〇〇〇〇・〇〇〇ー〇・ラ〇ュタ
ハっはっハっはっは
どこへ行こうというのかね
元の次元への帰還ルートである、七色の光が渦巻く次元のトンネル。ワールド・タートルは、その極彩色の空間を、まるで水たまりを泳ぐようにゆったりと進んでいた。
俺は、現代日本での強烈なノスタルジーと一仕事終えた達成感から、縁側で完全に液状化してへばりついていた。
(……はぁ。色々あったけど、たまには里帰りも悪くないな。次こそは元の渓谷で、セミの声でも聞きながら……)
「ビーッ! ビーッ! ビーッ!!」
突如、次元のトンネル内にけたたましい警告音が鳴り響いた。
同時に、進行方向の空間がガラスのようにパリンと割れ、そこから巨大な「検問所」のような鋼鉄の要塞が姿を現した。要塞からは極太のトラクタービームが照射され、カメの巨体を強制的に停止させる。
『な、なによアレ! 急ブレーキ踏むんじゃないわよ、お湯がこぼれるでしょ!』
アイリス(アバター姿)が帳場から飛び出してきて、扇子を振り回す。
要塞のスピーカーから、無機質で響く声が空間全体を震わせた。
『警告。貴機は次元間航行法第802条、および多次元検疫法に違反しています。直ちに機関を停止し、次元税関の立ち入り検査を受けなさい』
「税関……? 次元に税関なんてあるのかよ」
俺が呆然としていると、要塞から伸びた光のブリッジを通って、ゾロゾロと奇妙な集団が乗り込んできた。
灰色のスーツをビシッと着こなした、顔のパーツが「巨大な一つ目」だけの宇宙人(次元人?)たちだ。手には分厚いバインダーと、物々しいスキャナーを持っている。
先頭に立つ、ひと際大きな一つ目の監査官が、単眼鏡をクイッと押し上げながらスキャナーを旅館に向けた。
「ふむ……未登録のワールド・タートルの無断運用。天界の天使と冥界の死神の無許可越境。さらに、厨房からは次元崩壊レベルの暗黒魔力が検出……。これは悪質な密輸船ですね。宿の全資産を没収し、次元刑務所へ移送します」
「なにおぅ!? 我の神聖なる厨房を密輸船扱いだと!? 貴様ら、暗黒の炎で消し炭に……」
魔王がブチギレてお玉を構えようとしたが、一つ目の監査官がスキャナーのボタンを押すと、魔王の体がピタッと透明な四角いバリアに閉じ込められてしまった。
「次元固定魔法陣です。無駄な抵抗はやめなさい」
「おのれェ! 我の力が……!」
魔王がバリアの中でジタバタする。どうやら次元税関の連中は、あらゆる世界の魔法や物理法則を無効化するチート能力を持っているらしい。
『ぼ、没収ですって!? 冗談じゃないわ、この宿は私の全財産……いや、血と汗と涙の結晶なのよ! 罰金なら払うわ! いくら!?』
アイリスが青ざめながら財布(冥界の札束入り)を取り出す。
監査官は冷ややかにバインダーのページをめくった。
「そうですね……密輸と不法侵入の罰金、合計で『800京次元クレジット』になります」
『はっぴゃくけい!?』
アイリスが白目を剥いてその場に倒れ込んだ。さすがの守銭奴魔剣も、国家予算どころか星の寿命すら買えそうな額には耐えられなかったようだ。
(ヤバい。物理も魔法も金も通用しない相手だ。このままじゃ宿ごと次元の狭間に差し押さえられちまる)
俺はポヨンと跳ね上がり、監査官の足元に転がった。
「あのさ、監査官さん。あんたたち、次元の狭間でずっとこんな取り締まりをしてるのか?」
「いかにも。次元の秩序を守るため、我々『一つ目族』は有給も睡眠もとらず、24時間365日、この無の空間で労働しています。それが何か?」
(……また出たよ。宇宙の真理はブラック労働に行き着くのかよ)
「一つ目ってことは、当然、目が疲れるよな? スキャナーの光を一日中見つめて、書類の文字を追いかけて。……眼精疲労、相当キツいんじゃないか?」
監査官の一つ目が、ピクリと動いた。
「……なにを根拠に。我々の目は次元の歪みすら見抜く……」
「充血してるぜ。目薬じゃどうにもならないくらい、奥の筋肉が悲鳴を上げてる」
俺はギャラクシーボディを、ほんのりと温かい【ホット・アイマスク・スライム】へと変形させ、監査官の巨大な一つ目にぽすんと張り付いた。
「な、何をする! 軟体生物、離れ……あっ」
俺の体内に取り込まれていた宇宙源泉の熱と、星屑の微細な魔力が、監査官の巨大な網膜から視神経の奥深くまで、じんわりと浸透していく。
次元の歪みを見続けることで蓄積された、途方もない眼精疲労。それを、俺のスライムの弾力で優しくマッサージし、源泉の成分で浄化していく。
「あぁぁぁ……。目が……目がァァァ……! 違う、バルス的な意味ではなく……ただただ、温かくて気持ちいいぃぃぃ……」
監査官はバインダーを取り落とし、両手で俺をそっと押さえながら、その場に仰向けに倒れ込んだ。
「これだ……。私が数万年、次元の狭間で求めていたものは、昇進でも秩序でもなく……極上のホットアイマスクだったのだ……」
他の部下たちも、「主任! 大丈夫ですか!?」と駆け寄ろうとしたが、俺が分裂して彼らの目にも次々と張り付いていくと、全員が「あぁぁぁ……」と声を漏らして床に転がっていった。
数十分後。
すっかり目がパッチリ(?)して、白目の充血も完全に消え去った監査官たちは、作務衣を着て食堂で魔王の作った『目玉が飛び出るほど美味いブルーベリー・タルト』を頬張っていた。
「……素晴らしい。次元の秩序よりも、この眼精疲労回復効果の方が宇宙には必要です」
監査官は、バインダーの『密輸船没収』の書類をビリビリに破り捨て、代わりに黄金に輝くステッカーをワールド・タートルの甲羅の入り口にペタリと貼り付けた。
「これは『次元税関・顔パス証明書』です。今後、貴宿はあらゆる次元をフリーパスで航行できます。……その代わり、我々も非番の日に通わせていただきますがね」
『まいどありー! 税関の経費で落とせる領収書、切っておくわね!』
復活したアイリスが、ノータイムで満面の笑みを浮かべる。
「フハハ! どんな次元のバリアだろうと、我のスイーツの前では無力よ!」
「俺も、肩こり解消の薪割りエクササイズを税関の皆さんに教えときます!」
騒ぎはあっという間に収束し、ワールド・タートルはついにファンタジー世界の故郷の渓谷へと向けて、最後の次元跳躍を開始した。
俺はピカピカに磨かれた縁側に寝転がり、眼下に見えてきた緑豊かな山々を見つめた。
どこに行こうが、誰が来ようが、俺たちのやることは変わらない。
疲れ切ったやつをお湯とスライムでふやかし、また笑顔で帰してやるだけだ。
「よし、地上に着いたら、今度こそ俺は三日三晩、温泉の底で冬眠してやる……」
俺の決意表明は、「オーナー! 次の次元から、団体客一万人の予約が入りましたわ!」というステラ姫の元気な報告によって、無残にもかき消された。
騒がしくて、カオスで、最高に温かいスライム温泉郷の物語は、次元の壁を越えてこれからも無限に続いていく。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
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