第13話 水瓶を作ろう
畑に三杯目の水をかけたところで、私は空になった器を見下ろした。
「……もう一往復かあ」
小さな畑だから、これでもまだ楽な方だと思う。それでも水場と畑を何度も往復するのは、毎朝やっていると地味に面倒だった。
視線を向ければ、水場はすぐそこにある。
遠くはない。
遠くはないんだけど。
「近いから面倒じゃない、とはならないんだよね」
器を二つ持って水場へ戻る。
汲んで、運んで、かける。
これを繰り返してようやく水やりが終わった。
柵の中では、二つの芽が小さな葉を広げている。他の芋からはまだ芽が出ていないけれど、《土地鑑定》では地下に反応がある。
「畑、大きくしたら絶対無理だなあ」
今は六個だけ。
いつかもっと植えるなら、水を運ぶ方法をどうにかしないといけない。
水路なんて作れたら最高だけど、そんなものを今の私が作れるとは思えない。
「だったら、やっぱり大きい器かな」
前から欲しかったもの。
水をたくさん入れておける容器だ。
今ある二つの器を並べて見る。
一個作るだけでも散々苦労した。
それを大きくする。
「……失敗する未来しか見えない」
でも、必要なのだから仕方ない。
私は立ち上がった。
「作ろう。大きいやつ」
◇
まずは粘土。
水場近くの粘土質の場所へ向かい、掘削用の石を地面へ突き立てる。
今まで小さな器を作る時なら、両手で持てる量があれば十分だった。
今回は違う。
「もっといるよね」
掘る。
籠へ入れる。
また掘る。
籠へ入れる。
「……あ」
そこで私は手を止めた。
「籠、便利」
今までなら掘った粘土を抱えて運ぶしかなかった。
でも今日は、昨日作った籠がある。
編み目が粗いので、そのまま粘土を入れたら隙間から落ちそうだった。そこで中に草を厚めに敷いて、その上へ粘土を置いていく。
「こうすれば落ちない」
調子に乗って入れていく。
一塊。
二塊。
三塊。
「これくらいかな」
持ち上げる。
「っ……重!」
すぐに下ろした。
薪とは違う。
粘土は重い。
「入るからって、持てるとは限らないのか……」
当たり前だった。
半分ほど取り出す。
もう一度。
「よいしょ……」
今度は持てた。
持ち手が手に食い込むけれど、それでも両腕で粘土を抱えるよりずっと楽だ。
「昨日作ってよかった」
一つできると、次の作業が楽になる。
なんだか少し嬉しい。
◇
拠点へ運んだ粘土から小石を取り除き、水を加えてこねる。
問題は大きさだ。
「これくらい欲しい」
両腕で丸を作ってみる。
小型の器なら両手で包めるくらいだった。
今回は、その何倍もある。
「水を十杯くらい入れられたら……」
いや。
欲張るのはやめよう。
第九話でそれを学んだ。
「まず五杯くらい」
それでも十分大きい。
粘土の塊を地面へ置き、真ん中を押し込んで広げていく。
底を作る。
そこから側面を立ち上げる。
「よし……」
思ったより順調。
さらに粘土を足す。
壁を高くする。
「おお」
なんとなく形になってきた。
もう少し。
もう少しだけ――。
ぐにゃ。
「え?」
片側が外へ膨らんだ。
「あっ、待って」
両手で支える。
反対側まで歪む。
「待って待って!」
ずるっ。
粘土の壁が倒れた。
「…………」
しばらく無言で眺める。
大きな器になりかけていたものが、潰れた粘土の山へ戻っていた。
「……早かった」
失敗するとは思っていた。
思っていたけど。
「焼くところにすら行けなかった……」
私は粘土の前に座り込んだ。
◇
何が悪かったんだろう。
壁が重すぎた?
柔らかすぎた?
一気に大きくしすぎた?
