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配信

あくまで一例

宇宙大統領と副大統領が足湯に浸かりながら銀河の法案を決裁するようになってから、我が『スライム&ソード』は、実質的に宇宙の中心(政治的な意味で)として機能し始めていた。


SPシークレットサービスたちはすっかり旅館の作務衣が板につき、今では大浴場の脱衣所のカゴを綺麗に並べる「脱衣所奉行」として第二の人生を謳歌している。平和だ。宇宙の危機も、過労死の危機も、すべてお湯の中に溶けていく。


だが、権力の中心がある場所には、必ずと言っていいほど「厄介な輩」が群がってくるのが世の常である。


その日の昼下がり。上空のアストラル・スライム・ゲートから、ピンク色のド派手な小型宇宙船が、ズンチャカズンチャカと謎のEDMエレクトロニック・ダンス・ミュージックを大音量で鳴らしながら降下してきた。


「ヤッホー全次元のリスナーたち! チャンネル登録よろしくね! 今日はなんと、あの宇宙大統領が入り浸っていると噂の『超極秘リゾート』にアポなし突撃配信しちゃうわよー!!」


宇宙船から飛び出してきたのは、ウサギの耳のようなアンテナを生やし、全身を蛍光色のサイバーパンクな衣装で包んだ派手な宇宙人少女だった。彼女の周囲には、数十機の小型ドローンカメラがブンブンと飛び回っている。


「……オーナー。どうやら『ギャラ・チューブ』のトップ配信者、ルミナスのようです。全宇宙でチャンネル登録者数8000億人を誇る、超大物インフルエンサーですわ」

ステラ姫がホログラム端末を確認しながら、引きつった顔で教えてくれた。


どうやら、大統領がサボって……いや、リモートワークをしている場所の座標が、どこからかネットに流出(特定)されてしまったらしい。


「うわっ、見て見てリスナー! エントランスで薪を割ってるあの金髪イケメン、もしかして伝説の勇者じゃない!? ちょっとインタビューしてみましょう!」

「えっ? 俺? いや、今は薪割りのノルマが……うわっ、カメラ近いな!」


ルミナスがズカズカと敷地内に上がり込み、アーサーの顔面にドローンを寄せる。さらに彼女は厨房の窓から身を乗り出した。


「キャーッ! 厨房にいるの、絶滅危惧種の魔族の王様!? ギャップ萌えヤバい! ねぇねぇ、その持ってるお玉で世界を滅ぼすポーズやってみて!」

「なにおぅ!? 我の神聖な調理場に土足で踏み入るとは……ッ! 暗黒魔炎でそのヘンテコな機械ごと焼き尽くしてくれるわ!!」


魔王がブチギレてお玉を振り上げるが、ルミナスは全く動じない。むしろ「魔王のガチギレ顔キター! スパチャ(投げ銭)ありがとー!」と大はしゃぎしている。


(……一番面倒くさいタイプの客が来やがった)


ギャラクシースライムは、床の雑巾がけをしながら深くため息をついた。

インフルエンサーの厄介なところは、下手に追い出すと「炎上」させられて、宿の評判に傷がつくことだ。宇宙一の称号を持っている以上、変な悪評は避けたい。


『ちょっと! うちの従業員を勝手に撮影しないでちょうだい! 許可のない撮影は、カメラを没収した上で罰金として金貨100万枚いただきますわよ!』


帳場から、若女将・アイリス(アバター姿)が般若のような顔で飛び出してきた。


「うっわ、出た! 守銭奴って噂の美人女将! リスナーのみんな、今のスクショした!? 超レア映像よ!」

『だーかーら! 撮るなと言っているでしょうが! ナルセ、こいつらをつまみ出しなさい!』


アイリスがキレて俺に指示を飛ばすが、ルミナスのドローンは素早く空中に散開し、旅館のあらゆる場所を撮影し始めた。大統領が足湯でハンコを押している姿まで配信に乗ってしまえば、銀河の政治不信で株価が大暴落しかねない。


「あのさ、お姉さん」


俺はぽよんと跳ね上がり、ルミナスの目の前の空中に滞空した。


「宇宙のトップがここで休んでるんだ。あんまり騒ぐと、さすがに星間警察が黙ってないぜ。配信を止めて、大人しくお茶でも飲んでいきなよ」

「えっ? 何この星雲柄のスライム! 喋った! ちょーウケるんですけど! ドローン、このスライムをアップで映して!」


数十機のドローンが一斉に俺に向かってカメラのレンズを向ける。

だが、その瞬間。


俺は自らのギャラクシーボディを、光の屈折率を完全にコントロールできる【光学迷彩モード】へと変化させた。そして、数十本の極細の触手を伸ばし、すべてのドローンのレンズの表面に、ごく薄い「スライムの膜」を張り付けたのだ。


「……あれ? 画面が真っ青になったわよ? 故障?」

ルミナスが手元のモニターを叩く。


ドローンの映像は、俺のギャラクシーボディの内側を通った光だけを映し出していた。

それは、宇宙の深淵を漂う星雲の揺らぎと、心地よい温泉の波紋が混じり合った、究極の「環境映像ヒーリング・ビデオ」だった。さらに、俺のゼリー状の体が微細に振動することで、最高級のASMR(脳がとろけるような癒やしの音)がマイクを通して全宇宙に配信され始めたのだ。


『……コメント欄が……止まった?』

ルミナスが呆然とモニターを見つめる。


数秒前まで「魔王ウケるw」「女将キレすぎw」と滝のように流れていたコメントが、ピタリと止まっていた。

そして、ゆっくりと新しいコメントが流れ始める。


【……なんだこの映像……永遠に見てられる……】

【……音が……マイナスイオンの音がする……明日、会社休も……】

【……お母さん……僕、もう宇宙海賊やめるよ……】


全宇宙8000億人のリスナーが、俺のスライムフィルターを通した究極の癒やし映像によって、完全に骨抜き(浄化)にされてしまったのだ。


「ウソでしょ……。私のバズり配信が、ただのヒーリングチャンネルに……」

ルミナスが膝から崩れ落ちる。


「だから言ったろ? うちの宿は、どんな相手でも『ふやかして』癒やすのが仕事なんだ」

俺はドローンから触手を離し、元のボールサイズに戻って着地した。


結果として、この「謎のヒーリング配信」は全宇宙で伝説となり、スライム温泉郷の知名度はさらに爆上がりすることになった。

ルミナスはすっかり改心(?)し、「次こそはあのスライムの正体を暴く!」と言いながら、なぜか毎日自腹で宿泊してはお風呂上がりのフルーツ牛乳を飲んで帰る常連客になっている。


「オーナー! 配信を見た第6銀河の『宇宙暴走族連合』から、心を洗うための団体予約が入りました!」

ステラ姫が嬉しそうに報告してくる。


俺は床の雑巾がけを再開しながら、心の中でそっと涙を流した。

(頼むから、これ以上客を増やさないでくれ。俺の定時退社が、また銀河の果てまで遠ざかっていったじゃないか……)

よくいるよなこういうやつ。

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