第3話 石ころ一つから
道具。
そう口にしてみたものの、私は手の中の石を見つめたまま動けなかった。
「……どうやって作るんだろう」
石器。
言葉だけなら知っている。
石を割って、尖らせて、木の棒にくくりつければ斧や槍になる。
でも。
実際に作ったことなんて一度もない。
「とりあえず……割る?」
拾った石を地面に置く。
その辺にあった、ひと回り大きな石を両手で持ち上げた。
「これで叩けば――」
ガンッ!
「痛っ!」
衝撃が腕まで響いた。
慌てて石を離す。
足元を見る。
「……何も変わってない」
叩いた石には、白い傷がついただけだった。
「簡単には割れないのか」
考えてみれば当然だ。
何でもいいから石同士をぶつければ刃物になるなら苦労しない。
私は二つの石を見比べた。
こういう時こそ、あれを使えばいいんじゃないだろうか。
地面ではなく、手の中の石へ意識を向ける。
「《土地鑑定》」
何も起こらない。
「……だよね」
土地鑑定だ。
石鑑定ではない。
少し期待した自分が恥ずかしい。
「じゃあ、使えそうな石がある場所を探すとか?」
私は立ち上がった。
水場の周囲を歩きながら、ときどき地面に触れる。
「《土地鑑定》」
《地盤:安定》
《主成分:砂質土》
《岩石含有:少》
「違う」
少し移動する。
「《土地鑑定》」
《地盤:安定》
《主成分:砂質土》
《岩石含有:中》
《露出岩盤:あり》
「お」
情報が少し違った。
さらに意識を集中する。
《岩質:硬質》
《破砕性:中》
「……破砕性?」
割れやすさ、ということだろうか。
だったら、さっきの場所よりは石器作りに向いているかもしれない。
表示が示している方向へ向かう。
すぐに、平たい石が多く転がっている場所を見つけた。
黒っぽい石。
灰色の石。
赤茶色の石。
「どれがいいんだろう」
分からない。
片っ端から試すしかなさそうだ。
私は比較的薄い灰色の石を拾った。
別の石を地面に置く。
今度はさっきみたいに真上から叩くのではなく、角を狙った。
「えいっ」
カンッ。
一度目。
変化なし。
二度目。
カンッ。
三度目。
パキン。
「あ!」
石の端が欠けた。
慌てて拾い上げる。
欠けた部分に指を近づけ――。
「危なっ」
慌てて止める。
さっきまで丸かった石の一部に、鋭い縁ができていた。
「できた……?」
刃物と言うには分厚い。
でも、少なくとも石ころよりは使えそうだ。
私は近くに生えている草を一本つまんだ。
石の鋭い部分を押し当てる。
ゴシゴシと何度かこすると、
プツッ。
草が切れた。
「切れた!」
思わず声が出る。
ナイフとは比べものにならない。
それでも。
この世界に来て初めて、自分で作った道具だった。
「……石のナイフ」
呼んでみる。
少し格好いい。
実物は、どう見ても尖った石だけど。
私は何度か角を叩いて、少しずつ形を整えてみた。
そのたびに予想外のところが欠ける。
「あっ」
大きく割れた。
「……難しい」
結局、最初より少し小さくなった。
それでも、片側には使えそうな刃が残っている。
もう一本作ってみる。
二本目は最初より早かった。
三本目。
今度は途中で真っ二つになった。
「これは失敗」
でも、割れた片方も先が尖っている。
捨てるのはもったいない。
掘るのに使えるかもしれない。
私は使えそうなものをまとめて水場へ持ち帰った。
成果は三つ。
切るための石。
掘るための尖った石。
叩くための大きな石。
「……ちょっと文明が進んだ気がする」
朝には、本当に何も持っていなかった。
今は道具が三つある。
そう考えると、妙に嬉しかった。
◇
「次は……」
私は水場を見る。
小さく掘った穴には、また水が溜まっていた。
でも、飲むたびに手ですくうのは面倒だ。
しかも底の泥まで一緒に混ざってしまう。
「もう少しちゃんと掘るか」
さっそく尖った石の出番だ。
湧き水の周りにしゃがみ込み、少しずつ土を削る。
ザッ。
ザッ。
「おお」
素手よりずっといい。
石の先端を差し込み、土を崩す。
手ですくって外へ出す。
また崩す。
単純な作業を繰り返した。
しばらくすると、手のひら二つ分くらいだった穴が少し広がった。
「これくらいあれば……」
作業を止める。
濁った水を一度かき出す。
しばらく待つ。
岩の隙間から水がじわじわと流れ込み、再び溜まっていく。
今度は前より深い。
「ちゃんと水場っぽくなった」
まだ小さな穴にしか見えないけれど。
私にとっては立派な水場だ。
