秘法
ぬるりぬるりぬるりぬるりぬうりぬるりぬるりぬるりぬるりぬるり
「……脱衣所の方から聞こえたよな、今の」
俺は、湯船からぽよんと飛び出し、濡れた床を滑るようにして脱衣所へと向かった。
アイリスのアバターも、売上金の計算を中断して俺の隣に並ぶ。
『ええ。泥棒だとしたら、ただじゃおかないわよ。私たちが宇宙の果てまで追いかけて、身ぐるみ剥いでやるんだから』
(お前、すっかり金にがめつい女将になっちまったな……)
警戒しながら脱衣所の引き戸を少しだけ開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
脱衣所のカゴの中に、真っ白で、マシュマロのようにフワフワした、スライムのような謎の軟体生物がすっぽりと収まっていたのだ。
「うにゅ~?」
そいつは俺たちと目が合うと、嬉しそうに体をぷるんと震わせた。
「……なんだこれ? 新種のスライムか?」
俺が恐る恐る触手を伸ばしてツンと突いてみると、その生物は信じられないほど柔らかく、俺の触手がズブズブと沈み込んでいく。ギャラクシースライムである俺の弾力すら凌駕する、圧倒的な「もちもち感」だ。
『……ちょっと、可愛いじゃない』
アイリスが目を輝かせ、思わずその「うにゅ」を抱き上げた。
「おい女将! 何か異変があったのか!?」
「我の暗黒レーダーが、未知の軟体エネルギーを感知したぞ!」
そこに、モップを持った勇者アーサーと、お玉を持った魔王がドタバタと駆けつけてきた。
「なんだその白い大福みたいな生き物は?」
アーサーが不思議そうに首を傾げる。
俺はさっき拾った「半透明な手紙」を触手で掲げた。
「どうやら、別の次元にいる『スライムの同業者』からの迷子らしい。この手紙に念が込められてるんだ」
俺が再び手紙に魔力を流すと、先ほどののんびりした声が空間に響き渡った。
『あ、続きですー。その子、名前は「うにゅ」って言います。時空の裂け目を見つけて遊んでたら、そっちに落ちちゃったみたいで。
すごくおとなしい子なんですけど、「ストレス」を食べて「マイナスイオン」を出すっていう、ちょっと便利な特技があるんです。
僕が迎えに行くまで、数日くらい預かってもらえませんかー? お礼に、こっちの世界の美味しい魔物の肉をいっぱい持っていきますので!』
「ストレスを食べて、マイナスイオンを……?」
魔王が、お玉を握りしめたまま「うにゅ」を凝視する。
「うにゅっ!」
白い大福が魔王に向かってポーンと飛び跳ね、魔王の顔面にピタッと張り付いた。
「むぐっ!? な、なんだ貴様、我の顔から離れ――……はぁぁぁぁぁ……」
魔王の顔面から、黒いモヤ(日々の厨房業務での疲労や、勇者が働かないことへの苛立ち)がスルスルと吸い込まれていく。
数秒後、うにゅが魔王から離れると、そこには「完全に憑き物が落ちた、菩薩のような笑顔の魔王」が立っていた。
「……勇者よ。我、なんだか世界が愛おしくなってきた。今日のお昼は、皆でピクニックにでも行かないか?」
「お、おう。魔王がめちゃくちゃ浄化されてる……!」
アーサーがドン引きして後ずさる。
『……素晴らしいわ』
アイリスが、ゴクリと生唾を飲んだ。
『ナルセ! この子がいれば、うちの旅館の「リラクゼーション効果」はさらに倍増よ! 持ち主が迎えに来るまで、特別VIPルームで最高の待遇でおもてなし(キープ)するわよ!!』
(いや、それ完全に「このままうちの宿で働かせよう」って顔してるだろ……)
かくして、異世界からやってきた謎の癒やし系スライム「うにゅ」は、持ち主が迎えに来るまでの間、スライム温泉郷の新たな臨時スタッフ(兼アイドル)として迎え入れられることになった。
(別の世界のスライム、か。一体どんな奴なんだろうな)
俺は、上空でキラキラと輝く星間ゲートを見上げながら、新たな同業者の来訪を少しだけ楽しみに待つことにした。
え。俺の役目は?知るか。




