第12話 はじめての籠
畑の柵が無事だったことを確認した私は、そのまま朝の水やりを済ませた。
芽は昨日と変わらず小さい。それでも、こうして毎朝確認するものができたことが少し嬉しい。
「今日も元気……だよね?」
もちろん返事はない。
《土地鑑定》を使えば地下植物反応は確認できる。でも、それだけで全部分かるわけじゃない。
土の湿り具合を見ながら水をかけ、最後に柵のずれがないか確かめる。
「よし」
これで朝の仕事は終わり。
立ち上がったところで、焚き火の横に積んである薪が目に入った。
「……少ないな」
昨日は柵を作るために枝を集めたけれど、薪として使える枯れ枝はあまり持ち帰っていない。
今日の夜まではなんとかなる。
でも、その先は怪しい。
「また取りに行かないと」
北西にある低木地帯を思い浮かべる。
そこで枝を集めて、両腕いっぱいに抱える。
帰る途中で落とす。
拾う。
また落とす。
「…………」
昨日の自分が鮮明に浮かんだ。
「嫌だ」
思わず声に出た。
昨日、何度も考えた。
籠が欲しい。
持った物をまとめて運べる物があれば、薪集めもずっと楽になる。
「作るか」
問題は。
「籠って、どう作るの?」
そこだった。
◇
元の世界で籠を見たことは何度もある。
スーパーの買い物籠ではなく、竹や蔓を編んで作ったもの。
細長い材料が上下に交差していたことくらいは覚えている。
「たしか、こう……交互に通すんだよね」
私は屋根にも柵にも使っている葦系植物を一本持ってきた。
長くて軽い。
材料としては使えそうに見える。
試しに曲げてみる。
ぐっ。
「硬いな……」
さらに力を入れる。
パキッ。
「あ」
折れた。
「ですよね」
乾いた茎は思ったより脆かった。
これを無理やり編もうとしたら、途中で全部折れてしまいそうだ。
「草だけだと柔らかすぎるし……」
どうしたものか。
折れた葦を手の中でいじりながら、水場を見る。
「濡らしたら?」
根拠はない。
でも乾いているから折れるなら、水を吸わせれば少しくらい柔らかくなるかもしれない。
「試すだけ試そう」
何本か葦を切って、水場の浅いところへ置く。浮いてしまうので、その上に石を載せた。
「すぐは無理かな」
待っている間に、別のことをする。
焚き火へ薪を足し、残っている食料を確認する。
角ウサギの肉は、もうかなり少ない。
「そろそろ次も考えないとなあ」
畑ができたといっても、収穫できるのはずっと先だ。
まだ野生の芋や狩りに頼る必要がある。
つまり。
「やっぱり、運べる方がいいよね」
薪だけじゃない。
芋。
草。
粘土。
何をするにも、運ぶ必要がある。
今の私にとって、籠はかなり重要な道具なのかもしれない。
◇
しばらくして、水に浸けていた葦を一本取り出した。
「どうかな」
両手でゆっくり曲げる。
さっきより力を入れずに曲がった。
「お?」
さらに曲げる。
今度はすぐには折れない。
「いけるかも」
私は少し嬉しくなって、残りも水から引き上げた。
まずは底。
「丸い籠は……無理そう」
難しそうだから、四角っぽい形にする。
長い葦を数本、地面に平行に並べる。その上から別の一本を横向きに置いた。
「交互、交互……」
一つ目の下。
二つ目の上。
三つ目の下。
四つ目の上。
通していく。
「おお」
少しだけ籠っぽい。
次は逆。
上、下、上、下。
二本。
三本。
少しずつ面ができていく。
「意外とできるじゃん」
調子に乗った直後だった。
一本引っ張る。
すると。
「……あれ?」
せっかく並べた茎がずれた。
直そうとして別の一本を動かす。
今度は反対側が崩れる。
「あ、ちょ、待って」
直す。
崩れる。
また直す。
「なんで!」
結局、最初に作ったものは歪みに歪み、四角どころか何なのか分からない形になった。
「……難しい」
見ているだけなら簡単そうだったのに。
私は一度全部ほどいた。
「端を止めないと駄目なのかな」
屋根で使った草紐を持ってくる。
今度は並べた葦の端を軽く縛り、動きにくくしてから横の葦を通してみた。
「これなら……」
さっきよりずっとやりやすい。
それでも綺麗にはならない。
隙間はばらばら。
斜めになる。
途中で葦が折れる。
「うーん……」
でも。
時間をかけて通していくと。
「底……?」
手のひらを何枚も並べたくらいの、大きな編み目の板ができた。