「こういうのも作ったって言っていいのかな」
少なくとも最初に見つけた時より使いやすい。
満足しながら水を飲む。
その時だった。
「……お腹空いた」
今まで緊張していたせいか、あまり気にならなかった。
でも一度意識すると、急に空腹が押し寄せてくる。
「そうだよね……」
水を見つけた。
道具を作った。
寝る場所も決めた。
でも。
食べ物がない。
私は周囲を見る。
生えているのは、細い草ばかり。
「これ、食べられるのかな」
試す勇気はない。
土地鑑定で水が飲めることは分かった。
でも植物を鑑定できる保証はない。
一本の草を見つめながら試してみる。
「《土地鑑定》」
やっぱり何も起こらない。
「だよね」
何でも鑑定できる便利スキルではないらしい。
だったら、知らない植物を適当に食べるのは危険だ。
食料については、別の方法を考えるしかない。
「動物とか……いるのかな」
私は荒野を見る。
今のところ、生き物の姿は一度も見ていない。
鳥すら見ていない気がする。
「いや、いたとしても捕まえられないか」
石のナイフ一本で狩り。
さすがに無理だ。
今日は食事なしになるかもしれない。
「一日くらいなら……」
大丈夫。
たぶん。
そう思うことにする。
それより今は、夜を越す準備だ。
◇
寝床に決めた岩場へ戻る。
太陽は、転移した時より少し傾いていた。
どれくらい時間が残っているのか分からない。
「屋根が欲しいけど……」
上を見る。
大きな岩が二つ。
その間は空いている。
雨が降れば普通に濡れる。
風も正面から吹けば防げない。
しかし。
「材料がない」
家を作るなら木が必要。
少なくとも、私はそう思っている。
でも、この辺りには木が一本もない。
生えているのは草だけ。
私はその草を見る。
「……草でも、たくさん集めたら何かできる?」
試してみよう。
せっかく石の刃物もある。
私は少し長めの草を探し、根元から切った。
一束。
二束。
三束。
地面に置いていく。
「少なっ」
集めても集めても、山にならない。
それでも続ける。
腰が痛くなってきた頃には、両腕で抱えられるくらいには集まった。
「これを……」
岩の隙間へ運ぶ。
地面に敷いてみる。
薄い。
もっと必要だ。
もう一度集めに行く。
切る。
運ぶ。
敷く。
何度か繰り返した。
最後に横になってみる。
「……お?」
硬い。
当然、硬い。
でも直接地面に寝るよりはマシだった。
「ベッド」
そう呼ぶにはあまりにも粗末だけど。
私は起き上がり、改めて眺めた。
岩と岩の間。
地面には乾いた草。
近くには自分で作った三つの石器。
少し離れた場所には、水が溜まる小さな穴。
それだけだ。
「昨日までなら、絶対こんなの家って呼ばなかっただろうな」
でも今は違う。
この荒野の中で。
ここだけは、自分が手を加えた場所だった。
石を一つ動かした。
草を集めた。
水場を掘った。
ほんの少しずつ。
何もなかった場所が変わっている。
「……楽しいかも」
思わず、そんな言葉が出た。
自分でも驚いた。
死んだ。
知らない世界へ送られた。
人もいない荒野に放り出された。
普通なら、もっと絶望していてもいいはずなのに。
なのに。
次は何を作ろう。
そんなことを考えている自分がいる。
「まずは屋根かな」
それから火も欲しい。
食料も必要だ。
できれば水を入れる容器も。
やりたいことが一気に増えてきた。
その時。
ふと、風が吹いた。
「ん?」
今までとは違う。
少し冷たい風。
私は顔を上げる。
空の端に、灰色の雲が見えた。
「……まさか」
嫌な予感がする。
地面へ手をつく。
「《土地鑑定》」
《周辺環境:乾燥》
《地表温度:低下中》
《雨水流入危険:低》
少し迷ってから、もう一度意識を集中する。
もっと。
この土地について知りたい。
これから何が起きるのか。
すると。
今までなかった情報が、一行だけ浮かんだ。
《降雨可能性:高》
「……雨?」
私は空を見る。
屋根はない。
服の替えもない。
火もない。
日が落ちれば気温も下がるだろう。
「ちょっと待って」
初日から。
雨の中で夜を越す?
「それはまずいって」
せっかく作った草の寝床を見る。
雨に濡れれば、全部台無しだ。
雲はゆっくりとこちらへ近づいている。
私は石のナイフを掴んだ。
「屋根」
今日中に。
せめて雨を防げるものを作らないといけない。
何もない荒野で始まった生活。
どうやら、のんびりしている暇はなさそうだった。




