第11話 畑を守ろう
朝、目を覚ますと最初に畑を見に行く。
いつの間にか、それが習慣になっていた。
「おはよう」
誰に言うでもなく呟きながら、小さな畑の前にしゃがみ込む。
昨日見つけた緑色の芽は、ちゃんとそこにあった。
「……よかった」
一晩で枯れていたらどうしようかと思っていた。
まだ指先ほどの大きさしかない。それでも茶色ばかりの土地では、その緑がやけに目立つ。
私は少し離れたところに手をついた。
「《土地鑑定》」
《表土水分:少》
《植物生育適性:中》
《地下植物反応:複数》
「複数?」
昨日までは、最初に植えた芋のことばかり気にしていた。
新しく埋めた五つも、どうやら土の中では何かが起きているらしい。
「ちゃんと生きてるんだ」
思わず笑みが浮かぶ。
まだ食料が増えたわけじゃない。
収穫できる保証だってない。
それでも、一つずつ進んでいる。
「今日も水あげよう」
私は器を取りに立ち上がった。
◇
水を運ぶ。
畑へかける。
水場へ戻る。
また汲む。
「……やっぱり小さい」
二つの器を使っても、一度に運べる水の量はたいしたことがない。
畑自体が小さい今はなんとかなるけれど、これ以上広げるなら大きな容器が必要になる。
「大きいの作りたいけど、また割れたら嫌だなあ」
粘土はある。
作れないわけではない。
ただ、大きくなればなるほど焼くのも難しくなりそうだ。
「まあ、それは後で考えよう」
今は、この六つ。
ちゃんと育てることが先だ。
最後の水をかけ終え、私は腰を伸ばした。
「ふう……」
その時だった。
畑の端。
並べていた石の一つが、少しずれていることに気づいた。
「ん?」
昨日、こんなだったっけ。
近づいてみる。
土の上に、小さなくぼみがあった。
丸い跡。
その少し先にも。
「……足跡?」
嫌な予感がする。
しゃがんでよく見る。
手のひらよりずっと小さい。
そして先端に、爪のような跡がある。
「これ……」
見覚えがあった。
角ウサギ。
「来たの?」
私は反射的に畑を見る。
芽。
無事。
他の五ヶ所も、掘り返された様子はない。
「よかった……」
胸を撫で下ろす。
でも。
今夜も無事とは限らない。
そもそも私が芋を見つけられたのは、角ウサギが芋を掘って食べていたからだ。
つまり。
「ここ、見つかったら食べられるよね」
当たり前の事実に気づいてしまった。
私は畑を見つめる。
せっかく植えた六つの芋。
芽まで出た。
何日も水をやって。
これから育つのを楽しみにしている。
それが朝起きたら全部なくなっていたら。
「……嫌だ」
絶対に嫌だ。
「守らないと」
◇
畑を守る。
そう決めたところまではよかった。
問題は方法だ。
「柵?」
一番最初に浮かんだのは、それだった。
畑の周りを何かで囲う。
元の世界でも畑や家庭菜園に柵や網が置かれていた気がする。
でも。
「網は作れない」
紐ですら、草をねじって作った粗末なものしかない。
だったら木の枝。
北西の低木地帯から持ってくればいい。
「……またあそこまで行くのか」
薪を集めるたびに何度も往復している場所だ。
そして毎回思う。
「籠が欲しい」
枝を抱えて運ぶのは、本当に面倒だった。
腕いっぱいに持っても量は少ないし、途中で落とす。
とはいえ、今から籠を作る方法を考えていたら、柵がいつ完成するか分からない。
「今日は我慢」
私は石のナイフを持って、低木地帯へ向かった。
◇
畑の柵。
どんなものを作ればいいのかは分からない。
だから、とりあえず細くて長い枝を集めることにした。
「これくらい?」
自分の腰ほどの長さの枝を一本切る。
石のナイフで何度も同じ場所を削ってから、最後は手で折った。
パキッ。
「一本」
次。
また次。
太い枝は避ける。
どうせ石器では切るのに時間がかかるし、地面に刺すのも大変そうだからだ。
十本ほど集めたところで抱えてみる。
「まだ持てる」
さらに五本。
「……これが限界かな」
歩き出す。
三歩で一本落ちた。
「あっ」
拾う。
また歩く。
今度は別の一本がずり落ちる。
「もう!」
何度目だろう。
「絶対、籠作る」
昨日より強く決意した。
◇
拠点へ戻る。
枝を地面へ置いた瞬間、腕が軽くなった。
「疲れた……」
でも休んでばかりはいられない。
まず畑の四隅に枝を立ててみる。
尖った石で穴を掘り、枝を差し込む。
土を戻して、踏み固める。
手を離す。
ぐらっ。
「……弱い」
軽く押しただけで傾いた。
「もっと深く?」
穴を掘り直す。
今度はさっきより深めにする。
枝を差す。
周囲へ小石も詰めて、土を押し固める。
「これなら」
さっきよりはマシだ。
同じようにして、畑の周囲へ枝を立てていく。
一本。
二本。
三本。
やっているうちに、あることに気づいた。
「間が広すぎる」
枝と枝の間から、角ウサギくらいなら普通に入れそうだ。
「意味ないじゃん」
かといって、隙間がなくなるほど枝を立てるには数が足りない。
また取りに行く?
