人造人間2号。なんつって。
俺は8号が好き
神獣カピバラを見送った余韻も束の間、旅館の入り口にそびえ立つ星間ゲートが、今度はカチリと冷徹な電子音を響かせた。
午後。ついにやってきたのは、第4宇宙の星間連盟から派遣された最高査察官、バルザック。全身の半分以上が冷たい機械組織で置き換えられたサイボーグ宇宙人で、感情の起伏を一切感じさせない無機質な赤い電子眼が、鋭く光っている。彼の後ろには、同じくスーツを着た細身の宇宙官僚たちがバインダーを持って控えていた。
「ふむ。この惑星に存在する宿が、多元宇宙五つ星の評価を得ているとは、極めて非論理的だ。私の監査により、不適切な要素が一つでもあれば、即座に評価を剥奪し、星間条約に基づき封鎖処分とする」
バルザックは金属の指先で空中をスワイプし、ホログラムの報告書を冷ややかに眺めた。
「まず、スタッフの構成が常軌を逸している。魔王、勇者、天竜、王国の王子、ハイエルフの元CEO。これは宿泊施設ではなく、多次元の危険分子を集めたテロリストの養成機関ではないか?」
『失礼ね。うちは全員、厳しい女将のシゴキに耐え抜いた優秀なスタッフよ。テロなんて非生産的なこと、うちの売上に比べたら割に合わないわ』
アバター姿のアイリスが、扇子をパタパタと仰ぎながら涼しい顔で言い返す。
「論理的な証明を求める。……ほう、そこの青いゼリーがオーナーか。生命維持装置のノイズよりも静かだな。スライムが知的生命体を支配するなど、宇宙の進化論に反している」
バルザックが俺を冷ややかに指差した。
俺はぽよんと一歩前に出て、少しだけ体を震わせた。
「論理だの進化論だの、お堅い話はいいからさ。まあ、長旅で金属関節もきしんでるだろ? とりあえず、うちの温泉に入ってから監査を続けてくれよ」
「断る。私の肉体は有機部分が全体の30%に過ぎず、残りの70%は超精密なナノマシンと超合金だ。温泉の水分や硫黄成分は、精密機器に深刻なショートと腐食を引き起こす。非論理的な提案だ」
バルザックは完璧なマニュアル人間、いやマニュアルサイボーグだった。これまでの客とは違い、温泉の誘惑すらも「機械の計算」でシャットアウトしてしまう。
『あら、そう。なら、うちのシルフィエットを舐めないでほしいわね』
アイリスがニヤリと笑う。
シルフィエットがボイラー室から駆けつけてきて、バルザックに完璧なお辞儀をした。
「お客様、ご安心ください。すでに『ゴールデン・ユートピア』での事故対応プログラムを応用し、本日の『銀河の湯』は【超電導・絶縁精密フィルター】を通した、サイボーグのお客様専用の特別泉質となっております。有機体の細胞を活性化させつつ、金属組織には一切の酸化作用を及ぼさない完璧なpHバランスですわ」
元巨大企業CEOの技術力と、うちの宇宙源泉のコラボレーション。
これにはバルザックの赤い電子眼がピコピコと激しく点滅した。
「……バカな。そのような高度な魔導・ナノ制御が、この未開惑星の温泉で実現しているだと……? 私の計算予測を上回る。……検証のために、入浴を許可する」
渋々と服(というか、金属のプロテクター)を脱ぎ、大浴場へと向かうバルザック。
彼が「銀河の湯」にその金属の脚を浸した瞬間。
「……ッ!? な、なんだこれは……」
バルザックの電子音声が、一瞬でノイズ混じりになった。
宇宙の星屑が溶け込んだお湯は、彼のわずかに残された有機体部分――脳や心臓の細胞に、爆発的な活性化をもたらした。さらに、絶縁処理された特別源泉は、ナノマシンの動作効率を極限まで高め、関節部に溜まっていた極小の金属ゴミを優しく洗い流していく。
「私の……プロセッサーの稼働率が、120%に向上していく……。演算速度が、かつてない領域に……」
「これだけで驚いてもらっちゃ困るぜ、査察官。仕上げはこれだ」
俺は温泉の底からポーンと跳び上がり、バルザックのサイボーグボディの肩口にピタッと張り付いた。
俺のギャラクシーボディは、今や宇宙の魔力そのもの。自身の形状をミクロ単位で変化させ、バルザックの人工皮膚と超合金の「関節の隙間」へと、スルスルと滑り込むように浸透していく。
「な、何をするスライム! 私の内部回路に侵入するつもり――あ、あああああっ!?」
俺は【スライム・マイクロ・マッサージ】を発動した。
ナノマシンの流れを阻害していた微細なエラーを、俺の宇宙魔力で直接包み込んで消去し、金属関節のボルトの一本一本に、スライムの弾力を応用した「超精密サスペンション」の働きを付与していく。
さらに、機械の奥底で凝り固まっていた「長年の激務によるデーターストレス」を、俺の星雲ボディで優しく吸収して宇宙へと還元してやる。
「あ、ああっ……! 内部エラーが、全てクリーンアップされていく……! 私が長年抱えていた、星間連盟の予算案作成による『電子頭痛』が……消える……消えていく……!」
バルザックの赤い電子眼が、かつてないほど優しく、ピンク色に点滅し始めた。
「フハハ! 湯上がりの一杯はこれだ! 我が魔界の『超時空・有機回路活性薬膳ドリンク』!」
風呂上がりのバルザックの前に、魔王がエプロン姿で差し出したのは、星間連盟の基準を遥かに超えた「完全有機無農薬の魔力スープ」。
バルザックはそれをゴクゴクと飲み干した。
「……アメージング。……私の、全身のナノマシンが、歌っている……」
翌朝。
すっかりツヤツヤに磨き上げられ、機械の駆動音も「キィキィ」から「静かなハイブリッドカー」のように滑らかになったバルザックは、帳場の前で深々と頭を下げていた。
「完全な私の敗北です。この宿は、宇宙の物理法則や安全基準を超越した、多元宇宙にとって不可欠な『最高峰の精神と肉体の調律所』である。星雲五つの評価など、むしろ過小評価だ。今日からこの宿を、星間連盟の【終身特別永住・保護リゾート】に指定する」
そう言って、バルザックはバインダーに輝く「永久免税・特別推薦状」をアイリスに手渡し、すっかりリフレッシュした足取りで宇宙船へと帰っていった。
『やったわ! ナルセ! これで星間連盟からの税金も全部タダよ! 売上はさらに私のものに……うふふ、うふふふふ!』
アイリスが嬉しそうに推薦状を掲げて踊っている。
俺は元のボールサイズに戻り、廊下をペタペタと這いながらため息をついた。
(まあ、税金が浮いたなら、俺の給料(温泉でのんびりする時間)も少しは増えるはずだよな)
「オーナー! 星間連盟の推薦状を見て、さっそく次の『宇宙大統領ご一行様』から、100部屋の貸し切り予約が入りました!!」
ステラ姫が帳場の奥から悲鳴を上げる。
(……増えるかボケ。むしろ仕事がまた100倍になったぞ!!)
俺は絶望して、ピカピカの床の上でペッチャンコに潰れた。
勇者が薪を割り、魔王が鍋を振り、ハイエルフがボイラーを回し、宇宙一のツンデレ魔剣が帳簿をつける。
そして、ギャラクシースライムの俺が、今日も全宇宙のワガママを丸く収める。
お疲れ様です




