第3話 私の食べ物の名前
アルドさんが回復してから。
私の生活には、質問する時間が増えた。
「これは?」
「石」
「それは分かります」
「じゃあ何を聞いてるんだ」
「この辺の人が何て呼んでる石か、とか」
「普通に石だ」
「異世界なのに」
「何の話だ?」
「なんでもないです」
危ない。
つい口から出た。
でも。
私が知りたいことは、本当に多い。
特に、ずっと食べていたもの。
「じゃあ、これ」
第一畑。
葉がだいぶ増えている。
地面の下には、六個植えた芋。
まだ収穫時期は分からない。
アルドさんが葉を見る。
「土芋だな」
「土芋」
「そう」
「……そのままですね」
「何が?」
「いえ」
もっと異世界っぽい格好いい名前かと思っていた、とは言わないでおく。
「普通の食べ物なんですか?」
「珍しくはない」
「どこでも?」
「どこでもってほどじゃない。湿った土地の方がよく育つ。畑で作るところも多い」
「へえ……」
私は畑を見る。
自分で見つけた時。
この世界独自の珍しい植物かもしれないと思っていた。
実際は。
普通の作物。
「じゃあ、こっち」
第二畑。
豆みたいなものを植えた場所。
深く植えたものは、まだほとんど反応がない。
浅い方。
いくつか小さな芽が出ている。
「野豆」
「これもそのまま」
「だから何がだ」
「なんでもないです」
野に生えてる豆。
野豆。
やっぱり分かりやすい。
「これも食べるんですよね?」
「ああ。ただ、種類はあるぞ」
「種類?」
「同じ野豆って呼ばれてても、地域で違う。食べられるのもあれば、腹壊すのもある」
「え」
私は自分の畑を見る。
「これ……大丈夫ですよね?」
「俺は食っただろ」
「あ、そうだった」
最初。
かなり慎重に食べた。
少量を煮て。
一粒。
時間を置いて。
身体に異常がないか確かめて。
「私、すごい危ないことしてた?」
「知らん植物をいきなり食うよりはマシだ」
「いきなりは食べてません」
「ならいい」
この世界に。
食べられる物。
食べられない物。
当然ある。
《土地鑑定》は。
植物そのものを鑑定できない。
そこは変わらない。
「こういうの、全部覚えたいな」
「町行けば、野菜売ってるぞ」
「町……」
その言葉だけで。
胸が少しざわつく。
「本当にあるんですよね」
「ベルク?」
「はい」
「ある」
「人いっぱいいます?」
「そこそこ」
「店も?」
「ある」
「塩も?」
「お前、塩好きだな」
「好きっていうか必要なんです」
◇
アルドさんと畑の外側を歩く。
「しかし」
「はい?」
「よく育ってるな」
「そうですか?」
「ああ」
第一畑。
第二畑。
まだ。
小さい。
土芋は収穫していない。
野豆も芽が出たばかり。
成功したとは言えない。
「ここの土、作物には向いてるんですかね」
聞きながら。
私は《土地鑑定》を使う。
《植物生育適性:中》
《表土水分:少》
《地下水分:安定》
《地下植物反応:複数》
「中、なんですよね……」
「何が?」
「いえ、独り言です」
危ない。
《土地鑑定》はまだ隠している。
「これ、町で売れます?」
「土芋?」
「はい」
「売れる」
「高い?」
「高くはない」
「ですよね」
「普通の食い物だからな」
少し残念。
でも。
「じゃあ、毛皮の方がいい?」
「値段だけなら、そっちの方がましなこともある」
「じゃあ畑は自分用かな」
「そうとも限らん」
「?」
アルドさんは畑から水路へ視線を移した。
「ここで作れるってのが大きい」
「どういうことです?」
「ルグラ荒野を通る奴は、水と食料を多めに持つ」
「はい」
「水場がないからだ」
「……ありますけど」
「ここにはな」
何度目だろう。
このやり取り。
「つまり」
アルドさんが私の家を指す。
「ここで水と飯が補給できるなら、荒野を通る奴にとっては便利だ」
「補給地点?」
「そう」
私は。
湧水を見る。
水路。
畑。
家。
水瓶。
貯水槽。
全部。
私が生きるために作った。
「ここが?」
「まだ量が少なすぎる」
「あ」
現実。
「畑も小さい。水場も知られてない。道もない」
「ですよね」
「でも、可能性はある」
「可能性……」
その言葉。
妙に残った。
◇
夕食。
土芋と野豆の煮込み。
「名前分かるだけで、ちょっと料理っぽい」
「今まで何て呼んでたんだ?」
「芋と豆みたいなもの」
「ひどいな」
「だって分からなかったので」
食べる。
味は。
相変わらず薄い。
「塩ほしい」
「戻ったな」
「名前分かっても味は変わらないので」
アルドさんが笑う。
私も。
少し笑った。
土芋。
野豆。
ルグラ荒野。
ベルク。
名前を知るたびに。
ぼんやりしていた世界が。
少しずつ形になっていく。
この世界には。
ちゃんと。
私が知らない暮らしがある。
それを。
もっと知りたくなった。




