第2話 水探索
まずは水。
そう決めたのはいい。
問題は、その水がどこにあるのかだった。
「地下水脈あり、って言われてもなあ……」
私はしゃがんだまま、乾いた地面を見つめる。
さっき《土地鑑定》を使ったとき、確かに地下水があることは分かった。
でも、それだけだ。
地面を掘れば出てくるのか。
どれくらい掘ればいいのか。
そもそも素手で掘れる深さなのか。
「もう一回やってみよう」
地面に手をつく。
「《土地鑑定》」
頭の中へ、さっきと同じ感覚が流れ込んできた。
《乾燥地》
《表土水分:極少》
《植物生育適性:低》
《地盤:安定》
《地下水脈:あり》
「……これだけ?」
思わず眉をひそめる。
もう少し詳しく知りたい。
地下水があるなら、せめて深さくらい教えてほしい。
そう考えながら、《地下水脈》という部分へ意識を集中させる。
すると。
《推定深度:十六〜十九》
「おっ」
増えた。
「十六から十九……メートル?」
単位は表示されていない。
でも、感覚的にそれくらいの距離だと分かる。
私は地面を見る。
そして、自分の手を見る。
「無理でしょ」
素手で十六メートル。
どう考えても無理だ。
いや、スコップがあっても一人で掘るのは相当きつい。
「地下水があるって分かっただけじゃ、意味ないじゃん……」
早くも《土地鑑定》を選んだことを後悔しそうになる。
でも、他に頼れるものはない。
私は立ち上がった。
とにかく歩いてみよう。
同じ荒野でも、場所によって地下水の深さが違うかもしれない。
もっと浅い場所を探せばいい。
「そういう使い方をするスキルなんだよね。たぶん」
自分に言い聞かせながら歩き始める。
数十歩進む。
しゃがむ。
「《土地鑑定》」
《地下水脈:あり》
《推定深度:十四〜十七》
「ちょっと浅くなった」
さらに進む。
「《土地鑑定》」
《地下水脈:あり》
《推定深度:十三〜十五》
「こっちだ」
なんとなく分かってきた。
地下を流れている水に近づいている。
なら、もっと進めば。
私は少し足を速めた。
◇
「……暑い」
十分も歩かないうちに後悔した。
日陰がない。
見渡す限り平らな荒野。
空には雲がほとんどなく、太陽が容赦なく照りつけてくる。
汗が額から流れた。
喉も少し渇いてきた。
「これ、水見つからなかったら本当にまずいな……」
転移したときから何も持っていない。
当然、水筒もない。
食べ物もない。
異世界転移という言葉には、もっとこう、夢があるものだと思っていた。
魔法を使ったり。
町を歩いたり。
冒険者になったり。
少なくとも初日から脱水症状を心配するものではないはずだ。
「神様、転移場所くらい選んでよ……」
愚痴りながら、また地面に触れる。
「《土地鑑定》」
《地下水脈:あり》
《推定深度:九〜十一》
「九!」
かなり浅くなった。
方向は合っている。
私は再び歩き出す。
そこから何度か鑑定した。
八。
七。
六。
地下水までの距離は少しずつ縮まっていく。
そして。
「……あれ?」
前方に、何かが見えた。
茶色一色だった景色の中に、ほんの少しだけ違う色がある。
緑。
「草?」
私は目を細めた。
間違いない。
小さい。
数も少ない。
でも、確かに草が生えている。
さっきまでまったくと言っていいほど見なかった植物だ。
私はそこへ向かった。
近づくにつれて、地面の様子も少し変わってくる。
土の色が濃い。
ところどころに小さな草が生えている。
「もしかして」
私はすぐにしゃがんだ。
「《土地鑑定》」
《半乾燥地》
《表土水分:少》
《植物生育適性:やや低》
《地下水脈:あり》
《推定深度:二〜三》
「二メートル……!」
一気に近くなった。
これなら。
いや。
まだ素手で二メートル掘るのは厳しい。
でも、十六メートルよりはずっと現実的だ。
私は周囲を見回した。
すると少し先に、大きな岩がいくつか集まっている場所があった。
