開催
多元宇宙・宿泊施設評価委員会から『星雲五つ(ファイブ・ギャラクシー)』の認定を受けてからというもの、我が『スライム&ソード』は文字通り「次元の違う」忙しさに見舞われていた。
「オーナー! 第7宇宙からお越しの『機械生命体ご一行様』が、温泉の成分でショートしてバグってます!」
「勇者よ、彼らには『絶縁体コーティング入り・スライム源泉』を案内しろ! それと魔王、今日の夕食の『超時空マグロ』の解体は終わったか!?」
「フハハ! 我の暗黒次元斬で、見事なサクにしてやったわ!」
帳場では、スペース・エルフのステラ姫が、ホログラムの予約表と格闘しながらインカムで指示を飛ばしている。
そして俺は、床にでろーんと広がったまま、自身の触手を100本ほどに分裂させ、100人同時の「スライム・マッサージ」をこなしていた。
(……限界だ。定時退社どころか、これじゃ24時間365日フル稼働のブラック星間企業じゃないか……)
俺の意識が宇宙の彼方へと飛びそうになっていた時、パンッ!と甲高い柏手が鳴り響いた。
若女将――アイリスのアバターが、帳場の上に立ち上がり、目をキラキラと(いや、ギラギラと)輝かせていた。
『みんな、聞いて! うちの宿が宇宙一になって早数ヶ月……そろそろ、さらなる「起爆剤」が必要だと思うの!』
「「「起爆剤……?」」」
従業員一同が、嫌な予感に包まれて作業の手を止める。
『ええ! 名付けて、【第一回・多元宇宙大温泉フェスティバル】の開催よ!! 銀河中、次元中の屋台やパフォーマーをこの裏山に集めて、宇宙最大のお祭りをやるの! これで売上は今の100倍……うふふ、ふふふふっ!!』
(……アイリス、お前、完全に守銭奴の顔になってるぞ。かつての「孤高のツンデレ魔剣」の面影はどこに行ったんだよ)
俺のツッコミは、女将の圧倒的な熱量(と物理的な炎の魔力)の前に掻き消された。
かくして、俺たちの宿は通常業務と並行して、全次元を巻き込んだ前代未聞の「お祭り」の準備に追われることになったのだ。
フェスティバル開催まであと一週間。
準備にあたる従業員たちの能力は、過酷な労働環境(と宇宙レベルの客層)によって、もはや元のファンタジー世界の常識を遥かに超えるレベルにまで進化していた。
【元・勇者アーサーの場合】
「うおおおおっ! 薪割り奥義・次元断空波!!」
アーサーがモップの柄(に偽装した聖剣)を振るうと、空間そのものがパカーンと割れ、別の次元から無限に「最高級の薪」が降り注いでくる。彼は完全に『空間魔術を物理で発動させる薪割り職人』へとクラスチェンジしていた。
【元・魔王の場合】
「フハハ! 見よ、この『究極次元焼きそば』を! 暗黒の炎で炒め、星屑のソースで味付けした一品! クラーケンのゲソもたっぷり入っておるぞ!」
魔王はエプロン姿のまま、宇宙戦艦の装甲を加工した巨大な鉄板で、同時に1万食の焼きそばを作る『神速の屋台おやじ』と化していた。
【天竜の場合】
『フン……祭りの提灯など、我の吐息一つで十分よ』
天竜は上空を旋回しながら、ブレスの火球を空中で静止させ、旅館全体を照らす「無数のランタン」を作り出していた。精密無比な魔力コントロールである。
(……みんな、優秀すぎる。優秀すぎて怖い)
そして俺はといえば。
『ナルセ! フェス用の特大プールを作るから、あなたの体を貸しなさい!』
(え? 俺の体を貸すって、どういう……うわあああっ!?)
アイリスに捕まれた俺は、スライムの体を限界まで引き伸ばされ、裏山に掘られた巨大なクレーターの内側に「防水シート」として張り付けられた。
(俺、ついに建材扱いになったよ……。誰か、労働基準監督署……いや、銀河労働局を呼んでくれ……)
そして迎えたフェスティバル当日。
上空のアストラル・スライム・ゲートから、数え切れないほどの宇宙船、次元転移門、さらには隕石に乗ったままの客までが、次々と裏山の特設会場に降り立ってきた。
「いらっしゃいませー! マルチバース温泉フェスへようこそ!」
ステラ姫が、浴衣姿(スペース・エルフ仕様)で満面の笑みを振りまく。
会場は凄まじい熱気に包まれていた。
第8宇宙のエルフたちが射的(レーザーガン使用)で遊び、
暗黒星雲のオークたちが魔王の焼きそばを泣きながら食べ、
機械仕掛けのドワーフたちが温泉プール(※俺の体の上)でシンクロナイズドスイミングをしている。
『完璧ね……。私の計算通り、売上は天文学的な数字を叩き出しているわ!』
アイリスのアバターが、そろばん(神々の金属オリハルコン製)を猛烈な勢いで弾きながら、悪い笑顔を浮かべている。
(まあ、みんな楽しそうだし、たまにはこういうお祭り騒ぎも……)
俺がプール(防水シート状態)の底で安堵しかけた、その時だった。
ズギュゥゥゥゥゥンッ!!!
空のゲートが、本来の青白い光から、おぞましい「赤黒い光」へと反転した。
周囲の空間がガラスのようにミシミシとひび割れ、屋台の提灯がパリンと音を立てて消滅していく。
「な、なんだ!? 時空震か!?」
アーサーが聖剣を構える。
空のひび割れから這い出してきたのは、見たこともない化け物だった。
宇宙戦艦よりも大きく、無数の時計の針のようなウロコを持ち、その口は「空間」そのものを噛み砕いている。
ステラ姫が悲鳴を上げた。
「あ、あれは……伝説の『時喰らい(クロノス・レヴィアタン)』!! 次元が交わりすぎたせいで、時間の歪みに引き寄せられてしまったんだわ!」
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