たっきゅぅ
ハイエルフの元CEO・シルフィエットが下働きとして加わり、我が温泉宿『スライム&ソード』の従業員は、もはや一つの銀河帝国を打ち立てられそうなほどのカオスな戦力となっていた。
「シルフィエット! ボイラーの温度が0.2度低いぞ! 我の暗黒の炎で一気に加熱してやろうか!」
「お黙りなさい魔王! あなたの炎は出力が乱高下しすぎてリラックス効果を損ないますわ! ここは私の精密な風魔力で酸素濃度を調整して……」
厨房の奥で、元・世界を滅ぼす存在と、元・巨大企業トップが、お湯の温度管理について高度な(そして無駄にスケールのデカい)口論を繰り広げている。
その横では、勇者アーサーと第一王子エドワードが、どちらがより美しく大浴場の鏡を磨けるかで聖剣と王家の宝剣を競わせ合っていた。
(……賑やかなのはいいことだが、こいつら働きすぎじゃないか?)
俺は、帳場のカウンターの上にでろーんと広がりながら、優秀すぎる従業員たちの労働環境を少し心配していた。
すると、横で売上帳をパラパラと捲っていたアイリス(アバター姿)が、ふと顔を上げて扇子で口元を隠した。
『そうね。ライバルホテルとの一件でみんな気を張っていたし、たまには息抜きも必要かしら。……よし、やるわよ、ナルセ!』
アイリスがパンッと柏手を打つと、宿の広間に全員が集合させられた。
『これより、第一回・スライム温泉郷杯……「異次元・湯上がり卓球大会」を開催します!!』
アイリスが指差した先には、いつの間にか広間のド真ん中に設置された、緑色の立派な卓球台があった。
どうやら、どこかの次元の客が宿泊代の代わりに置いていった「魔導卓球台」らしい。
「た、たっきゅう、とはなんだ?」
アーサーが目を白黒させる。異世界ファンタジーの住人には馴染みのないスポーツだ。
俺は触手を伸ばして、ピンポン玉とラケットを器用に持ち上げた。
「温泉宿の伝統的なスポーツだよ。ラケットでこの玉を打ち合って、相手のコートに叩き込む。魔法の使用は禁止、純粋な反射神経と物理の勝負だ」
『そして、優勝者には……「女将・アイリスの権限で、まる一日、どんな願いでも叶えてあげる(※予算の範囲内で)券」を贈呈するわ!』
その言葉を聞いた瞬間、従業員たちの目の色が変わった。
「な、なんだと!? つまり、一日中最高級の魔界牛を食い放題にしても良いということか!?」
「俺は……一日中、ただ縁側で寝ていたい……!」
「わ、私は女将様に、最新式の全自動ルンバ・ゴーレムを買っていただきたいですわ!」
全員の欲望(主に労働からの解放と食欲)が爆発し、広間の空気がピリリと張り詰める。
もちろん、俺も例外ではない。
(優勝すれば、アイリスの小言を一日中聞かずに、誰にも邪魔されず永遠に昼寝ができる……! 俺の定時退社チケット!!)
俺はギャラクシー柄の体をスッと引き締め、かつてないほどの闘志を燃やした。
試合は、魔導卓球台による自動トーナメント形式で進められた。
魔法禁止というルールが設けられたことで、ステータスに頼り切っていた異世界の住人たちは苦戦を強いられていた。
【第一試合:勇者アーサー VS 魔王】
「喰らえ勇者よ! 必殺・暗黒ドライブスマーッシュ!!」
「遅いぜ魔王! 勇者の動体視力を見切ったか! 聖剣ブロック!!」
ピンポン玉が音速を超え、卓球台の上で火花を散らす。
だが、力みすぎたアーサーのラケットがへし折れ、魔王の放った玉が壁にめり込んで魔王の勝利となった。
【第二試合:シルフィエット VS ステラ姫】
「計算通りですわ! 風の抵抗を読んだ、完璧なエッジボール!」
「甘いですわシルフィエットさん! 宇宙の無重力空間に比べれば、こんな軌道、止まって見えます!」
エルフとスペース・エルフによる、無駄に美しいフォームのラリー。しかし、卓球のルールをいまいち理解していなかったステラ姫が、玉を素手でキャッチしてしまい反則負け。
激戦(という名の珍プレー好プレー)を勝ち抜き、ついに決勝戦へと駒を進めたのは――。
【決勝戦:魔王 VS ギャラクシー・スライム(俺)】
「フハハハハ! スライムよ、手も足もない貴様に、ラケットが振れるのか! 優勝賞品の焼肉食べ放題は我のものだ!」
魔王が、ラケットを構えて不敵に笑う。
俺は卓球台の端にぽよんと鎮座し、触手で器用にラケットを巻き込んで固定した。
(ふっ。魔王、お前は卓球の恐ろしさを分かっていない。俺の前世(現代日本)において、温泉卓球とは「親睦を深める遊戯」ではなく、「血を洗う真剣勝負」なんだよ!)
