鶴の恩返B
クレカ?ねえよ?
田中部長は、光の階段を半ば強制的に登らされていた。
「ひぃぃっ! な、なんだお前ら! 誘拐か!? 警察を呼ぶぞ!」
叫ぶ部長だったが、屈強な勇者と魔王のホールドからは逃れられるはずもない。
旅館のエントランスに到着すると、帳場に立つ美少女アバターのアイリスが、ニッコリと微笑んだ。
『いらっしゃいませ。当館の最高級「社畜デトックス・コース」ですね。お支払いは……そうね、あなたの持っているその四角いカード(法人用クレジットカード)の限度額いっぱいということで手を打ちましょう』
「ふざけるな! それは接待交際費で……ああっ!」
田中部長の抗議は、魔王が強引に飲ませた「魔界特製・疲労回復ドリンク(激ニガ)」によってかき消された。そのまま服をひん剥かれ(宇宙海賊たちによって一瞬で)、星屑が浮かぶ露天風呂「銀河の湯」へと放り込まれる。
「熱っ……いや、熱くない……なんだこれ……」
大阪のビルの夜景と、ネオンの光を見下ろしながら、宇宙源泉に浸かる田中部長。30年間のブラック企業での激務、上層部からのプレッシャー、そして部下(かつての俺)に押し付けていた理不尽なノルマ。そのすべてのストレスと疲労が、文字通りドロドロの黒いモヤとなって毛穴から抜け出していく。
ふと隣を見ると、死神と大天使が並んでお湯に浸かっていた。
「お疲れですね、人間の方。私も最近までブラックな働き方でしたから、痛いほどわかりますよ」
「天界もプレミアムフライデーを導入してから、ずいぶん楽になりましたわ。あなたも無理はいけませんよ」
神話の存在たちから謎の同情と励ましを受け、田中部長の顔がみるみるうちに呆然としたものに変わっていく。俺は湯船の縁からポチャリとお湯に入り、部長の肩に乗って絶妙な弾力でマッサージを始めた。
「……成瀬、なのか? 本当に……お前、あんなに毎日怒鳴られて、深夜まで残業して……それなのに、こんなすごい温泉のオーナーになってたのかよ……」
田中部長の目から、大粒の涙が溢れ出した。
湯船に落ちた涙は、宇宙源泉の光に溶けてキラキラと消えていく。
「部長。仕事は大切ですけど、命や心を削ってまでやるもんじゃないですよ。……まあ、俺も今の職場で全然定時退社できてないんですけどね」
風呂上がり、仙人の淹れた星巡りの茶を飲み、完全に毒気が抜けた田中部長は、憑き物が落ちたようなスッキリとした顔になっていた。
「……俺、月曜日に会社に辞表を出すよ。実家に帰って、親父の畑でも手伝おうかな……」
すっかり丸くなった元上司を、俺たちは光の階段で再びコンクリートの地上へと送り届けた。
『さあ、元の次元に戻るわよ! カメさん、発進!』
アイリスの号令とともに、ワールド・タートルはゆっくりと空へ昇り、次元の裂け目へと再び飛び込んでいく。下を見下ろすと、田中部長がネクタイを外し、晴れやかな笑顔でこちらに向かって大きく手を振っていた。
(……まあ、少しは恩返しができたかな)
俺はピカピカの縁側で体をでろーんと伸ばしながら、小さく笑った。どんなブラック企業の社畜でも、どんな次元の存在でも、俺たちのお湯に浸かればみんな等しく「ただの癒やされた客」になる。
少女書きたい。描きたい




