ストーリー軸
きつい
懐かしのファンタジー世界の山奥(ワールド・タートルの背中の上)で営業を再開したスライム温泉郷。
地上に帰還したことで、かつての常連だったエルフやドワーフ、地元の冒険者たちも再び足を運ぶようになり、宿はファンタジーとSFがごった煮になった究極のカオス空間と化していた。
「おーい魔王! こちらのテーブルに『宇宙クラーケンのゲソ焼き』と『オーク肉の串焼き』のハーフ&ハーフを頼む!」
「フハハ! 待っておれドワーフの親方よ! 今、暗黒の炎で絶妙な焦げ目をつけてやるところだ!」
食堂では、地元のドワーフたちと、元・宇宙海賊のサイボーグたちが肩を組んでエールを飲み交わしている。
外を見れば、勇者アーサーが薪を割り、その横でUFOのエンジン調整を宇宙人が行っている。
俺は、帳場で『異世界通貨』と『宇宙クレジット』の両方に対応した最新型レジ(アイリスの特注品)の横で、でろーんと溶けていた。
(……まあ、世界観は完全に崩壊してるけど、みんな楽しそうだし売上も絶好調だからいっか)
そんな風に俺が現実逃避の昼寝に突入しようとした、その時だった。
上空のアストラル・ゲートとは違う、『いかにもファンタジー世界らしい神々しい光の柱』が、旅館の中庭にズドォォォォン! と降り注いだ。
天使のラッパの音が鳴り響き(食堂の宇宙海賊のEDMにかき消され気味だったが)、光の中から一人の美しい女性が舞い降りた。
純白のドレスに、背中には輝く光の羽。手には神聖な杖を持ち、その顔は……なぜか、ものすごく引きつっていた。
「……あ、あの。そこのスライムさん。ちょっといいですか?」
女神が、引きつった笑顔のまま俺を指差した。
「あんた、確か……俺(田中部長の部下の成瀬)を、この異世界にスライムとして転生させた『始まりの女神』様じゃないか?」
「そうです! この剣と魔法の王道ファンタジー世界【アルカディア】を管理する、主神のルミナです!」
女神ルミナは、杖を地面にドンッと突き立て、ついに溜め込んでいた感情を爆発させた。
「な ん で す か こ れ は ァ ァ ァ ッ !!」
女神の悲痛な叫びが、温泉郷に響き渡った。
ジャンル警察(主神)の苦悩
「私が! どれだけ苦労して! この世界を『王道ファンタジー』として設定したと思ってるんですか!」
ルミナは涙目で俺たち(と集まってきた従業員たち)を指差した。
「そこの勇者! なぜあなたが聖剣で薪を割ってるんですか! 魔王を倒して世界を救うのがあなたの使命でしょう!?」
「いや、世界はもう俺たちの温泉で平和になっちゃったんで。今は薪割りを通して『精神の修養』をしてるッス」
アーサーが爽やかな笑顔で親指を立てる。
「そこの魔王! エプロン似合ってますねじゃなくて! あなたは絶対悪として世界を恐怖に陥れる存在のはずでしょう! なぜ宇宙人とハグしてるんですか!」
「フハハ! 女神よ、貴様も古いな! 今の時代、世界を征服するより、全次元の客の胃袋を征服する方がよっぽど覇道なのだ!」
魔王がフライパンを掲げてドヤ顔をする。
「そしてあなた!! スライム!!」
女神ルミナが、俺の目の前までツカツカと歩み寄ってきた。
「私はあなたを『勇者が最初に倒すチュートリアル用の最弱モンスター』として転生させたんですよ!? なんで宇宙の星雲柄に光ってるんですか! なんで巨大亀の背中で多元宇宙五つ星リゾートのオーナーになってるんですか! 私の世界観が完全に崩壊してるじゃないですかァァァ!」
どうやら、彼女は「自分が担当するファンタジー世界が、勝手にSFギャグ時空に書き換えられたこと」を上層部の神々に怒られ、胃に穴を開けながらクレームを言いに来たらしい。
(前世で、現場の勝手な仕様変更にキレるプロデューサーを何度も見たな……)と、俺は妙な親近感を覚えた。
『ちょっと。うちの宿の経営方針にケチをつける気?』
帳場から、アイリス(アバター姿)が冷ややかな視線を向けて現れた。
「あ、あなたは伝説の魔剣……! なぜ美少女のアバターになって帳簿をつけているんですか! 剣は喋らずに勇者に装備されなさい!」
『うるさいわね。私は今、全宇宙で一番稼ぐ女将なのよ。あんたみたいな型落ちのファンタジー女神に指図される筋合いはないわ!』
「か、型落ち……ッ!?」
ルミナはショックでふらつき、その場にペタンとへたり込んでしまった。
「うぅ……もう嫌だ……。毎日毎日、チート転生者のクレーム処理をして、魔王と勇者のバランス調整をして……挙句の果てに宇宙からダンジョンコアやら大統領やらが押し寄せてきて……私のライフはもうゼロです……」
ポロポロと泣き始めた女神を見て、従業員たちは顔を見合わせた。
何がって?
体力ないんだよ運動だよ




