町に一泊すれば六日」
「六日……」
家。
畑。
水路。
火。
全部。
そんなに放っておいたことはない。
「畑、枯れるかな」
「毎日水やってるのか?」
「だいたい」
「水路あるだろ」
「あ」
今は畑の近くまで水が来ている。
最後は器で水やり。
でも。
「……直接流す?」
「できるならな」
畑へ少しずつ。
自分がいなくても。
「でも水多すぎたら」
根が腐る?
分からない。
「試せばいい」
アルドさん。
「行くまでに」
「そうですね」
◇
次の日。
尖った石を使う。
畑の脇へ浅い溝。
水路。
分岐。
小石。
粘土。
流量。
少し。
水。
「来た」
株へ直接当てず、畑脇へ流す。
土へ染みる。
一時間。
見る。
二時間。
見る。
「ちょっと多い?」
分岐へ石。
狭める。
翌朝。
《表土水分:中》
《植物生育状態:良》
「大丈夫」
二日。
三日。
微調整。
野豆。
土芋。
様子を見る。
「これなら……」
絶対とは言えない。
でも、六日。
何とか。
◇
次は留守中の火。
「消します」
「それがいい」
「戻ったら火起こしですよね」
「そうなるな」
「つらい」
「家を燃やすよりましだ」
「それはそう」
家の中。
置くもの。
整理。
食料。
持っていく分。
残す分。
水。
アルドさん。
革の水袋。
「一つ貸す」
「いいんです?」
「町で買え」
「結局売るんですね」
「商人だ」
「知ってます」
持ち物。
ナイフ。
石斧。
食料。
水。
簡易籠。
「多い」
「旅だからな」
「二日半……」
今までの探索は、全部日帰りだった。
必ず家へ戻った。
今回。
戻れない夜がある。
「怖いか?」
「少し」
正直。
「でも」
「でも?」
「町見たい」
アルドさんが笑う。
「なら準備しろ」
「はい」
町。
ベルク。
人。
店。
道。
外の世界。
不安もある。
でも。
それ以上に。
今は、少し楽しみだった。
◇
出発前日の夜。
私は家の中で、持っていく物を何度も並べ直した。
水袋。
食料。
ナイフ。
石斧。
簡易籠。
「多い」
一つ減らす。
不安になる。
戻す。
「減らない」
アルドさんが入口から覗く。
「全部持っていけばいい」
「重いんですよ」
「旅はそういうもんだ」
「旅人すごい」
私はもう一度水袋を持つ。
革製。
今までの粘土器よりずっと軽い。
「これ、町で絶対買う」
「金があればな」
「またそれ」
でも。
必要性は分かった。
町へ行くことは。
ただ見物するだけじゃない。
何が必要なのか。
自分の生活と比べることでもある。
「町に行ったら、ちゃんと見る」
「何を?」
「道具。食べ物。服。全部」
「全部は無理だ」
「見るだけなら」
アルドさんが笑う。
明日。
初めて。
自分の家を長く離れる。
不安。
でも。
それ以上に。
「楽しみ」
私は荷物をまとめ終え、いつもより少し遅く寝台へ入った。
◇
最後に確認したのは、畑の柵だった。
留守の間に角兎が入り込めば、水があっても意味がない。緩んだ草紐を締め、外れかけていた葦を差し直す。
「これで……大丈夫」
絶対ではない。
でも。
全部完璧にしてから出発なんて、たぶんいつまで経ってもできない。
できる範囲で備える。
あとは戻ってきてから直す。
私は少しずつ、その考え方にも慣れてきていた。




