激闘!システム管理者 vs 読者(新人)の(温泉)
新人。ありがとう。
空間の崩壊は、ついに旅館の通信システムにまで深刻なエラーを引き起こし始めていた。
帳場の魔力モニターを叩きながら、アイリスが声を荒らげる。
「ちょっと新人! 聞こえる!? 次元バグのせいで、複雑な記号や特殊文字がシステムから弾かれるようになっちゃったわ! さっき指示した絵文字のタイムカードも使用不可よ。これからは環境依存文字は一切禁止。出勤証明はただの文字で『(温泉)』と書きなさい!」
アイリスの怒声がノイズに飲まれて途切れると同時に、視界がぐにゃりと反転した。
一方その頃。
俺は、上下左右の感覚すらない、真っ白な無の空間をぽよぽよと漂っていた。
(……ここはどこだ? 確かついさっきまで、俺は自分の部屋で昼寝の準備を……)
記憶を辿る。布団に入ろうとした瞬間、足元の床がふっと消滅し、そのままこの謎の空間に落ちてきたのだ。
ポエムのような置き手紙なんて書いた覚えはない。つまり、誰かが俺を誘拐し、あの手紙を偽造したということになる。
「やあ、ようやくお目覚めかい、イレギュラーな軟体生物くん」
真っ白な空間に、冷たい声が響いた。
振り返ると、そこには黒いスーツを着た、顔のないのっぺらぼうの男が立っていた。男の周囲には、無数の「0」と「1」の数字がマトリックスの滝のように流れている。
「あんた、誰だ? ここは次元税関の隔離部屋か?」
「税関? あんな下請けの連中と一緒にしないでくれたまえ。私はこの宇宙……いや、この物語の構造そのものを管理する『システム管理者』だよ」
のっぺらぼうの男は、空中に半透明のキーボードを呼び出し、カタカタと無機質な音を立てて打ち込み始めた。
「君たちの存在は、この世界観においてあまりにもエラーが多すぎる。ファンタジー世界にSF要素を持ち込み、神々を堕落させ、あろうことか冥界や天界のシステムまで破壊した。これ以上の設定崩壊を防ぐため、一番のバグの元凶である君を『削除』しに来たというわけさ」
男の指がエンターキーを叩き込もうとする。
(なるほど。さっきから旅館の空間が崩壊してるのは、こいつが宿ごとデータを消去しようとしてるからか!)
俺は自身のギャラクシーボディを限界まで圧縮し、男の顔面に向けて猛スピードで飛びかかった。
「悪いが、俺はまだ消されるわけにはいかないんだ! うちの従業員たちは、俺がいないとすぐに暴走して宇宙を滅ぼしかねないからな!」
「無駄だ。物理攻撃も魔法攻撃も、管理者権限の前では……なにっ!?」
俺の体は男をすり抜けることなく、その顔面にピチャリと張り付いた。
宇宙源泉の星屑魔力と、スライムの圧倒的な弾力。それが、デジタルな存在である管理者のアバターに、直接的な「癒やし」という名の強烈なバグを流し込んだのだ。
「あ、あぁ……!? なんだこの、処理能力が強制的にスリープモードに移行していくような感覚は……! タスクキル……タスクキルを実行しなければ……しかし、この肩こりがほぐれるような快感は……!」
管理者の周囲を流れていた数字の滝が、徐々にピンク色の温かいお湯へと変換されていく。
(よし、Aルートのボイラー室からシルフィエットが送ってくれている熱と、Bルートの貯蔵庫から魔王が送ってくれている暗黒魔力が、次元の壁を越えて俺の体に流れ込んできてる!)
どうやら、アイリスにこき使われている新人(読者)たちの懸命な捜索活動が、システム管理者の強固なファイアウォールに穴を開けてくれたらしい。
「新人! アイリス! みんな聞こえるか! 俺はここだ! このまま管理者ごと、空間のバグをお湯で洗い流してやる!」
俺は全身全霊の力を込め、無の空間を極上のスライム温泉郷へと上書きしていく。定時退社を懸けた、そして物語の強制終了を防ぐ最後の大立ち回りが、今、最高の温度で沸き立とうとしていた。
緊急シフト追加および、タイムカード打刻ルールの変更について
ちょっと新人! 聞いてる!? 空間の崩壊が通信システムにまで影響して、変な記号や絵文字(環境依存文字)が一切使えなくなったわ!
さっきのシフトでボイラー室か貯蔵庫のどちらかに向かわせたけど、どうやらあのバカスライムは「無の空間」とやらに閉じ込められて、システム管理者とやらと直接対決(?)しているみたいね。
いいこと? あなたの今の任務は、シルフィエットの熱か魔王の暗黒魔力を、次元の壁越しにオーナーへ送り続けることよ!
そして重要な変更事項。感想欄(業務報告)へのタイムカード打刻は、文字化けを防ぐために絵文字を禁止とするわ。代わりにテキストで「(温泉)」と書きなさい。
さあ、急いで! この宿のデータが消去されたら、あなたの無銭宿泊のツケも永遠に払えなくなるんだからね!




