表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/50

イカ

イカ以下

世界を背負う伝説の神獣『ワールド・タートル』を丸ごと露天風呂に改造し、星の海を優雅に遊覧する「動くインフィニティ・プール」の営業が始まってから数日。


うちの温泉宿は、文字通り次元の壁を越えて宇宙空間をゆったりと航行していた。

甲羅の上に増設されたヒノキ造りの露天風呂からは、息を呑むような星雲のグラデーションや、遠くで瞬く超新星爆発の光が特等席で見渡せる。客たちは無重力スライム特製ドリンクを片手に、完全に浮世離れした極楽を満喫していた。


ギャラクシースライムも、甲羅の端っこでゼリー状の体をでろーんと広げ、宇宙のマイナスイオンを全身で吸収しながら究極のサボり……もとい、監視業務を行っていた。


「フハハハ! 見よ勇者よ! あのペガスス座の輝きを! 我の暗黒魔力でさらに黒く塗りつぶしてやろうか!」

「やめろ魔王! お客様の景観を壊すな! ていうか、お前は厨房で星屑チャーハンの鍋を振る時間だろ!」


相変わらず魔王と勇者が騒がしくやり合っている。

そんな平和な宇宙遊覧の最中だった。


突如、カメの進む先にある空間が、インクを零したように真っ黒に染まり始めた。

星々の光が遮られ、巨大な影がワールド・タートルの行く手を塞ぐ。


『……な、なによあれ。太陽系くらい大きくない?』

帳場から飛び出してきたアイリス(アバター姿)が、扇子を取り落として空を仰いだ。


闇の中からうねうねと姿を現したのは、無数の吸盤を持った超巨大な触手だった。一つ一つの吸盤が、小さな隕石ほどのサイズがある。

それは、宇宙の船乗りたちから最も恐れられている伝説の星間魔獣、『ギャラクシー・クラーケン』だった。


「ギュオォォォォォォッ!!」


鼓膜ではなく脳を直接揺らすような咆哮とともに、巨大な触手がワールド・タートルの甲羅をぐるぐると締め付け始めた。


「な、なんだ!? 敵襲か!?」

「キャアアアッ! 揺れるわ!」


露天風呂に浸かっていた宇宙人や神様たちがパニックに陥る。


「フハハハハ! 飛んで火にいる夏のイカとはこのことよ! 今夜の夕食は『宇宙規模のイカリング』に決定だ!」

魔王が歓喜の声を上げ、巨大な出刃包丁を構えて飛び出していく。

勇者アーサーも「お客様の安全は俺が守る!」と聖剣を抜き放ち、臨戦態勢に入った。


だが、俺はギャラクシーボディの感覚器官で、クラーケンの触手から伝わってくる「ある異変」に気がついていた。


(……待て。こいつ、攻撃してきてるんじゃない。それに、この触手の表面……)


「ストーップ! 魔王、アーサー、武器を下ろせ!」


俺はぽよんと跳ね上がり、クラーケンの巨大な吸盤の前に立ちはだかった。


「よく見ろ。こいつの触手、カサカサに乾燥してひび割れてるぞ。たぶん、近くの恒星の太陽フレアをまともに食らって、深刻な『乾燥肌』に悩まされてるんだ」


俺の言葉に、クラーケンは図星を突かれたように「キュゥゥ……」と情けない鳴き声を漏らした。

どうやら、温泉の豊富な水気と星屑の魔力に引き寄せられて、保湿を求めてしがみついてきただけらしい。


『……乾燥肌? 宇宙最強の魔獣が?』

アイリスが呆れたようにため息をつく。


「冬場の乾燥は、種族を問わず大敵だからな。よし、従業員一同、特大の『保湿ケア』コースの準備だ!」


俺の号令で、血に飢えていた(?)スタッフたちは一瞬で「最高のおもてなしモード」へと切り替わった。


「チッ、イカリングはお預けか。ならば、我の特製『魔界深層水ローション』の出番だな!」

魔王が厨房から大量のドラム缶を運び出し、アーサーが聖剣の腹を使ってそれをクラーケンの巨大な触手に均等に塗り広げていく。


シルフィエットは風の魔法で蒸気を発生させ、天然のスチームサウナ状態を作り出し、乾燥しきったクラーケンの皮膚に水分を叩き込む。

そして俺は、自身の一部を細かく分裂させ、吸盤の隅々まで入り込んで古い角質を溶かす『スライム・ピーリング』を施した。


「ギョピィィィィィ……(しっとりするぅぅぅ)……」


数十分の集中ケアの結果。

ギャラクシー・クラーケンの触手は、カサカサのひび割れ状態から、赤ちゃんのようにぷるんぷるんで艶やかな、見事な「もっちり肌」へと生まれ変わった。


すっかり満足したクラーケンは、お礼として大量の「深宇宙の希少真珠」を甲羅の上にジャラジャラと吐き出すと、滑らかな動きで闇の中へと帰っていった。


『よ、よし! この真珠で、次はカメの頭の上に特別展望ラウンジを作るわよ!』

アイリスが目をドルマークにして真珠に飛びつく。


「フハハ! 結局イカは食えなかったが、まあ良い運動になったわ!」

「やっぱり保湿は大事ですね、オーナー」


アーサーが汗を拭いながら笑う。

俺は真珠の山を避けながら、ピカピカに潤った自分のスライムボディをブルブルと震わせた。

なるへそ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