日常
ブックマークも「☆☆☆☆☆」もしてない?やりますねェ
謎の迷子スライム「うにゅ」が当旅館『スライム&ソード』の臨時スタッフとして働き始めてから、わずか半日で異常事態が発生した。
「うにゅ~」
ポヨン、とうにゅが跳ねて、薪割りをしていた勇者アーサーの肩に乗る。
シュウウウ……と、アーサーの体から「勇者としての責任感」や「日々の肉体労働の疲労」が黒いモヤとなって吸い出されていく。
「……ああっ、もう世界平和とかどうでもいい。魔王を倒すのも面倒くさい。今日はもう、縁側で麦茶でも飲んで寝よう……」
アーサーはモップ(聖剣)を放り投げ、へらへらと笑いながら廊下に寝転がった。
「うにゅにゅっ」
次にうにゅが向かったのは、厨房で仕込みをしていた魔王だ。
「フハハ、我の特製スパイスの調合は完璧……って、おおっ!? な、なんだこの包み込まれるような安心感は……! 争いなど無益。今日の夕食は、生野菜の丸かじりで良いではないか。自然の恵みに感謝……」
魔王はエプロンを外し、裏山に向かって合掌し始めた。
(……ヤバい。こいつら、完全に「闘争心」と「労働意欲」を抜かれて骨抜きにされてる!)
俺は、パニックになりながら帳場へと急いだ。
従業員が働かなければ、宇宙一の温泉宿は回らない。頼みの綱は、超ド級のワーカホリックである若女将、アイリスだけだ。
(アイリス! 大変だ、うにゅのヤツが従業員のやる気を根こそぎ食べて――)
俺が帳場に飛び込むと、そこには信じられない光景があった。
『……あぁ、ナルセ。おかえりなさい』
いつもは売上の計算で血走っているはずのオッドアイが、とろんととろけている。
アイリスのアバターは、膝の上に「うにゅ」を乗せて、ただひたすらに頬擦りしていた。
『お金なんて、ただの金属と紙切れじゃない……。宇宙一の評価? そんなのどうでもいいわ。ねえナルセ、もう宿屋なんて閉めて、ずっと一緒に縁側でお昼寝しましょ……? 私は、あなたとこの子がいれば、それでいいの……』
(ツンデレ魔剣から「ツン」が消滅してる!? ただの限界まで甘やかしてくる「メガデレ魔剣」になってるぞ!!)
どうやら、うにゅの放出する強力なマイナスイオンは、アイリスが抱えていた「女将としてのプレッシャー」すらも完全に浄化してしまったらしい。
旅館の機能は、完全に停止した。
客の天竜までが『フワァァ……空飛ぶのダルい。ここで一生温泉に浸かっていたい……』と巨大なアゴを湯船に乗せていびきをかいている。
俺だけが正気を保っているのは、俺自身がスライムであり、かつ宇宙の魔力を取り込んだギャラクシーボディのおかげで、うにゅの能力が同調・相殺されているからだ。
(まずい。このままじゃ、全員が究極のニートと化して旅館が倒産する!)
俺が一人で客室の掃除から厨房の火の番までを高速でこなしていると、上空の星間ゲートが再び強い光を放った。
ピコォォォンッ!
(……来た! 待ちに待った「持ち主」のお迎えだ!)
