ダイヤモンド
従業員総出の大宴会から一夜明けた、スライム温泉郷の朝。
さすがに宇宙一の体力を持つ面々とはいえ、一晩中飲み明かして騒ぎ立てたツケは大きく、旅館のあちこちで魔王や勇者が屍のように転がっていた。
俺も例外ではなく、脱衣所のひんやりとした床の上で、限界まで薄く伸びきって二日酔い(魔力酔い)を冷ましていた。
『……ちょっと、いつまで寝てるのよ。今日は午後から、第4宇宙の星間連盟トップの視察が入ってるのよ。全員叩き起こしなさい』
いつの間にかアバター姿でビシッと着物を着こなした若女将・アイリスが、扇子で俺のゼリー状の体をペチペチと叩く。昨日一番はしゃいで神酒をラッパ飲みしていたのはお前だったはずだが、魔剣の自己回復機能はどうやら二日酔いすら瞬時に分解するらしい。理不尽だ。
俺が重い体を持ち上げて(丸めて)みんなを叩き起こそうとしたその時、上空のアストラル・スライム・ゲートから、聞き慣れない電子音が鳴り響いた。
「ポンポロポーン! 次元宅配便『ギャラクシー・アマゾネス』でーす! お届け物でーす!」
ゲートから飛び出してきたのは、黄色い帽子を被り、首から受領印用の端末を下げたペガサスだった。ペガサスは前足で器用に端末を操作すると、ドスゥゥゥン! と裏庭に巨大な木箱を落として去っていった。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
二日酔いで頭を抱えながら、勇者アーサーが這い出てくる。
木箱には、宇宙共通語でこう書かれていた。
【宛先:宇宙一の温泉宿 スライム&ソード様。 依頼主:温泉銀河協同組合。 品物:特級贈答品(※取り扱い注意)】
「贈答品? うちの宿が有名になったから、どこかの星の偉い人が貢物を送ってきたのかしら」
アイリスが扇子を口元に当てて目を輝かせる。
魔王もフラフラと厨房から出てきて、木箱の匂いを嗅いだ。
「……フン。美味そうな匂いはせんが、とてつもない魔力の塊を感じるぞ。開けてみろ勇者」
アーサーが聖剣で木箱の蓋をパカンと外すと、中から現れたのは、真っ白で真珠のように輝く、バランスボールほどもある巨大な「卵」だった。
「卵……? 宇宙ドラゴンの卵か?」
俺が触手でつついてみると、表面はほんのりと温かい。
すると、卵が突然ブルブルと震え出し、自らコロコロと転がって、一番近くにあった裏山の「銀河の湯(露天風呂)」の中へ、ポチャーンと落ちてしまった。
「ああっ! バカ、源泉の温度設定は今、魔王好みのマグマ一歩手前に……って、ゆで卵になっちゃうわよ!」
アイリスが叫ぶが、温泉の底に沈んだ卵は、茹で上がるどころか、源泉の星屑魔力を猛烈な勢いで吸収し始めた。
お湯の量がみるみる減り、代わりに卵が二倍、三倍と巨大化していく。
ピキッ、ピキキキキッ……!
卵の殻に亀裂が入り、強烈な光が漏れ出す。
「生まれるぞ! 全員構えろ!」
アーサーが聖剣を構え、魔王が暗黒魔法を練る。どんな宇宙怪獣が飛び出してくるのかと、全員が息を呑んだ。
パァァァァンッ!!
殻が弾け飛び、温泉の蒸気の中から現れたのは――。
「モキュゥゥゥ……」
体長3メートル。
つぶらな瞳、丸みを帯びたフォルム、そして全身を覆うタワシのような茶色い剛毛。
どこからどう見ても、超巨大なカピバラであった。
「……カピバラ?」
俺が間の抜けた声を出すと、カピバラはゆっくりと温泉の縁に顎を乗せ、この世のすべての悟りを開いたような顔で目を細めた。
『……こ、これは……伝説の【湯浴みの神獣・テルマエカピバラ】!? 温泉の星系で一億年に一度だけ生まれ、すべての温泉宿に繁栄をもたらすという神の使いよ!』
アイリスのアバターが、感極まったように叫んだ。
神獣カピバラは、湯船の中でチラリと俺たちを一瞥すると、前足をクイッと動かした。
その仕草は明らかに「さあ、我を洗え。極上の湯もみをしろ」と要求している。
「フハハ! 相手が神獣ならば不足なし! この魔王様が直々に、魔界式のフルコース・ブラッシングを施してやろう!」
魔王が巨大なタワシ(大樹の皮で作った特製品)を両手に持ち、カピバラの背中をごしごしと磨き始める。
「じゃあ俺は、肩に極上の神聖ヒノキの葉を乗せてやりますよ!」
アーサーが聖剣でヒノキを寸分狂わぬ厚さにスライスして湯に浮かべる。
シルフィエットは風の魔法で湯気を絶妙な濃度に保ち、ステラ姫は無重力魔法でカピバラの巨体が湯船の底に擦れないように浮力をサポートする。
そして俺は、自らのギャラクシーボディを平たく伸ばし、カピバラの頭の上に乗る「極上の冷やしタオル(スライム製)」として鎮座した。
「モッッッッキュゥゥゥゥゥ……!!」
全員の完璧な連携おもてなしを受けた神獣カピバラは、かつてないほどの恍惚の表情を浮かべ、鼻からシューッと幸せのマイナスイオン蒸気を噴き出した。
その蒸気は旅館全体を包み込み、先ほどまで残っていた俺たちの二日酔いのダルさを一瞬にして吹き飛ばしてしまった。
数時間後。
すっかり満足した神獣カピバラは、温泉から上がると、体をブルブルと震わせて水分を飛ばした。
そして、俺に向かって深々と一礼をすると、ポンッと足元に「ソフトボール大のダイヤモンド(純度100%の星の核)」を置いて、光の粒子となって宇宙へと帰っていった。
『な、なんてデカいチップなの……! これで裏山をまるごと買い取って、第二浴場が作れるわ!』
ダイヤモンドを抱きしめて頬ずりするアイリスを見て、俺は頭上の葉っぱを払い落としながらため息をついた。
「まあ、お客様が満足してくれたなら何よりだ。……さあて、二日酔いも治ったし、午後からの星間連盟トップの視察に向けて、もうひとっ風呂掃除するか!」
「応! 我の暗黒洗剤の出番だな!」
宇宙の神獣すら骨抜きにする俺たちのスライム温泉郷。
次にどんな厄介な客が降ってこようと、最強の従業員たちと極上の湯があれば、何も恐れることはない。
俺はモップ代わりの触手を伸ばし、ピカピカに光る廊下を勢いよく滑り出した。
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えーなー(高音)




