四次元?
そして伝説へ…。
異世界の辺境、深い山奥にあるはずの我が温泉旅館『スライム&ソード』は、上空にポッカリと開いた宇宙へのゲートから星屑の源泉を引き込み、今日も元気にカオスな営業を続けていた。
「オーナー! 301号室の『四次元ドラゴン』様が、お部屋の空間を圧縮しすぎてふすまが開かなくなりました!」
「勇者よ、聖剣の次元斬りでちょっと隙間を開けてこい! それと魔王、今日のランチの『ブラックホール海鮮丼』の仕込みはできたか!?」
「フハハ! 吸い込まれそうなほどの旨味を引き出してやったわ!」
宇宙一の評価を得て別次元の王様(同業者のスライム)まで接待した俺たちは、すっかりこの「規格外の日常」に麻痺していた。
俺は、廊下の隅で宇宙由来の星屑をペッペッと吐き出しながら、ルンバのごとく床を這い回って掃除をしている。
(平和だ。……いや、やってることはめちゃくちゃだけど、一周回ってこれが俺たちの「日常」なんだよな)
そんな平和な昼下がり、旅館の玄関に、これ見よがしに派手な装飾が施された馬車が横付けされた。
降りてきたのは、金糸の刺繍が入ったマントを羽織る、いかにも高慢ちきな金髪の青年。その後ろには、全身を白銀の鎧で固めた王国騎士たちがズラリと並んでいる。
「ふん、ここが噂に聞く秘湯か。辺境の山奥にしては、無駄に立派な建物を構えているではないか」
青年が鼻で笑いながら暖簾をくぐると、帳場で売上を計算していた若女将――アイリスのアバターが、完璧な営業スマイルを浮かべた。
『いらっしゃいませ。当旅館へようこそ。ご予約のお客様でしょうか?』
「予約だと? 笑わせるな。平民風情が、このグランディール王国・第一王子である私に予約などと口にするか!」
青年――グランディール王国の第一王子は、マントをバサァッと翻して言い放った。
「この地は我が王国の領土! そして、ここから湧き出るという『万病を治す奇跡の湯』の噂は王都にも届いている。よって、今日この瞬間から、この温泉宿は王家直轄の『王族専用保養所』として接収する!!」
……どうやら、久しぶりに「ファンタジー世界特有のテンプレ厄介客」がご来店したらしい。
王子の横暴な宣言に、騎士たちが一斉に剣の柄に手をかけ、威圧感を放つ。
普通なら、辺境の宿屋の主人など震え上がって平伏す場面だ。
だが、ここはすでに「そういう次元」を遥かに超越してしまっていた。
王子がふんぞり返っていると、奥の厨房から、エプロン姿の巨大な男が顔を出した。
「おい女将! 塩が切れたぞ! ちょっと裏の岩塩鉱脈までひとっ走り……ん? 誰だこのヒョロガリどもは。ランチの客か?」
「なっ……無礼な! 殿下に向かって……ひぃぃぃッ!?」
騎士の一人が怒鳴りかけたが、男の顔を見た瞬間に悲鳴を上げて腰を抜かした。
それもそのはず。エプロン姿とはいえ、頭には巨大な二本の角、全身から溢れ出る圧倒的な絶望のオーラ。
「ま、ま、魔王……!? なぜ、世界を滅ぼすはずの魔王が、ネギを刻んでいるのだ!?」
「あ? 我は今、この宿の総料理長だ。腹が減ってないなら厨房の前に立つな、邪魔だ」
魔王が鬱陶しそうにシッシッと手を振る。
王子と騎士たちは、完全に状況が理解できずパニックに陥った。
「で、殿下! お下がりください! ここは魔物の巣窟です!」
「ええい、慌てるな! こういう時のために、王国最強の『勇者』を捜索させていたはずだ! 勇者さえいれば魔王など……!」
「おーい、オーナー! 薪割り終わりました! 次は裏山の露天風呂の落ち葉拾いですかね!?」
そこへ、首にタオルを巻き、大量の薪を抱えた金髪の青年が爽やかな汗を流しながらやってきた。
「あ……アーサー!? 伝説の聖剣に選ばれし勇者アーサーではないか!!」
王子が希望の光を見つけたように叫ぶ。
「ちょうどよかった! さあ、その聖剣で、そこにいる魔王と、この宿の主を討ち果た――」
「ん? ああ、エドワード王子じゃないですか。お久しぶりです」
アーサーは薪をドサッと置くと、ペコリとお辞儀をした。
「申し訳ないですが、俺、今この宿で正社員として雇われてるんで。魔王は頼れるバイトリーダーですし、ここのオーナーと女将には一生頭が上がらないんスよ。あ、お荷物お持ちしますね」
