死整課
社会。
死神が有給を満喫し始め、宇宙から一時的に「死」という概念が消え去ったスライム温泉郷。
若女将アイリスの目論見通り、免責事項なしの超・危険アトラクションは瞬く間に全宇宙で話題沸騰となった。事象の地平線ギリギリまで落ちる【ブラックホール・バンジージャンプ】や、恒星の終焉の熱を直接浴びる【超新星爆発・ロウリュ】など、普段なら確実に命を落とす狂気のアトラクションが大盛況。
死なないことをいいことに、全次元の命知らずな冒険者やエクストリーム・スポーツの愛好家たちが連日押し寄せ、宿の売上は天文学的な数字を叩き出していた。
「ヒャッハー! ブラックホール最高ォォォッ!」
「ああっ、体が素粒子レベルに分解されるゥゥゥ……けど死ななァァァい!」
絶叫と歓声が響き渡る中、俺はバンジージャンプの命綱として極限まで体を伸ばされながら、遠い目をしていた。
(……誰も死なないのはいいが、俺の過労死ラインはとっくに超えてるんだぞ)
しかし、そんなチート状態が長く続くわけもなかった。
数日後、大浴場のど真ん中のお湯が突如として赤黒く煮え滾り、底なしの泥沼のように渦を巻き始めたのだ。
「ええい! 死神のヤツめ、どこで油を売っておる!! ここ数日、冥界への魂の納品数がゼロではないか!!」
ボコォォォンッ! と凄まじい水柱とともに現れたのは、巨大な牛の角を生やし、筋骨隆々の赤い肌をした恐ろしい巨漢だった。手には地獄の業火を纏った巨大な金棒を握りしめている。
現れたのは、冥界の最高責任者にして全次元の死を統括する、宇宙スケールの『閻魔大王』だった。
「ひぃぃっ! 社長が直々に来ちまったァ!」
茶室でふやけていた死神が、ガタガタと骨を鳴らして湯呑みの陰に隠れる。
「どこだ死神! 貴様がサボっているせいで、冥界のバランスが崩壊しかけているのだぞ! 輪廻転生のシステムがストップして、天界からも苦情の嵐だ!」
閻魔大王が金棒を振り回し、温泉の湯気が一気に吹き飛ぶ。
「あ、お客様! 大浴場での金棒の素振りは固く禁じております!」
ステラ姫が注意するが、閻魔の耳には入らない。
「ええい、うるさい! 貴様らのようなヘンテコな温泉宿が、我が冥界の優秀な社員をたぶらかしたのだな! この宿ごと地獄の業火で……」
閻魔が激怒して息を吸い込んだ、その瞬間。
「フハハハ! 冥界の王だと? 面白い、ならば我が魔界の王の激辛地獄とどちらが上か、勝負しようではないか!」
魔王が厨房から特大の『魔界ハバネロ地獄鍋』を持って飛び出してきた。
「お待ちください! 閻魔様のお怒り、俺の聖剣による【究極の肩もみ斬り】で鎮めてみせます!」
勇者アーサーが、光の速さで閻魔の背後に回り込む。
「な、なんだ貴様らは!? 離せ! 余は忙しいのだ!」
俺はぽよんと跳ね上がり、大パニックを起こしている閻魔大王の目の前に着地した。
「まあまあ、社長さん。あんた、部下が一人サボったくらいで現場に出向かなくちゃいけないなんて、相当お疲れのようだな。眉間のシワ、宇宙の断層みたいに深くなってるぜ」
「うぐっ……! そ、それは……最近、宇宙戦争や異常気象が多くて、冥界も慢性的な人手不足でな……。余自ら書類の山を片付けて、三徹明けなのだ……」
閻魔大王は図星を突かれ、少しだけ金棒を下ろした。
「なら、ちょうどいい。うちの『期間限定・超エクストリームコース』で、その限界まで溜まったストレスを発散していかないか?」
俺はニヤリと笑い、背後のブラックホール・バンジーの飛び降り台を指差した。
「死神さんがサボってる今だけ、絶対に死なない究極のストレス発散法だ。トップのあんたが一番、こういう無茶な遊びを必要としてるんじゃないか?」
「死なないバンジーだと……? ふん、地獄の釜の底まで見慣れた余が、そんな小手先の恐怖で……」
「よし、ご案内だァ!」
魔王とアーサーが有無を言わさず閻魔を担ぎ上げ、バンジーの飛び降り台へと連行した。
俺は急いで命綱のゴムへと変形し、閻魔の腰にしっかりと巻き付く。
「ま、待て! 余はまだ心の準備が……ギャアアアアアアアッ!!」
魔王に背中を蹴り飛ばされた閻魔大王は、ブラックホールの深淵に向かって真っ逆さまに落下していった。
事象の地平線を越え、あらゆる物質が引き裂かれる極限の重力場。普段なら魂すらも消滅するその場所で、俺のスライムゴムがビヨォォォン! と限界まで伸びきり、圧倒的な反発力で閻魔を引き戻す。
ドスゥゥゥンッ!
飛び降り台に戻ってきた閻魔大王は、仰向けのまま大の字に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
「……やりすぎたかしら? いくら死なないとはいえ、ショックで魂が抜けたんじゃ……」
アイリスが扇子で顔を仰ぎながら覗き込む。
だが、数秒後。
「……ガハハハハ!! なんだこれは!! なんだこの圧倒的なスリルと解放感は!! 冥界の針の山など、ただの足ツボマッサージに思えるほどの刺激ではないか!!」
閻魔大王はガバッと起き上がり、顔をクシャクシャにして大爆笑し始めた。三徹の疲労も、中間管理職(?)のストレスも、ブラックホールの重力にすべて吸い取られて消え去っていた。
「おい、スライム! これをもう一回頼む! いや、十回だ!!」
「おう、好きなだけ飛んでくれ。ただし、別料金(冥界の特別予算)でな」
その後、閻魔大王は半日かけて超新星爆発ロウリュや、巨大スペース・イノシシとの素手での殴り合い(アーサー監修)など、死なないことをフル活用したエクストリーム・リラクゼーションを大満喫した。
夕暮れ時(宇宙に夕暮れがあるかは謎だが)。
すっかり憑き物が落ちたようなスッキリとした顔の閻魔大王は、死神と並んで「銀河の湯」に肩まで浸かっていた。
「……死神よ。お前がここから帰りたくなくなる気持ち、少しだけ分かったぞ」
「社長……。わかってくれますか、このお湯の尊さが……」
「うむ。よって、冥界も今日から『週休三日制』および『完全リモートワーク』を導入する! そして休みの日は、このスライム温泉郷を冥界の指定保養所として団体契約することに決定した!!」
『まいどありー!!』
アイリスの声が、風呂場に嬉しそうに響き渡る。
俺は湯船に浮かんだ葉っぱの上にペタリと張り付きながら、夜空の星を見上げた。
(冥界からの団体客……。また一つ、俺の仕事が確実に増えたな)くしょが。
上司。逆らえないもの。




