社畜の亡霊
ジャガーで草
田中部長という現代の亡霊(社畜)を見送り、再び平和な日常を取り戻したかのように見えた『スライム&ソード』。だが、宇宙一の称号「星雲五つ(ファイブ・ギャラクシー)」を獲得した我が宿に、かつてない深刻な危機が訪れていた。
「……オーナー。本日の予約状況ですが、キャンセルが相次いでおります。稼働率、驚異の15%です」
帳場の奥で、スペース・エルフのステラ姫が、ホログラムの予約表を見ながら青ざめた顔で報告してきた。
(稼働率15%!? いつも3年先まで満室だったのに!?)
俺は、縁側で干からびそうになりながら跳ね起きた。
「おかしいではないか! 我の特製『魔界地獄鍋』が不服だというのか!」
「俺の薪割りの音がうるさいとか……いや、最近はサイレンサー付きの聖剣を使ってるはずだが……」
厨房から魔王が、裏庭から勇者アーサーが、それぞれ首を傾げながら集まってくる。
『……原因はわかってるわ。みんな、表に出て山を挟んだ向かい側を見てみなさい』
若女将のアイリス(アバター姿)が、ピクピクとこめかみに青筋を立てながら扇子で外を指し示した。
俺たちが旅館の玄関を出て、谷の向こう側を見上げると――そこには、大自然の景観を完全に無視した、金ピカでガラス張りの超巨大な「近代魔導リゾートホテル」がそびえ立っていたのだ。
「な、なんだあの一晩で建ったような成金趣味のタワーは!?」
アーサーが目を丸くする。
『あれは、不動産とホテル事業で全大陸を牛耳るハイエルフの巨大企業グループが建てた最新鋭のリゾートよ。名付けて『ゴールデン・ユートピア』。うちの「宇宙一」の看板を横取りするために、わざわざ目の前にぶっ建てたのよ!』
(なるほど。資本主義の暴力ってやつか)
元・営業職の俺としては、競合他社のエグい出店戦略には既視感しかなかった。
偵察も兼ねて、俺とアイリス、そして勇者と魔王は、その『ゴールデン・ユートピア』のロビーへと足を運んだ。大理石の床、シャンデリア。そして、従業員として無駄なく動いているのは、人間ではなく「最新型のメイド・ゴーレム」たちだった。
「おや。これはこれは、向かいのボロ宿……おっと失礼、老舗旅館の皆様ではありませんか」
ロビーの奥から、高慢な笑みを浮かべて現れたのは、金髪を美しく巻き上げたハイエルフの美女だった。彼女こそ、このホテルのオーナーである最高経営責任者(CEO)、シルフィエットだ。
「偵察に来るまでもなく、勝負はついているでしょう? 当ホテルの強みをお教えしますわ」
シルフィエットがパチンと指を鳴らすと、メイド・ゴーレムが完璧な角度でお茶を出してきた。
完全自動化: ゴーレムによる24時間無休の完璧なサービス。(クレームゼロ)
温度完全管理システム: 魔導具により、全浴場の温度を0.1度単位で顧客の好みに自動調整。
合成・高級食材: 錬金術で生成された「味覚パラメータMAX」の人工霜降り肉を提供。
「不衛生なスライムが徘徊し、怒りっぽい剣が女将をし、前科持ちの魔王が料理を作っているような野蛮な宿に、誰が高い金を払って泊まるというのです?」
シルフィエットが、扇子で口元を隠してクスクスと笑う。
「な、なんだと貴様ァ! 我の料理を馬鹿にするとは!」
魔王が激怒して暗黒魔力を練り上げるが、俺は触手でそれを制止した。
(……悔しいが、ビジネスモデルとしては強敵だ。「完璧で均質化されたサービス」は、現代人や異世界の貴族にはウケがいい)
『ナルセ! 黙って聞いてないで、あなたも言い返してやりなさいよ!』
アイリスが俺をポカポカと叩くが、俺はただ無言で(顔はないが)シルフィエットのホテルを観察していた。確かに完璧だ。完璧すぎるがゆえに……「何か」が欠けている気がした。
競合ホテルの出現により、うちの旅館は数日間、静かで(暇な)日々を過ごした。だが、事態は思わぬ方向から急変した。
その日の夜。『ゴールデン・ユートピア』の方角から、突如として「ブゥゥゥゥン!!」というけたたましい警報音が谷中に響き渡ったのだ。
「な、何事だ!?」
アーサーが飛び起きる。窓から向かいのホテルを見ると、金ピカのタワーのあちこちから黒煙が上がり、メイド・ゴーレムたちが火花を散らして暴走しているではないか。
俺たちは慌てて谷を飛び越え(天竜の背中に乗って)、ライバルホテルへと急行した。ロビーは火の海と化し、宿泊客たちが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「ど、どうして……! 完璧な魔導プログラムだったはずなのに!!」
シルフィエットが、煤まみれになって膝をついていた。
「何があったんだ!?」
アーサーが暴走するゴーレムを聖剣(峰打ち)でなぎ倒しながら叫ぶ。
「本日のVIP客として、『炎の精霊王』様がご宿泊されたのです! しかし、精霊王様が浴場で『もっと熱くしろ!』と要求されたため、ゴーレムたちがプログラムの限界値を超えて魔力炉を暴走させてしまって……!」
(マニュアル通りの対応しかできない「自動化」の弱点が出たな……規格外の客には対応できないんだ)
宇宙人や神様を日常的に接客している俺たちからすれば、精霊王の無茶振りなど「通常業務」である。
『ナルセ! このままじゃ延焼して、うちの山まで火事になるわよ!』
(わかってる! 火消しといくか!!)
