第30話 水のある暮らし
貯水槽を使い始めてから、暮らしはまた変わった。
雨が降った。
以前なら。
屋根が漏れないか。
火が消えないか。
そればかり気にしていた。
今は。
「貯まるかな」
雨が水路へ入る。
全部ではない。
地面を流れる水の一部を、貯水槽へ向けている。
翌朝。
「増えてる」
水面が上がっていた。
雨水。
湧水の余り。
少しずつ。
「こんなに水がある……」
もちろん飲み水には、今までの湧水を使う。
貯水槽は畑用。
汚れも入る。
古い石の構造物。
飲む勇気はない。
でも畑なら。
「十分」
水不足を心配する時間が減った。
◇
畑も変わっていた。
芋は葉を増やした。
豆らしい植物も何本か育っている。
失敗もあった。
深く植えた豆は、結局ほとんど芽を出さなかった。
「浅い方がいいんだ」
次に植える時は覚えておく。
角ウサギに柵の一部を壊された日もあった。
すぐ修理。
「食べるなー!」
相手はもういないのに叫んだ。
それでも。
最初の畑より。
今はずっと広い。
家。
畑。
水路。
水瓶。
貯水槽。
「……村みたい」
口にして。
首を振る。
「一人しかいないけど」
村ではない。
ただの一人暮らし。
なのに。
遠くから見れば。
人が住んでいる場所には見えるかもしれない。
◇
その日の夕方。
樹木地帯から薪を持ち帰る途中。
地面に。
見慣れない跡を見つけた。
「……これ」
大きい。
角ウサギではない。
細長い。
私は自分の足を横へ置いた。
「靴?」
私の靴跡に近い。
でも私ではない。
この方向。
来ていない。
「人?」
心臓が大きく鳴った。
周囲を見る。
誰もいない。
足跡は古い。
少し崩れている。
でも。
確かに。
誰かが。
ここを通った。
「……人がいる」
当たり前のこと。
異世界に人間がいることは、転移前の説明から想像していた。
でも。
ずっと一人だった。
だから。
初めて現実になった。
私は足跡の向こうを見る。
家へ帰るか。
追うか。
迷った末。
「今日は帰ろう」
夕方。
知らない相手。
危険かもしれない。
家へ戻る。
でもその夜。
なかなか眠れなかった。




