さぼりに ばっ を
空間崩壊の危機を脱し、無事に通常営業へと戻ったスライム温泉郷。しかし、新たな常連客がもたらした「仕様」は、宿の構造に予想外の変化をもたらしつつあった。
システム管理者を強引にお湯でふやかして次元のバグを修正してから数日。
俺は、
ピカピカに磨かれたロビーの床を這いながら、
頭を抱えていた。
いや、スライムだから頭はないのだが、
ゼリー状の体が小刻みに震えるほどには頭を痛めていた。
「おい、アイリス。
この廊下の突き当たりにある『四次元ポリゴン風呂』ってなんだ?
うちの旅館は純和風のヒノキ造りがウリだったはずだろ」
帳場で売上帳を叩いていた若女将のアイリス(アバター姿)が、
扇子をパチンと鳴らして振り返る。
「仕方ないじゃない。
あのシステム管理者からの直通ゲートが繋がったせいで、あの空間だけテクスチャがうまく貼れてないのよ。
でも『非日常感がエモい』って、サイバーパンク次元の客には大好評よ。特別料金で案内してるわ」
商魂たくましい魔剣である。
ちなみに彼女は【双極の星剣】という伝説の武器だが、
誰かに装備されるような安い女ではない。
自らの意思でアバターを形成し、
帳簿を握りしめて宿の経営を牛耳る独立した女将だ。
「……あののっぺらぼうの管理者、また来てるのか?」
「ええ、大浴場で死神さんと一緒にフルーツ牛乳飲んでるわよ」
俺はため息(空気の泡)を吐き出し、大浴場へと向かった。
暖簾をくぐると、そこには頭にタオルを乗せたシステム管理者が、死神と並んで完全にくつろいでいた。
のっぺらぼうの顔には、謎の『ほっこりした表情』を表すアスキーアートのようなものが浮かんでいる。
「やあ、オーナー。今日も素晴らしいお湯だ。私のタスク処理能力が、良い意味で完全に低下しているのを感じるよ」
「あんたがサボるから、
旅館のあちこちでテクスチャのバグが起きてるんだが。
だいたい、宇宙のシステムを管理するトップが毎日通ってていいのか?」
管理者はフルーツ牛乳をストローで啜りながら、肩をすくめた。
「構わないさ。そもそも、私の直属の上司である『メインフレーム』は、数億年単位でスリープ状態だからね。私が少し有給を取ったところでバレやしない」
(……フラグにしか聞こえないんだが)
その時、大浴場の外から凄まじい地響きが鳴り響いた。
「オーナァァァッ!! 大変ッス!!」
脱衣所の扉を吹き飛ばす勢いで飛び込んできたのは、
勇者アーサーだ。
彼の腰には、彼自身が異世界で引き抜いた専用の聖剣がしっかりと帯刀されている。
うちのアイリスとは一切関係のない、純粋な彼の相棒だ。
似てるけど。たまに呼び間違えたりしてるけど。
「どうしたアーサー! また宇宙海賊か?」
「いえ! 裏山の薪割り場に、見たこともない鋼鉄のゴーレム……というか、巨大な『ウイルス駆除プログラム』みたいな奴らが空から降ってきて、山を消去し始めてるッス!」
管理者が持っていたフルーツ牛乳の瓶が、カランと床に落ちた。
「……まさか。私がログイン状態のまま温泉に入り浸っているせいで、メインフレームの『自動セキュリティソフト』が作動したのか……!?」
「だから言っただろ! お前ら神様クラスがサボると、絶対デカいツケが回ってくるんだよ!!」
俺は温泉の熱で伸びきった体を慌てて縮め、
アーサーの肩に乗って裏山へと急行した。
まだ休んだばかりだというのに、俺の定時退社は今日も絶望的ならしい。
【業務連絡】
新人従業員の皆様、お疲れ様です。オーナーです。
バグ部屋の清掃は、必ず「ポリゴン用モップ」を使用してください。普通の雑巾だと次元の隙間に吸い込まれます。