私は北西を見る。
「……嫌」
さすがに今日は何往復もしたくない。
他に何かないか。
視線を巡らせる。
草。
石。
葦。
「葦……?」
屋根を作った時に使った、細長くて丈夫な茎。
あれなら枝の間へ横向きに通せるかもしれない。
「やってみよう」
今度は葦の群生地へ向かった。
◇
「……今日は運んでばっかり」
葦を抱えながら戻る。
枝より軽いのが救いだった。
畑の周囲に立てた枝。
その間へ葦を横向きに渡してみる。
「ここを縛れば……」
草を数本まとめて、ねじる。
屋根を作った時と同じ簡易紐。
枝と葦を巻きつけるようにして結ぶ。
一ヶ所。
もう一ヶ所。
引っ張る。
「……一応、止まってる」
そのまま次へ。
一本目。
二本目。
地面近く。
少し上。
さらに上。
三段ほど横に渡すと、かなり柵らしくなった。
「おお……」
遠くから見れば。
たぶん。
近くで見ると、枝は曲がっているし、高さもばらばら。紐だって今にも切れそうなところがある。
「でも入れない……よね?」
角ウサギの大きさを思い出す。
隙間は。
ぎりぎり通れないと思う。
たぶん。
「……絶対?」
不安になって、隙間へ両手を入れてみる。
「広いところあるなあ」
そこには短い葦を追加した。
また縛る。
結び目が何度もほどける。
「もう、紐が一番難しい」
草の紐は便利だけど、耐久性が低い。
途中で二本切れた。
そのたびに作り直す。
気がつけば、太陽がかなり傾いていた。
「こんな小さい柵なのに……」
一日仕事になりそうだ。
でも。
最後の一本を縛り終える。
私は立ち上がった。
「……できた」
小さな畑。
その周囲を。
木の枝と葦で作った、腰より低い柵が囲んでいる。
「畑っぽさ、増した」
なんだか嬉しい。
昨日までは石で囲っただけだった。
今日は、その外側に柵まである。
ほんの少し。
本当にほんの少しだけど。
ここだけ荒野ではないみたいだった。
◇
「……あ」
満足して眺めていた私は、大事なことに気づいた。
「私、どうやって入るの?」
完全に囲ってしまった。
「…………」
柵を見る。
畑を見る。
もう一度、柵を見る。
「馬鹿じゃん」
水をやる時は?
草を取る時は?
中に入らないといけない。
私は頭を抱えた。
「なんで作ってる途中で気づかなかったの……」
結局。
一ヶ所だけ紐をほどいた。
横向きの葦を外す。
「ここを出入り口にすればいいか」
水やりの時だけ外す。
終わったら戻して縛る。
ものすごく面倒だ。
「扉……」
あれば便利なんだろうな。
でも、今の私にはちゃんとした蝶番なんて作れない。
「これでいい」
完璧じゃない。
使えればいい。
私は外した葦をもう一度軽く固定した。
◇
夜。
焚き火の前に座りながら、畑を見る。
暗くなると柵の形はほとんど見えない。
「来るかな」
角ウサギ。
もし来たら。
柵を飛び越えるかもしれない。
地面を掘って入るかもしれない。
そもそも簡単に壊されるかもしれない。
「……考えたらきりないな」
枝を一本、焚き火へ入れる。
火の粉が小さく舞った。
それでも。
何もしないよりはいい。
私は草の寝床へ横になる。
「明日、無事でいてよ」
そう呟いて目を閉じた。
◇
翌朝。
私は目を覚ますと、ほとんど飛び起きるように畑へ向かった。
「……!」
柵。
立っている。
昨日作った形のままだ。
急いで近づく。
「芋は?」
芽を見る。
ある。
「よかった……」
思わず息を吐く。
柵の外側を確認する。
「あ」
足跡。
小さな跡が二つ、三つ。
畑の周囲に残っていた。
「来てたんだ」
角ウサギかどうかは断言できない。
でも大きさは似ている。
足跡は柵の近くまで来て。
そのまま別の方向へ続いていた。
「……守れた?」
私は畑を見る。
小さな芽。
昨日と変わらずそこにある。
胸の奥がじんわりと温かくなった。
「守れたんだ」
まだ一晩だけ。
この柵がずっと役に立つとは限らない。
それでも。
自分で植えたものを。
自分で作ったもので守ることができた。
「なんか……」
私は一歩下がって畑を見る。
石で囲った小さな土地。
六つの芋。
一本の芽。
そして、枝と葦で作った不格好な柵。
「ちゃんと畑になってきた」
荒野の中。
そこだけが。
少しずつ。
私の暮らす場所になっていた。