「……は?」
王子の思考回路が、完全にショートした。
若女将の「おもてなし」
「どうなってる……魔王が料理長で、勇者が下働きだと……? ふざけるな! ならば、この宿のオーナーを出せ!! どんな卑劣な洗脳魔法を使っているか知らんが、私が直々に成敗してくれるわ!!」
王子が剣を抜き、怒り狂って叫ぶ。
俺はため息(空気の泡)を吐きながら、廊下の隅からぽよんと飛び出し、王子の足元に降り立った。
「……オーナーなら、俺だけど。館内で武器を振り回すのはやめてくれないか? 床に傷がつくと、俺の掃除の手間が増えるんだ」
星雲のように輝く、ギャラクシー柄のスライム。
王子は俺を見下ろし、ピクッと顔を引きつらせた。
「ス、スライム……? このプルプルしたゼリーが、この宿の主だと……? なめるなァァァッ!!」
王子が激高し、俺に向かって剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
『……お客様』
帳場にいたアイリスが、氷のように冷たく、けれど煮えたぎるマグマのような圧を伴った声を出した。
『当館は、全次元の神々や宇宙の星間艦隊すらも癒やす、多元宇宙五つ星の宿。……辺境の小さな国の、さらにその小さな権力ごときで、私のマスター(スライム)を傷つけられるとでも思って?』
アイリスの背後に、白金に輝く【双極の星剣】の巨大な幻影が浮かび上がる。
さらに、旅館の上空を旋回していた天竜が『我が安らぎの地で騒ぐのは何奴だ?』と巨大な眼光を向け、上空の星間ゲートからは、たまたま宿泊に来ていた宇宙戦艦の砲門が「敵対勢力アリ」と王子たちにロックオンした。
魔王、勇者、天竜、宇宙戦艦、そして神の如き魔剣。
全方向から、世界を滅ぼせるレベルの殺気を向けられた王子と騎士たちは――。
「……あ、あ、あああ……っ」
文字通り、白目を剥いてその場にバタバタと気絶してしまった。
数時間後。
目を覚ました王子たちは、すっかり毒(傲慢さ)が抜け落ち、小鹿のように震えながら露天風呂の隅っこで縮こまっていた。
俺はスライムの体をドーム状に広げ、彼らの背中を優しく酸でピーリング(垢すり)してやる。
「……ひっ、溶ける、溶かされる……」
「大丈夫だって。うちの源泉と俺のスライムエキスは、神経の疲れも権力への執着も、綺麗さっぱり洗い流す効果があるから」
宇宙の星屑が溶け込んだ『銀河の湯』に浸かっているうちに、王子の強張った顔が、徐々に「ふにゃぁ」と緩んでいくのがわかった。
「……あたたかい。なんだこの湯は……。私が今まで城で入っていたお湯は、ただの水だったのか……?」
「だろ? まあ、王族だろうがスライムだろうが、お湯の中じゃみんな同じだ。ゆっくり温まっていってくれ」
湯上がり後。
すっかり骨抜きにされた王子は、アイリスの前に土下座していた。
「も、申し訳ありませんでした! 私が井の中の蛙でございました!! どうか、どうかこの素晴らしい宿で、私を働かせてください! 皿洗いでも何でもします!!」
『……そう。まあ、アーサーの薪割りも最近手が回ってないみたいだし、見習いとしてなら雇ってあげなくもないわ。時給は銀貨2枚からよ』
「ありがとうございます! 女将様!!」
(……また一つ、うちの宿に厄介で優秀な「無給スレスレの労働力」が増えちゃったな)
俺は縁側で冷たい魔力エールを飲み込みながら、新しく作務衣を着せられて嬉しそうに床磨きを始める王子の姿を眺めていた。
宇宙から客が来ようが、別の次元から迷子がいらっしゃろうが、地元の権力者が乗り込んでこようが、やることは結局変わらない。
俺たちの温泉宿は、どんな相手でも「ぬるり」と飲み込み、極上の湯でふやかしてしまうのだ。
「オーナー! 王族が持ってきた高級馬車、薪の代わりに燃やしていいですか!?」
「ダメに決まってるだろアーサー! それは後で高く売るのよ!!」
勇者とツンデレ魔剣の騒がしいやり取りを聞きながら、俺は今日二度目の昼寝に向けて、ゆっくりと目を閉じた。
押せッ!!!!今わの際だぞッ!!!!!!!!!