光の中からフワリと降りてきたのは、俺と同じボールサイズの、しかし透明感のある水色のスライムだった。
なぜか、そのスライムの背後には、黒いコートを着た悪魔や、鬼の角を生やした侍のような、とんでもなく強そうなオーラを放つ魔物たちが数人控えている。
『あ、どうもー! 初めまして。僕、手紙を送った別の世界のスライムです! うちの「うにゅ」がご迷惑をおかけしましたー!』
水色スライムが、のんびりとした念話を飛ばしてくる。
言葉遣いは丁寧だが、俺のギャラクシー・センサー(謎)が激しく警鐘を鳴らしていた。
こいつ……ただのスライムじゃない。内包している魔力量が、俺の完全体(神聖・スライム・エクスカリバー時)と同等、いやそれ以上かもしれない。
(あんた、本当にただのスライムか? 後ろの護衛、魔王軍の幹部みたいな凄みがあるぞ)
俺が警戒しながら尋ねると、水色スライムはアハハと笑った。
『いやー、実は僕、こっちの世界で言うところの「魔物の国の盟主(王様)」みたいなことをやってまして。毎日書類仕事と会議ばっかりで、疲れたなぁって思ってたら、うにゅが時空の穴に落っこちちゃって』
なるほど。別の次元にも、スライムのくせに過酷な労働(国政)を強いられている同業者がいたのか。
俺は一気に親近感を覚え、触手を伸ばして水色スライムの体をポンポンと叩いた。
(わかるぜ。俺も最初はのんびり温泉に入りたかっただけなのに、気づいたら宇宙一の宿のオーナーにされて、神様やらエイリアンやらの接客で毎日残業だ)
『ですよねー! スライムの体って便利だから、周りがどんどん仕事振ってくるんですよね! お互い苦労しますね!』
二匹の(規格外に強い)スライムは、次元を超えた「管理職の愚痴」で意気投合し、謎の熱い友情を交わした。
『あ、そうだ。これ、お礼の品です!』
水色スライムがポンッと体から何かを吐き出した。
ドスゥゥゥン! と凄まじい地響きを立てて裏山に現れたのは、山のように巨大な「災厄級・大地の竜の霜降り肉」だった。
ファンタジー世界の常識を破壊するほどの、極上の魔力と脂が乗った最高級食材だ。
「……な、なんだこの肉はァァァァッ!!?」
その凄まじい匂いと魔力に反応し、厨房で生野菜をかじっていた魔王が弾かれたように飛び出してきた。
「この完璧なサシ! 圧倒的な生命の躍動! 料理人(魔王)としての血が騒ぐわ!! 勇者よ、極大火力の魔法で炭をおこせ! すぐに全次元BBQの準備だ!!」
「おう!! 俺の聖剣(串焼き用)の出番だな!」
『お金の匂い……じゃなくて、最高のおもてなしの匂いがするわ!』
極上の肉を見た瞬間、アーサーも魔王も、そしてアイリスも、うにゅのマイナスイオン効果から一瞬で正気(元のワーカホリックな状態)へと引き戻された。
その日の夜。
俺たちの旅館では、次元を超えてやってきた水色スライム一行を歓待する、超豪華な焼肉パーティーが開催された。
魔王が絶妙な火加減で焼く大地の竜の肉は、口に入れた瞬間にとろけ、星屑の温泉で冷やしたエールとの相性は最高だった。
「うにゅ~♪」
うにゅも、アイリスのアバターの膝の上で、美味しそうに焼肉の切れ端を食べている。
『いやー、本当に素晴らしい温泉とご飯ですね! うちの国にも温泉はあるんですけど、宇宙の彗星から源泉を引くなんて発想はなかったです』
水色スライムが、感心したように露天風呂を見上げている。
(いつでも遊びに来いよ。同業者なら、特別にVIP料金(割引なし)で泊めてやるからさ)
『アハハ、それは怖いな。でも、いつかうちの国と次元間貿易のルートを繋ぎたいですね! その時はよろしくお願いします!』
翌朝。
水色スライムと護衛たち、そしてうにゅは、星間ゲートを抜けて彼らの次元へと帰っていった。
「うにゅ~! ばいばーい!」
うにゅが最後にプニッと手を振ると、アイリスが少しだけ寂しそうに目を伏せた。
『……行っちゃったわね。本当に可愛い子だったのに』
(まあな。でも、あいつがずっといたら、うちの旅館は永遠に休業状態だったぜ。今日からまた、バリバリ働いてもらうからな、若女将)
俺がギャラクシー柄の体をでろーんと伸ばしてからかうと、アイリスのオッドアイがキッと吊り上がった。
『当たり前よ! 昨日1日休業した分の赤字、今日で一気に取り戻すんだから! ナルセ、まずは大浴場の掃除! 終わったら天竜の背中のワックスがけ!』
「うおおおお! 俺も薪を割るぞ!!」
「フハハハ! 今日のランチは魔界風激辛カレーだ!!」
静まり返っていた旅館に、再びカオスで活気に満ちた喧騒が戻ってくる。
(やれやれ……やっぱり、この慌ただしさがないと、うちの宿って感じがしないな)
宇宙一の認定を受けようが、別次元の魔王スライムと友だちになろうが、俺のやることは変わらない。
お客様を極上の温泉で癒やし、自分も空いた時間にこっそりと湯に浸かってふやけることだ。
俺は掃除道具(酸と粘着糸)を構えながら、青空に浮かぶ星間ゲートに向かって、ぽこんと気合の空気泡を鳴らした。
ぬるりぬるりするぞ。
押せッ!!