「小さい器は、これで作れたのに」
大きくすると同じ方法では駄目らしい。
私は潰れた粘土をもう一度こねながら考える。
「下から全部作るから……上の重さに耐えられない?」
正しいかは分からない。
でも、途中までは立っていた。
高くしたところで崩れた。
「少し作って、固くなってから続きを作れば?」
やってみる価値はある。
今度は底と低い壁だけを作った。
大きさも最初より少し小さくする。
「欲張らない」
壁の高さは手のひら一枚分くらいで止めた。
「今日はここまで」
岩の上ではなく、日差しが強すぎない屋根の端へ置く。
急に乾かすと良くないかもしれない。
これも正しいかは知らない。
小さい器を作った時に、急ぐと失敗することだけは覚えた。
その日は水やりや薪集めをしながら、ときどき粘土の様子を見る。
少し硬くなってきた。
指で押しても簡単には形が崩れない。
「続き、いけるかな」
新しい粘土を細長く伸ばす。
「……これを上に乗せてみる?」
蛇みたいになった粘土を、器の壁の上へ一周させる。
指で押して、下の部分となじませる。
「お」
少し高くなった。
もう一本。
また押してつなげる。
「これなら崩れない」
一気に壁を作るよりずっと安定している。
ただし。
「時間かかるなあ……」
少し積む。
待つ。
また積む。
形を整える。
歪んだ場所を直す。
それを何度も繰り返した。
◇
完成まで、思っていたよりずっと時間がかかった。
一日では終わらない。
翌日も。
さらにその次の日も。
朝に畑へ水をやり、火を維持して、食料を確保しながら、その合間に器を作る。
角ウサギの肉はとうとう食べきったので、北西の自生地から芋を少しだけ掘ってきた。
全部は取らない。
畑が収穫できるようになるまでは、あそこが大事な食料庫だ。
「……生活しながら何か作るって大変」
ずっと器だけ作っているわけにはいかない。
水も必要。
食事も必要。
薪も必要。
畑だって見なければならない。
元の世界では気にしたこともなかったことが、ここでは全部自分の仕事だった。
それでも。
「できた」
目の前には、大きな粘土の器があった。
高さは膝より少し低いくらい。
左右で形が違う。
口も完全な円ではない。
それでも、今までの器よりはずっと大きい。
「問題はここからなんだよね」
焼く。
あの恐怖の時間だ。
◇
十分に乾いたと思えるまで待った。
触っても柔らかさはない。
色も変わっている。
「……お願いします」
私は器の周囲に焚き火を作った。
大きすぎて、今までのように火の横へちょこんと置くわけにはいかない。
最初は遠く。
少しずつ火を近づける。
急に熱くしない。
「焦らない」
何度も自分へ言い聞かせる。
薪を追加する。
器を見守る。
また薪を足す。
途中。
パキッ。
「ひっ」
身体が固まった。
慌てて器を見る。
「……割れてない」
薪の音だったらしい。
「怖い……」
最初の失敗が頭から離れない。
何時間経ったのか分からない。
火を維持するだけでも、どんどん薪が減っていく。
「大きい器って、薪までいっぱい使うんだ」
新しい問題に気づいた。
でも、ここまで来てやめられない。
最後まで焼く。
◇
火が消えたあとも、すぐには触らなかった。
冷えるまで待つ。
今度こそ待つ。
第九話では我慢できずに触って火傷しかけた。
「学習してる」
一人で頷く。
ようやく手で触れられるくらいになったところで、器の表面を撫でる。
硬い。
「割れてない……」
底を見る。
大丈夫。
側面も。
大きな亀裂はない。
「できた?」
まだ喜ぶのは早い。
水が入らなければ意味がない。
私は小型の器で水を汲んできた。
一杯目。
大きな器へ入れる。
水が底に溜まる。
二杯目。
三杯目。
「まだ入る」
四杯目。
五杯目。
「……すごい」
まだ少し余裕がある。
六杯目を入れたところで止めた。
側面を確認する。
じわっと色が変わっている場所がある。
「やっぱり染みるか」
完全に水を止めることはできなかった。
でも、小型の器よりずっと量が多い。
多少染み出しても、すぐ空にはならない。
「一晩くらい置けたら十分かな」
少なくとも、水場へ行く回数は減らせる。
畑のそばに置いておけば、水やりのたびに何往復もしなくていい。
「運べるかな」
水が入った状態で持ち上げようとして。
「……無理」
びくともしない。
「ですよね」
これは運ぶ器ではない。
置いて使う器だ。
だったら。
私は中の水を小型器へ戻しながら考えた。
「畑の近くに置こう」
◇
空になった水瓶を両腕で抱える。
「重……」
粘土そのものが重い。
でも空ならなんとかなる。
ゆっくり。
絶対に落とさないように。
畑のそばまで運ぶ。
「ここ」
柵の外側。
邪魔にならず、水やりにも使いやすい場所へ置いた。
そこからまた小型の器で水を運ぶ。
一杯。
二杯。
三杯。
六杯。
水瓶が満たされていく。
「……結局、今は往復してるんだけど」
思わず笑ってしまう。
でもこれは最初だけだ。
朝の余裕がある時に水を溜めておけばいい。
水やりをしたい時には、ここから汲む。
夜、拠点で水が必要になった時にも使える。
「貯めておけるって便利だなあ」
水がある。
それだけでは足りなかった。
水を運べるようになって。
今度は、水を貯められるようになった。
できることが一つ増えるたびに、次の便利さが見えてくる。
「……ん?」
満足しながら畑を眺めていると、柵の中に新しい緑が見えた。
一つ。
二つ。
そして、その奥。
「三つ目?」
近づく。
新しい芽が、土から顔を出していた。
「増えてる」
畑には三つの緑。
その横には、不格好な柵。
さらにその外には、今日完成した大きな水瓶。
振り返れば。
屋根。
焚き火。
小さな器。
籠。
どれも立派なものではない。
でも。
「なんか……暮らしてるって感じになってきた」
転移した日の景色を思い出す。
土しかなかった。
本当に何もなかった。
そこへ今。
少しずつ。
私が使う物が増えている。
「次は――」
言いかけて、止めた。
「今日はやめよう」
欲しいものなら、いくらでもある。
でも今日は。
できた水瓶を眺めながら。
少しくらい満足していてもいい気がした。




