第5話 売るために作る
アルドさんがいなくなって。
翌朝。
私はいつもより少し早く目を覚ました。
「……静か」
昨日も言った気がする。
家を出る。
湧水。畑。水路。
全部、変わらない。
「よし」
まず畑。
土芋。
《地下植物反応:複数》
《生育反応:良》
野豆。
浅く植えた場所。
少し芽が増えている。
「深い方、やっぱり駄目かな」
何でも、比べてみないと分からない。
水路。
崩れなし。
貯水槽。
大丈夫。
「次」
罠。
◇
角兎の活動地帯。
落とし穴。
空。
「そう簡単には入らないよね」
罠を確認。
崩れている場所を直す。
餌の土芋。
少しだけ使う。
「これ、売るために餌使ってたら損?」
分からない。
商売。
難しい。
でも今は、そこまで考えなくてもいい。
「食べるし」
角兎。
捕まれば。
肉は食料。
皮は売れる。
角も売れる。
無駄が少ない。
◇
三日目。
入った。
「……いた」
前回、アルドさんに教わった手順を思い出す。
仕留める。
まだ胸が重い。
「いただきます」
言う。
家へ持ち帰る。
解体。
「ここ……」
石のナイフ。
深く入れない。
押さない。
動かす。
皮。
少しずつ。
「前より……」
早い。
アルドさんがいる時よりは遅い。
でも、一人でできる。
「あっ」
途中。
皮へ小さな傷。
「やった……」
でも致命的ではない。
角。
残す。
肉。
分ける。
「できた」
息を吐く。
◇
皮。
枠。
草紐。
張る。
「これでいい……はず」
日陰。
風。
乾かす。
肉。
今日は少し煮る。
一部は煙へ。
塩がない。
保存はまだ難しい。
「塩……」
また欲しくなる。
◇
数日後。
二枚目。
少しうまくいった。
「こっちは傷少ない」
一枚目。
傷あり。
二枚目。
少しきれい。
角。
二本。
並べる。
「これで何が買えるかな」
塩。
針。
糸。
ナイフ。
全部欲しい。
けれど、アルドさんが全部は無理かもと言った。
「じゃあ」
売るもの。
もっと?
そう考えて、すぐ止まる。
「駄目」
捕りすぎる。
角兎。
毎日いるわけじゃない。
土芋の自生地も、全部掘らない。
畑も、まだ収穫していない。
「まず、自分の分」
売るために、自分が食べる分までなくす。
それは違う。
「余った分」
今はそれでいい。
◇
夕方。
家の前。
乾いてきた毛皮を見る。
今まで。
欲しいものがあっても。
作れない。
そこで終わっていた。
金属。
作れない。
布。
作れない。
針。
無理。
塩。
見つからない。
でも。
自分に作れるもの。
捕れるもの。
育てられるもの。
それを外の物と交換できる。
「……すごい」
直接作れないものを。
自分の手で別の形から手に入れられる。
これまで、生活を便利にするには全部自分で考えて、自分で作るしかなかった。
これからは違う方法がある。
交易。
その言葉を。
私は初めて、自分の生活の中で考えた。
◇
売ることを考え始めると、今までとは違うところへ目が向くようになった。
毛皮の傷。
角の欠け。
土芋の大きさ。
以前なら「食べられる」「使える」だけで十分だった。
「売るなら、きれいな方がいいのか」
試しに、二枚の毛皮を並べてみる。
同じ角兎なのに、見た目がかなり違う。
一枚目は縁が歪み、途中に切れ目がある。二枚目は少し整っている。
「これ、分かりやすい」
失敗が形で残る。
だから次に直しやすい。
罠も同じ。
穴の深さ。
草のかけ方。
餌の位置。
今まで感覚だけでやっていた部分を、少しずつ比べる。
「商売って、こういうところも見るのかな」
アルドさんならもっと見るんだろう。
私はまだ、値段の付け方も知らない。
でも。
売れる形にする。
そのために、今までより丁寧に作業する。
それだけでも、少し自分が変わった気がした。
その日の夜。
火のそばに座りながら。
「次は、もっときれいに」
私は乾きかけた毛皮へ向かって、小さく呟いた。




