第31話 はじめての人
翌朝。
私はいつもより早く目を覚ました。
足跡。
昨日から頭から離れない。
「人……」
会いたい。
怖い。
両方だった。
もし悪い人だったら。
私は武器らしい武器もない。
石斧くらい。
でも。
この世界へ来てから。
一度も人と話していない。
「……行ってみよう」
家を出る。
火を確認。
畑。
水。
いつもの作業を終わらせてから。
石斧を持った。
武器にするためではない。
「一応」
自分へ言い訳する。
◇
昨日の足跡。
まだ残っている。
方向を追う。
一ヶ所消える。
土地が硬い。
少し先。
また見つける。
「こっち……?」
しばらく歩いた。
何もない。
「もう戻ろうかな」
その時。
遠く。
地面に何かがあった。
最初は石だと思った。
でも。
「……動いた?」
走る。
少し近づいて。
止まる。
「人……!」
人だった。
倒れている。
服。
髪。
手。
人間。
「大丈夫ですか!」
返事なし。
近づく。
男性。
年齢は私より少し上にも見える。
服は土まみれ。
唇が乾いている。
「水……」
私は小型器を持ってきていない。
「最悪!」
水筒なんてない。
家まで。
ここからなら運べる。
問題は。
「この人を?」
起こす。
「すみません!」
肩を叩く。
「……う」
「聞こえますか?」
「み……ず……」
喋った。
「水あります! ちょっと待って……じゃ駄目だよね」
置いていけない。
私は相手の腕を肩へ回した。
「重っ……!」
一人で大人を運ぶ。
無理。
引きずるしかない。
でも傷つける。
「どうしよう」
考える。
籠。
小さい。
木。
枝。
「……担架?」
作ったことはない。
でも二本の長い枝に何かを渡せば。
「待っててください」
返事はない。
近くに生えていた丈夫そうな枝を探す。
石斧で二本切る。
着ている服を脱ぐわけにはいかない。
草紐。
葦。
「こんなので……」
即席。
粗末。
二本の棒の間に葦を横へ渡し、草紐で固定。
柵みたいな構造。
「壊れないで」
男性を少しずつ乗せる。
全部の体重は支えきれない。
それでも直接引きずるよりはいい。
片側を持ち上げる。
「重……!」
一歩。
一歩。
休む。
また進む。
◇
家が見えた時。
「……帰ってきた」
自分が遭難していたわけでもないのに、泣きそうになった。
男性を家の外、日陰へ。
水瓶ではなく。
飲用の湧水へ。
小型器で汲む。
口元へ。
「ゆっくり」
少しずつ。
飲ませる。
むせた。
「大丈夫?」
また少し。
男性は何度か飲んだあと、力が抜けるように眠った。
「……生きてるよね?」
胸。
動いている。
「よかった」
◇
しばらくして。
男性が目を開けた。
「……ここは」
「大丈夫ですか?」
目が合った。
久しぶりに。
本当に久しぶりに。
誰かと目が合った。
その事実だけで、変な緊張が走る。
「水……」
「あります」
飲ませる。
今度は自分で器を持った。
「……助かった」
「無理しないでください」
男性は周囲を見る。
家。
畑。
柵。
水路。
貯水槽の方向。
「ここは……」
少し混乱した顔。
「村か?」
「え?」
「どこの村だ?」
私は振り返った。
家、一軒。
畑。
水路。
焚き火。
確かに。
知らない人から見れば。
村の端くらいには見えたのかもしれない。
「村じゃないです」
「……なら集落か?」
「いえ」
「じゃあ、他の住人は?」
私は少し困って。
答えた。
「私しかいません」
「…………」
男性が固まった。
「一人?」
「はい」
もう一度、周囲を見る。
今度はゆっくり。
家。
畑。
柵。
水路。
そして私。
「これを……全部?」
「まあ……」
私は頭をかいた。
「少しずつ作りました」
「この荒野で?」
荒野。
初めて。
他人の口からそう呼ばれた。
「ここって、やっぱり荒野なんですね」
「……やっぱり?」
「あ、いや」
聞きたい。
たくさん。
ここはどこなのか。
近くに町はあるのか。
あの角の生えたウサギは何なのか。
地下の遺跡は。
この土地は。
でも。
男性はまだ弱っている。
「まず食べます?」
「食べ物まであるのか?」
「芋と……豆みたいなものなら」
「豆みたいな?」
「名前知らないんです」
「…………」
また変な顔をされた。
私は鍋を取る。
水。
芋。
豆らしいもの。
火へ。
「煮えるまで休んでてください」
男性は何か言いたそうだった。
でも。
結局、寝台の端へ身体を預けた。
◇
鍋が煮える。
私は火を見ながら思う。
家を作った。
畑を作った。
水を引いた。
昔の貯水槽を直した。
ここまで。
全部一人だった。
でも。
今。
家の中に。
私以外の人がいる。
それだけで。
世界が急に広くなったような気がした。
「……聞きたいこと、いっぱいあるな」
煮込みを混ぜる。
まずは食べてもらおう。
話は。
それからだ。




