コロン
ぬるりるりるり
「全宇宙・絶対零度睡眠公社」のCEOを温冷交代浴で骨抜きにしてから数日。
スライム温泉郷には、またしても平穏な(宇宙規模のトラブルがないという意味での)日常が戻ってきていた。
「オーナー、305号室のお客様に魔力ポカリをお届けしてきますわ!」
元CEOのハイエルフ・シルフィエットが、メイド服風の作務衣を翻して小走りで廊下を駆けていく。
俺は、帳場でアイリス(アバター姿)と一緒に売上帳を眺めながら、ぽよんと頷いた。
(あいつもすっかり板についてきたな。元トップとは思えないフットワークの軽さだ)
しかし、数分後。
「……おかしいですわ。305号室に、辿り着けませんの」
シルフィエットが、息を切らして帳場に戻ってきた。
「辿り着けないって、どういうことだ? 305号室は階段を上がってすぐ右だろ?」
俺が首を傾げると、彼女は青ざめた顔で首を横に振った。
「それが……階段を上がると、なぜか『炎の振り子罠』が揺れる無限回廊になっておりまして。さらにその奥には、毒矢が飛び交う落とし穴が……」
「……は?」
俺とアイリスは顔を見合わせた。
『ちょっと、アーサー! 掃除サボって廊下に変なトラップ仕掛けたの!?』
アイリスが怒鳴ると、裏庭からモップを持った勇者アーサーが駆け込んできた。
「俺じゃないですよ! というか、俺もさっき裏庭に出ようとしたら、扉の先が『毒沼の広がる地下迷宮』になっててビビりました!」
ドズゥゥゥン……!!
その時、旅館全体が低い地鳴りとともに振動した。
見慣れた木造の壁が、徐々に石造りの冷たい壁へと変質し、障子からは怪しげなダンジョン特有の瘴気が漏れ出し始める。
「な、なんだこれは!? 我が魔界の城よりも禍々しい構造に変化しているぞ!」
厨房から飛び出してきた魔王が、お玉を構えて周囲を警戒する。
(……間違いない。これは空間そのものが『迷宮』に書き換えられてる!)
旅館全体がRPGのラストダンジョンのような構造に作り変えられていく中、俺たちは集まって作戦会議を開いた。
「空間をここまで完全に書き換えるなんて、ただの魔法じゃない。……何か、強力な『核』がうちの宿に寄生したんだ」
俺がギャラクシーボディを震わせながら言うと、ステラ姫がホログラム端末を操作して叫んだ。
「オーナー! 上空のアストラル・ゲートの履歴に、謎の未確認エネルギーの通過記録があります! 恐らく『はぐれダンジョンコア』です!」
「ダンジョンコア? 迷宮の心臓部ってやつか。それがなんで宇宙から?」
「宇宙空間には、惑星を丸ごと捕食する『星喰い迷宮』が存在するんです。そのコアの一部が剥がれ落ちて、うちの温泉の魔力に引き寄せられたのかと……!」
つまり、宇宙から降ってきた迷宮のタネが、うちの宿を「自分の体」として乗っ取ろうとしているのだ。
『冗談じゃないわ! うちの美しいヒノキ造りの廊下を、こんなカビ臭い石畳にするなんて! 営業妨害も甚だしいわよ!』
アイリスが扇子をへし折りそうな勢いで激怒する。
「よし、全員でコアを見つけ出してぶっ壊す……いや、大人しくさせるぞ! お客様に被害が出る前にな!」
俺の号令とともに、宇宙一の温泉宿のスタッフたちによる、前代未聞の「自店舗ダンジョン攻略」が始まった。
第79話:異世界最強スタッフ VS 宇宙迷宮
「フハハハ! 炎の振り子罠だと? ぬるい、ぬるすぎるわ!」
魔王が、無限回廊に仕掛けられた巨大な炎の斧を、素手(暗黒闘気コーティング)でバキバキとへし折って進んでいく。
「毒矢の落とし穴!? こんなもの、空間ごと飛び越えればいいだけです!」
勇者アーサーが聖剣の力を足に込め、トラップ地帯を物理法則を無視した大ジャンプでショートカットする。
「風の結界で、毒の瘴気をすべて浄化しますわ!」
シルフィエットが完璧なサポート魔法を展開する。
宇宙迷宮が必死に作り出した「致死率99.9%の超絶トラップ」の数々は、ステータスがバグっているうちの従業員たちの前では、まるで子供のアスレチック程度の障害にしかならなかった。