籠とは呼べない。
でも最初の一歩には見える。
「ここから立てるんだよね」
端から出ている葦を上へ曲げる。
一本。
二本。
「お願いだから折れないでよ……」
慎重に。
水で濡らしながら曲げていく。
周囲の茎を立ち上げたら、今度はそこへ新しい葦を横向きに通した。
前。
後ろ。
前。
後ろ。
「……あれ?」
一周したところで見てみる。
「籠っぽい!」
かなり歪んでいる。
右側が高い。
左側は低い。
底も平らではない。
それでも。
形だけなら、確かに籠だった。
私は夢中になって続きを編んだ。
◇
「できた……!」
太陽がかなり高くなった頃。
私は完成したものを両手で持ち上げた。
大きさは、両腕で抱えるより少し小さいくらい。
編み目は粗い。
小石なんて入れたら普通に落ちるだろう。
形も歪んでいる。
「でも、籠だよね?」
地面へ置く。
倒れない。
「よし」
試しに薪を三本入れる。
持ち上げる。
「……大丈夫」
さらに二本。
まだ大丈夫。
「おお……!」
嬉しくなって、さらに入れる。
ミシッ。
「…………」
私は止まった。
「欲張るのやめよう」
底を見ると、一本の葦が少し浮いていた。
危ない。
「重い物は駄目そうだな」
今度は持ち手を作る。
長い葦を何本かまとめてねじり、両端を籠へ縛った。
持ち上げる。
「……痛い」
細い持ち手が手のひらへ食い込む。
「これも改善しないと」
草を巻きつけて少し太くする。
さっきよりはマシになった。
「これで使ってみよう」
◇
籠を持って、低木地帯へ向かう。
何も入っていない状態なら、とても軽い。
「いい感じ」
いつもの場所へ着くと、地面に落ちている枯れ枝を拾い始める。
一本。
二本。
三本。
籠へ入れる。
今までは腕の中で崩れないように押さえながら集めていた。
でも今日は。
拾って。
入れる。
それだけ。
「楽!」
どんどん集められる。
細い枝を中心に、籠から飛び出すくらいまで入れた。
「これくらいかな」
持ち上げる。
「重っ」
思ったより重い。
でも。
両腕で抱えるよりずっと持ちやすい。
しかも落ちない。
「すごい……」
歩き出す。
一歩。
二歩。
十歩。
枝は落ちない。
「落ちない!」
嬉しくなってしまう。
今までなら途中で何本も拾い直していた。
それがない。
「籠すごい!」
ただ。
しばらく歩くと。
「手……痛い……」
持ち手が食い込む。
腕も疲れる。
「完璧ではないね」
それでも、途中で何度も荷物を落とすよりはずっといい。
私は休みながら拠点まで運んだ。
◇
焚き火の横。
籠をひっくり返す。
枝がばらばらと落ちた。
「……こんなに運べたんだ」
いつもの一回より明らかに多い。
それを見ているだけで満足感がある。
今まで、薪集めは面倒な作業だった。
火を維持するためには必要だけれど、何度も往復しなければならない。
でも。
「これなら回数、減らせそう」
一つの道具で。
毎日の仕事が少し楽になる。
私は空になった籠を見る。
「次は芋も入れられるかな」
編み目が粗いから、小さいものは落ちる。
内側に草を敷けばいいかもしれない。
粘土だって。
草だって。
もっと楽に運べるようになる。
「……便利」
またその言葉が出た。
器を作った時と同じ。
今まで当たり前にできなかったことが、一つできるようになる。
ほんの少しのことなのに。
生活が大きく変わったように感じる。
◇
夕方。
私は畑へ水をやりに行った。
柵を外し、中へ入る。
「今日も無事……」
昨日から出ている芽は、ちゃんとそこにある。
そして。
「ん?」
その少し横。
土をよく見る。
小さな緑。
「……もう一個?」
しゃがみ込む。
別の場所から、ほんの少しだけ芽が出ていた。
「二つ目……!」
思わず顔がほころぶ。
私は水を少しずつかける。
「こっちも育ってね」
畑を囲う柵。
水を運ぶ器。
薪を運ぶ籠。
そして、二つになった小さな芽。
最初にここへ来た時は、本当に何もなかった。
なのに今は。
生活するために作った物が、少しずつ増えている。
私は拠点の方を見る。
粗末な屋根がある。
火がある。
その横には、今日作ったばかりの歪んだ籠。
「次は何が欲しくなるんだろう」
きっと。
またすぐに不便を見つける。
でも。
今はそれが少し楽しみだった。




