第6話 行商人が帰ってきた
畑の草を抜いていた時だった。
「……あ」
南東の荒野に人影が見える。
最初は岩かと思った。でも少しずつ動いている。背中には大きな荷物。
「アルドさん?」
胸が軽くなる。
「アルドさん!」
気づけば走っていた。
「おう」
向こうも手を上げる。
「生きてた!」
「それは俺の台詞だ」
「ちゃんと戻れたんですね!」
「戻れたから来た」
「よかった……」
思わず、その場で大きく息を吐く。
「そんなに心配してたのか」
「倒れてるところから始まったので」
「今回は倒れてない」
「合格です」
「何のだよ」
笑う。
でも本当に、ほっとした。
◇
「それ」
背中の大きな荷。
「もしかして」
「頼まれた物を少し持ってきた」
「塩!」
「最初それか」
「塩!」
「分かったから落ち着け」
家の前へ荷を下ろす。
布袋を開く。
白い粒。
「……塩」
「舐めすぎるなよ」
指先へ少し。
口へ。
「しょっぱい……!」
「塩だからな」
「しょっぱい……!」
「二回言うほどか?」
「久しぶりなんです!」
この世界へ来てから、一度も口にしていない。
「これだけでご飯おいしくなる……」
「そんなに酷かったのか」
「素材の味でした」
「物は言いようだな」
次。
針。
「小さい……」
「なくすなよ」
「怖い」
「何が?」
「こんな細い金属」
「普通だろ」
私には普通じゃない。
金属を細く加工して、尖らせて、穴まで開けてある。
次。
糸。
「丈夫そう」
「草紐とは違うぞ」
「比べたら怒られそう」
「誰にだ」
布もある。
欲しい。
でも。
「買えるとは限らん」
「あ」
現実へ戻される。
「最後」
革の鞘。
抜く。
「……」
金属。
刃。
薄い。
光る。
「ナイフ」
「中古だ」
「すごい」
「中古だぞ」
「それでも」
石のナイフを横へ置く。
比べる。
「全然違う」
「そりゃな」
刃先へ指を近づけた瞬間。
「触るな」
「危ない?」
「当たり前だ」
「ありがとうございます」
◇
「で」
アルドさんが私を見る。
「こっちは?」
「あります」
乾かした毛皮。
二枚。
角。
二本。
「これ」
「見せろ」
一枚目。
「傷あり」
「はい」
二枚目。
「こっちはだいぶいい」
「やった」
「角も悪くない」
「ほんと?」
「少なくとも捨てるよりずっといい」
値段の説明。
銅貨。
まだ持っていないから、感覚が分からない。
「数字が難しい」
「商人向いてないな」
「開拓してる方が楽かも」
「普通逆だ」
並べる。
塩。
針。
糸。
布。
ナイフ。
「全部は?」
「足りない」
「ですよね」
「選べ」
来た。
優先順位。
「ナイフ」
「高いぞ」
「でも欲しい」
「次」
「塩」
「これは安い」
「じゃあ多め?」
「欲張るな」
「はい」
「針」
「欲しい」
「糸」
「針だけあっても使えない」
「……欲しい」
「布」
見る。
欲しい。
着替え。
今の服。
汚れ。
破れ。
「……次」
「いいのか?」
「針と糸あれば、今の直せるので」
「分かった」
交換。
毛皮。
角。
代わり。
中古ナイフ。
塩。
針。
糸。
「……」
手元の四つを見る。
「少ないって顔してるな」
「違います」
「じゃあ?」
「本当に、交換できたんだなって」
「当たり前だ」
「私には当たり前じゃなかったので」
自分で捕まえた。
処理した。
それが。
塩になった。
金属になった。
「……すごい」
「商売の感想としては新鮮だな」
私はナイフを鞘へ戻し、大事に家の中へ置いた。
何もない場所へ。
初めて、外から本物の道具がやってきた。
◇
夕方。
新しい道具を眺めながら、少しだけ考える。
これまでの生活は、欲しいものがあれば、自分で作れるかどうかから始まった。
作れなければ我慢。
材料がなければ諦める。
それしかなかった。
でも。
今は違う。
自分で作れないなら、交換する。
自分に作れるものを、別のものへ変える。
「これ、すごいな」
「何が?」
「生活の作り方が増えた」
アルドさんが少しだけ笑った。
「それが町と繋がるってことだ」
私は。
その言葉を。
少しだけ大事に覚えておこうと思った。




