第2話 売れる角兎
「まず罠を見せてくれ」
翌朝。
アルドさんは、昨日よりさらに元気になっていた。
「歩けます?」
「そのくらいなら」
「倒れたら運ぶの大変なので、無理しないでくださいね」
「……あれを一人で運んだのか?」
「途中で何回も休みましたけど」
昨日使った即席の担架は、家の横に立てかけてある。二本の枝に葦と草紐を結んだだけの、かなり雑なものだ。
「よく俺を運べたな」
「本当に重かったです」
「悪かったな」
「生きてたのでいいです」
今日の目的は角兎。
低木地帯より手前。
土芋が自生していた辺りまで歩く。
以前作った落とし穴。
何度か補修したせいで、最初より少し深くなっている。
「これです」
アルドさんがしゃがむ。
「……これで捕まえたのか」
「一匹だけですけど」
「いや、悪くはない。ただ浅い」
「やっぱり?」
「角兎は軽い。元気なら、この深さだと飛び出す個体もいる」
「最初に捕まえた時、枝を置いて塞ぎました」
「判断は正しい」
褒められた。
少し嬉しい。
「でも、毎日確認しろ」
「はい」
「長く放置すると、皮も肉も傷む。それに、苦しませる時間も増える」
最後の言葉で。
少し胸が重くなった。
「……分かりました」
私は。
命を奪うことに慣れたいわけじゃない。
でも。
食べるなら。
売るなら。
せめて無駄にしたくない。
罠を直し、餌代わりの土芋を少しだけ置く。
その日は何もなかった。
翌朝も空。
三日目。
「……入ってる」
穴の中。
茶色い毛。
短い一本角。
角兎が、狭い穴の中を動き回っている。
見ていると、やっぱり気が重い。
「無理なら俺がやる」
隣でアルドさんが言った。
「……自分でやります」
「そうか」
「覚えたいので」
食べるため。
生活のため。
外と取引するため。
これから何度も必要になるかもしれない。その度に誰かへ頼るわけにはいかない。
「ごめんね」
小さく言って。
私は仕留めた。
◇
戻ってから、解体。
今までは。
石のナイフ。
手探り。
今回は。
アルドさんが横にいる。
「最初に、ここ」
腹側。
「深く刃を入れすぎるな」
「はい」
「皮だけ切る感じだ」
「それが難しいんです」
「最初はみんなそうだ」
石のナイフを使う。
毛に引っかかる。
力を入れたくなる。
「力入れすぎるな」
「切れないです」
「押すんじゃなくて、動かせ」
言われた通り。
少しずつ。
「あ」
前より切れる。
「そう」
皮と肉の間。
指を入れる。
引く。
また刃。
前回は。
皮を何ヶ所も破った。
肉にも毛が大量についた。
今回は。
遅い。
とても遅い。
でも。
「……前よりきれい」
「まだ売り物としては下手だがな」
「そこは言わなくても」
「変に自信つけるよりいい」
厳しい。
けれど。
正しい。
角も今回は残す。
「これ、どう取るんです?」
「根元ごと切る」
「石のナイフで?」
「できなくはない。無理なら最後に叩いて割れ」
何度も試す。
綺麗にはいかない。
それでも一本角が残った。
「これが売れる……」
「状態による」
「なんでも状態なんですね」
「商売だからな」
問題は毛皮。
前は、とにかく皮を剥いで、水で軽く汚れを落とし、その辺へ広げて乾かした。
結果。
硬く縮み、変な形になった。
「まず、裏側の肉や脂をできるだけ取る」
「これも?」
「ああ」
皮へ残った部分を、石の刃で慎重に削る。
「穴開きそう」
「開けるな」
「簡単に言いますね……」
少し削る。
力を入れすぎて。
「あっ」
薄い部分へ小さな傷。
「やった……」
「そのくらいならまだ使える」
「よかった」
枝を四本。
簡単な四角い枠。
そこへ皮を広げ。
草紐で引っ張る。
「こう?」
「もっと張れ」
「切れそうです」
「張らなきゃ縮む」
恐る恐る。
少しずつ。
完成。
「……太鼓みたい」
「叩くなよ」
「叩きません」
日陰。
風通しのある場所。
そこへ置く。
「これで乾かす」
「前は普通に置いただけでした」
「だから縮んだ」
「……はい」
◇
数日。
畑と水路の世話をしながら。
毎日毛皮を見る。
少しずつ乾いていく。
前とは明らかに違う。
広がったまま。
形が残っている。
完全に乾いた頃。
アルドさんが確認した。
「まあ」
「まあ?」
「売れる」
「やった!」
思わず声が出た。
「高級品じゃないぞ」
「それでも!」
自分で捕まえ。
自分で処理した。
それに。
初めて。
外の世界で価値がつく。
「いくらくらいです?」
「売る場所と状態による」
「決まってないんですか?」
「商売だからな」
「難しい……」
「まず値段より、売れる状態にする方を覚えろ」
「はい」
毛皮を見る。
これまで。
角兎は。
捕まえれば食べ物。
それだけだった。
今は。
肉。
皮。
角。
一匹から使えるものが増えた。
「無駄にしないって、こういうことなんだ」
「そういうことだ」
アルドさんが言う。
「ただし」
「はい?」
「売れるからって捕りすぎるなよ」
「……分かってます」
「食う分。売る分。それで十分だ」
「はい」
全部取ってしまえば。
次がなくなる。
それは。
何となくだけど分かる。
私は。
乾いた毛皮を見ながら。
少しだけ。
自分の生活が外へ繋がった気がした。




