洗礼
やりますねーってなんなの?
エーテルの冒険者ギルドは、最初に訪れた宿場町リリウムのものとは規模が違った。
体育館ほどある広大なホールには、百人以上の冒険者がひしめき合い、安いエール(麦酒)と焼いた肉の匂いが充満している。
(うわぁ、テンプレ通りのむさい空間だな……)
『ちょっと、ローブの隙間から匂いを入れないでよ! 魔剣の鼻が曲がるわ!』
(お前に鼻なんてないだろ)
俺はアイリスの文句をスルーしながら、情報収集のために酒場のカウンターへと向かった。
人間の食事を摂る気はないが(というかローブの隙間からスライムの体で肉を消化する姿は見せられない)、バーテンダーはどこでも一番の情報屋だ。
「……マスター。エールを一つ。それと、聞きたいことがある」
カウンターに銅貨を滑らせると、筋骨隆々のマスターがグラスを差し出してきた。
「見ない顔だな。新顔か? 何が聞きたい」
「……この迷宮で、『青く光る奇妙な破片』や『絶対に壊れない鉱石』の噂を聞いたことはないか?」
俺が尋ねたその時だった。
「おいおい、新入りがずいぶんとデカい態度じゃねえか」
背後から、わざとらしいほどの嫌悪感を込めた声が響いた。
振り返ると、傷だらけの革鎧を着た、身長2メートルはあろうかという大男が、取り巻きを連れてニヤニヤとこちらを見下ろしていた。
スライム・ディフェンス
「ここはCランク以上のベテランの席だぜ、ヒョロガリの魔術師さんよぉ。どいて――」
大男が威圧するように、俺の肩(に該当するローブのあたり)を乱暴に掴んできた。
普通の人間なら、そのまま床に引き倒されているところだろう。
だが、俺の中身は「ぷよぷよのゼリー」である。
「……あ?」
大男の顔が間抜けに歪む。
それもそのはず、俺の肩を掴んだはずの彼の手は、スライムの柔軟性によって「ぐにゅん」とローブごと沈み込み、完全に空振りのような状態になったのだ。
俺はすかさず、肩の部分だけを【硬質化】+【氷結】させた。
「痛てぇぇぇッ!?」
大男は慌てて手を離した。彼の手のひらは、まるで絶対零度の鉄球を殴ったかのように赤く腫れ上がり、薄っすらと霜が降りている。
「……触るな。俺は極度の冷え性でね」
低い声でハッタリをかますと、酒場の喧騒がピタリと止んだ。
誰も俺が魔法を詠唱した気配を感じ取れなかったからだ。(魔法じゃなくて、ただの体質変化だし)
マスターが苦笑いしながら口を開く。
「……おいおいガストン、ちょっかい出す相手は選べよ。お客さん、あんたなかなかやるな」
広く光るシャンデリア。
「青く光る破片なら、心当たりがあるぜ」
騒ぎが収まった後、マスターは声を潜めて教えてくれた。
迷宮の第10階層。そこは美しいクリスタルが群生するエリアだが、最近になって強力な「主」が住み着き、誰も近づけなくなっているという。
「そのボスのねぐらの奥に、どれだけ叩いても傷一つ付かない『蒼い結晶』があるって噂だ。だがやめとけ、そいつはBランクパーティーでも全滅しかけたヤバい魔物だ」
「……貴重な情報を感謝する」
俺はエールに口をつけるフリをしてグラスを置き(スライムの体内に直接吸収すれば飲めるが、見られるとマズい)、ギルドを後にした。
(ビンゴだな、アイリス)
『ええ! 間違いないわ、私の破片よ。それにしても、あの「冷え性」って言い訳、ダサすぎない?』
(うるさい。機転が利くと言え)
いざ、地下迷宮へ。未知に乾杯っ。
街の中央にぽっかりと開いた大穴。螺旋状に続く長い階段を下りると、そこは太陽の光が届かない、魔力と危険に満ちた別世界だった。
「よし、誰の目もないな」
第1階層の入り口の死角に入った瞬間、俺はローブと仮面を器用に脱ぎ捨て、本来のスライム形態(スライム・イン・魔剣)へと戻った。
やはり、この「でろーん」とした状態が一番落ち着く。
『さあ、行くわよナルセ! 私の破片を取り戻して、あのストーカー錬金術師を泣かしてやるんだから!』
「(おう! 異世界ダンジョンアタック、いっちょ気合入れていくか!)」
俺たちは湿った迷宮の石畳を、ズルズル、ぷるぷると這い進み始めた。
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