「いくぞ! サーブ!!」
魔王が力任せに放った弾丸のようなサーブ。
だが、俺は動かない。
ピンポン玉が俺のギャラクシーボディに直撃した瞬間――。
ポヨォォォォンッ!!
「な、なにィ!?」
俺のスライム特有の「究極の弾力」と、宇宙魔力による「軌道計算」が融合し、玉は魔王の予測を完全に裏切る超変化球となって、魔王のコートの端ギリギリにポトリと落ちた。
「ば、馬鹿な!? 球が曲がっただと!?」
「スライムの体を『ラケットのラバー代わり』にしたのさ。反発係数なら俺の右に出る者はいないぜ」
その後も、魔王の強打をすべてスライムの体で吸収し、無慈悲なドロップショットで返し続ける俺。魔王は右へ左へと振り回され、ついには息を切らして膝をついた。
「ぜぇ、はぁ……我の、負けだ……。温泉卓球、恐るべし……」
『勝者、ナルセ!!』
アイリスが高らかに宣言し、広間は拍手(と魔王の悔し涙)に包まれた。
俺はラケットを置き、誇らしげにポヨンと跳ねた。
ついに手に入れた。誰にも文句を言われず、丸一日何もしなくていい「完全休養日」の権利を。
『さあ、ナルセ。約束通り、一つだけ願いを叶えてあげるわ。何がいい? 新しい枕? それとも最高級の温泉水?』
アイリスが、少しだけ優しい笑顔で尋ねてくる。
俺は全員の顔を見渡した。
悔しそうにしている魔王、ラケットを直している勇者、へたり込んでいるハイエルフ、そして宇宙の姫君。みんな、俺の無茶苦茶な宿で、文句を言いながらも毎日一生懸命働いてくれている。
(……願い、か)
俺は一呼吸置き、念話で答えた。
「――明日は、旅館を臨時休業にする。そして、ここにいる全員で『お客様』として、うちの温泉と宴会をフルコースで楽しむぞ! 費用は全部、アイリスの売上から奢りだ!」
その言葉を聞いた瞬間、従業員たちの動きがピタリと止まり、次の瞬間、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「おおおおっ!! オーナー、一生ついていきます!!」
「フハハ! なれば我は明日、料理人ではなく『客』として一番高い肉を食い荒らしてやるわ!」
『……ちょっと、ナルセ。私の売上からって、それがあなたの願いなの? もっと自分のために使えばいいのに』
アイリスが呆れたようにため息をつく。
俺はアイリスの足元に転がり寄り、彼女の膝にぽよんと頭を乗せた。
「自分のためさ。こいつらがゴキゲンに働いてくれないと、俺ののんびりスライムライフが遠のくからな。それに……たまには、お前も『女将』じゃなくて、俺の『相棒』としてゆっくり休めよ」
アイリスの顔が、ボンッと音を立てるほど真っ赤になった。
『なっ……! ば、ばかじゃないの!? 私は剣なんだから疲労なんてないわよ!』
そう言いながらも、彼女のオッドアイは嬉しそうに細められ、俺のギャラクシー柄の体を優しく撫でてくれた。
翌日。
『スライム&ソード』は休業の札を掲げ、従業員一同によるカオスで最高に楽しい大宴会が、夜通し繰り広げられた。
卓球の玉で撃ち抜かれたいか?
下にあるの見えるな?
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