その周辺だけ、さらに草が多い。
「あそこかな」
岩場へ近づく。
地面が緩やかに窪んでいる。
私は一番草が多い場所へ手をついた。
「《土地鑑定》」
《湿潤地》
《地下水脈:近》
《湧水可能性:高》
「湧水?」
胸が跳ねた。
水が地面から出てくる場所。
それなら掘らなくてもいい。
私は辺りを探した。
岩の隙間。
地面の窪み。
草が密集しているところ。
「あ」
見つけた。
大きな岩の根元。
そこだけ地面が黒く湿っている。
触ってみる。
冷たい。
「水……」
掘る。
指で土をかき分ける。
泥が爪の間に入り込む。
それでも掘る。
少しすると、掘った穴の底からじわじわと水が染み出してきた。
「出た……!」
思わず声が大きくなる。
透明とは言えない。
土が混ざって濁っている。
でも、水だ。
本物の水。
「やった……!」
嬉しくて、その場に座り込みそうになった。
けれど、すぐに手を止める。
「いや、待って」
飲んで大丈夫なのか。
水があっても、腹を壊したら意味がない。
むしろこの状況で体調を崩したら致命的だ。
私は水が溜まり始めた穴の横へ手を置いた。
「《土地鑑定》」
《地下湧水》
《水質:良好》
《有害成分:検出なし》
《飲用:可能》
「そこまで分かるの?」
思わず笑った。
「これ、結構当たりじゃない?」
私は両手で水をすくった。
まだ少し土が混ざるので、一度捨てる。
しばらく待つ。
穴の底から再び水が溜まっていく。
今度はさっきより澄んでいる。
もう一度すくって、口へ運ぶ。
冷たい。
「……おいしい」
ただの水なのに、今まで飲んだどんな飲み物よりおいしく感じる。
一口。
二口。
喉の渇きが少しずつ消えていく。
「はあ……」
ようやく、一息つけた。
水がある。
これだけで安心感がまるで違う。
私は顔を洗った。
冷たい水が火照った頬に気持ちいい。
「まず一個」
生きるために必要なものを、一つ手に入れた。
◇
しばらく休んでから、改めて周囲を見回した。
水場を見つけた。
次に必要なのは、今日の夜を越す場所だ。
太陽はまだ高い。
でも、いつまでも明るいわけじゃない。
夜が来る前に、少なくとも寝られる場所くらいは決めておきたい。
「ここに住むのはどうなんだろう」
水場のすぐ近く。
便利ではある。
でも、少し気になる。
水がある場所には、人間以外の生き物も来るはずだ。
この世界には魔物がいると言っていた。
「水場の真横は危ないかな……」
少し離れた場所を探す。
岩場の周囲を歩きながら、《土地鑑定》を何度か使った。
《地盤:不安定》
「ここは駄目」
《雨水流入:高》
「ここも駄目」
《地盤:安定》
《傾斜:小》
《湧水地点まで:近》
「……ここ?」
水場から少し高い場所。
大きな岩が二つあり、その間にちょうど人が横になれそうな空間がある。
背後は岩。
前は開けている。
水場も見える。
私は地面へ手をつく。
「《土地鑑定》」
《地盤:安定》
《崩落危険:低》
《浸水危険:低》
《居住適性:低》
「最後の一文いらないよ」
確かに住み心地は悪そうだ。
でも、今日一晩だけなら十分だ。
「ここにしよう」
私はそう決めた。
何もない場所に、初めて自分で選んだ場所。
まだ家ではない。
壁もない。
屋根もない。
ただ、大きな岩が二つあるだけ。
それでも。
ここが今夜の私の家になる。
「じゃあ次は……」
私は周囲を見渡す。
石はある。
草も少しある。
木はない。
道具もない。
「何から作ればいいんだろう」
自分の手を見る。
そのとき。
すぐ近くに落ちている石が目に入った。
手のひらより少し大きい。
片側が尖っている。
何となく拾い上げる。
「……これ」
石を見つめる。
もしかしたら。
道具にできるかもしれない。
水は見つかった。
寝る場所も決めた。
次に必要なのは――。
「道具、かな」
何もない荒野での生活。
どうやら本当に、石ころ一つから始めることになりそうだった。