(……すげぇな。俺、後ろからぽよぽよついて行ってるだけだぞ)
俺は、アーサーの肩に乗って完全に「お荷物」状態だった。
わずか5分。
俺たちはあっという間に、旅館の地下深く(元はワインセラーだった場所)に作られた「コア・ルーム」へと到達した。
そこには、巨大な水晶体がドクドクと脈打ちながら、部屋の真ん中に鎮座していた。
『見つけたわね、害虫! その石をカチ割って、元の温泉宿に戻しなさい!』
アイリスがアバターの姿から【双極の星剣】の本体へと戻り、アーサーの手に収まる。
「よーし、一刀両断だ!」
アーサーが聖剣を振り上げ、魔王が暗黒の魔法弾を構えた、その時。
『……ま、待って! 壊さないでぇぇぇ!』
水晶体の中から、幼い女の子のような、か細い念話が響き渡った。
「え?」
アーサーが寸前で剣を止める。
『ごめんなさい、ごめんなさい! 悪気はなかったの! ただ、ここの温泉の魔力がすごく温かくて、居心地が良かったから……つい、自分のお家に作り変えちゃっただけで……!』
水晶体が、プルプルと震えながら縮こまる。
どうやらこのダンジョンコア、宇宙を放浪しているうちに寒さと孤独で限界になり、うちの温泉に「暖を取りにきた」迷子のようなものらしい。
(……またか。うちの宿、ワケありの迷子を惹きつけるフェロモンでも出てるのか?)
俺はアーサーの肩から降りて、水晶体の前にぽよんと進み出た。
「あのさ、コアちゃん。居心地がいいのは嬉しいけど、罠を仕掛けられたらお客さんが怪我しちゃうだろ。うちの宿は『癒やし』を提供する場所なんだ」
『うぅ……でも、私、ダンジョンコアだから、罠を張ったり迷路を作ったりすることしかできないの……。私なんて、やっぱり温泉にはいらないよね……』
コアが自己嫌悪で光を弱めていく。
「……いや、待てよ」
俺は、かつて現代社会で遊んだテーマパークのアトラクションを思い出した。
「お前のその『空間を書き換える力』と『罠』、見方を変えれば最高のエンターテインメントになるんじゃないか?」
数日後。
スライム温泉郷には、全宇宙の冒険者やサウナーたちが、目を輝かせて長蛇の列を作っていた。
「すげぇ! 廊下が『流れる温泉プール』になってるぞ!」
「あっちの落とし穴は、落ちると極上のスライムクッションが全身をマッサージしてくれる『癒やしの罠』らしいぜ!」
「毒矢じゃなくて、マイナスイオンをたっぷり含んだアロマミストが飛んでくるぞ!」
そう。俺はダンジョンコア(命名:コロン)を従業員として正式に雇い入れ、彼女の罠をすべて「健康と癒やしを促進するアトラクション」へと再構築させたのだ。
迷宮の構造は「温冷交代浴を完璧なルートで巡れる迷路」に。
恐ろしいモンスターの幻影は「フィットネス用のサンドバッグ」に。
コロンの力と、うちの宇宙源泉が融合した新施設【ギャラクシー・ダンジョン・スパ】は、遊びながら健康になれる究極のレジャー施設として、全宇宙で大ブームを巻き起こしていた。
「オーナー! コロンちゃんが作った『無限サウナ回廊』が大盛況ですわ!」
シルフィエットが忙しそうに走り回る。
『ふふふ……アトラクションの別料金で、売上がさらに倍増よ! コロン、いい子ね!』
アイリスが、水晶体(今はソフトボールサイズに縮んでいる)を愛おしそうに撫で回している。
「フハハ! 迷宮攻略後の飯は美味かろう! メガ盛り魔界カレーを追加だ!」
「俺も迷宮内で、お客様のストレッチ・トレーナーやってきます!」
活気に満ちた(そしてさらに忙しくなった)旅館の様子を眺めながら、俺は帳場の隅ででろーんと平たくなった。
(……エンタメ施設まで併設しちゃって、これもうただの温泉宿じゃないな。リゾート開発の終着点みたいになってきたぞ)
だが、水晶体のコロンが嬉しそうに『オーナーさん、ありがとう!』とピカピカ光っているのを見ると、まあこれも悪くないかと思えてくる。
へい