俺はアイリスを体内に取り込み、スライムの体を巨大なドーム状に展開した。
「【神聖・スライム・消火器】!!」
俺のギャラクシーボディから、宇宙源泉の冷水とアイリスの絶対零度が混ざり合った「極上の冷却水」が滝のように放出され、ホテルを包んでいた炎を一瞬にして鎮火させた。
「フハハ! 客の相手は我に任せよ!」
魔王が炎の精霊王の前に立ち塞がり、超高火力の『暗黒魔界の激辛・炎上スープ』を一瞬で調理して叩きつけた。
「……おおっ! この辛さ、この熱量! 最高だ! 余は満足である!」
精霊王は激辛スープを飲み干し、すっかりご機嫌になって大人しくなった。
わずか数分。俺たち『スライム&ソード』の従業員による圧倒的な連携プレー(物理)により、ライバルホテルの暴走事故は完全に鎮圧された。
煙が晴れたロビーで、俺は元のボールサイズに戻り、シルフィエットの前にぽよんと降り立った。
「……マニュアルや自動化も素晴らしいけどな。接客ってのは結局、客の『ワガママ』や『イレギュラー』にどれだけ汗をかいて付き合えるか、だと思うぜ」
俺が低い声で語りかけると、シルフィエットはポロポロと涙を流し始めた。
「……私の、完敗ですわ。完璧なシステムなど、あなたたちの『心(と規格外の暴力)』の前では無力でした。このホテルは……廃業します」
『……まあ、マニュアルだけじゃ、神様や宇宙人は満足させられないわよね』
アイリスが腕を組みながら、少しだけ得意げに笑う。
翌日。
『ゴールデン・ユートピア』の宿泊客たちは、「あっちのボロ宿のスタッフの方が、面白くて飯も美味そうだ!」と、こぞってうちの旅館へと流れてきた。稼働率はあっという間に120%に跳ね上がり、再び戦場のような忙しさが戻ってきた。
「オーナー! 厨房の皿洗いが追いつきません!」
「天竜殿の背中流し、誰か手伝ってくれー!」
俺が悲鳴を上げながら床を這い回っていると、帳場の前に、質素な作務衣を着た金髪のハイエルフが立っていた。
「……いらっしゃいませ。一部屋、空いておりますか?」
シルフィエットだった。高慢だった態度はどこへやら、彼女は深く、深く頭を下げた。
「ホテルは手放しました。私に……いえ、私をここで働かせてください! 本物の『おもてなしの心』を、あなたたちから一から学びたいのです!!」
(……また増えたよ。なんでうちの宿、元・敵対勢力の就職斡旋所みたいになってるんだよ)
俺が呆れてため息をついていると、アイリスがパンッと柏手を打った。
『ちょうどよかったわ! ゴーレムの扱いに長けてるなら、お風呂のボイラー管理と、魔王の買い出しの荷物持ちを任せるわ! 時給は銅貨3枚からよ!』
「はいっ! 女将様! 一生懸命働かせていただきますわ!」
元CEOのハイエルフが、嬉しそうにモップを握りしめて走り出していく。
勇者、魔王、天竜、宇宙人、王子、そしてハイエルフの元社長。属性が大渋滞を起こしている従業員たちを眺めながら、俺は縁側で冷たい魔力水をすすった。
「まあ、賑やかなのは嫌いじゃないから、いっか」
全次元から愛される温泉宿。最強スライムの「定時退社」への道は果てしなく遠いが、このドタバタでぬるりとした日常こそが、俺にとっての本当の『ゴールデン・ユートピア』なのかもしれない。
ジャガーってスポーツなんやねん




