日帰りバカンスはバカンスと言わない
えーなー(高音)
魔王が常連客(ならびに裏山でのテント暮らし)となり、勇者が正社員として雇用されてから、スライム温泉郷『スライム&ソード』は空前の大ブームを迎えていた。
連日連夜の満室。人間、魔族、エルフ、ドワーフ、果ては神獣までが入り乱れる大宴会。
「……死ぬ。スライムだけど過労死する。かつての社畜時代より働いてるぞ、俺……」
俺は、厨房の片隅でドロドロに溶けながら、100人前のカレー(魔王の好物)を煮込む鍋を触手でかき混ぜていた。
勇者アーサーは薪割りのしすぎで腕が丸太のようになり、魔王もなぜか「裏山から新鮮なイノシシを狩ってくる係」として謎の労働に従事している。
『……限界ね』
帳簿から顔を上げた若女将が、パタンとペンを置いた。
その美しいオッドアイには、経営者としての疲労と、従業員(主に俺)への労りが浮かんでいる。
『決めたわ。明日から三日間、当旅館は臨時休業とします! 全員で慰安旅行に行くわよ!』
「「「おおおおおっ!!」」」
厨房に、勇者と魔王の歓声が響き渡った。
「慰安旅行! いいですね女将! どこに行きましょう!? 温泉ですか!?」
『アーサー、あんたバカ? 毎日温泉に入ってるのに、なんで旅行でまで温泉に行かなきゃいけないのよ』
「あ、確かに」
『夏といえば一つしかないでしょ。――海よ!』
かくして、史上最強の宿屋メンバーによる、真夏のビーチバカンスが決定した。
翌日。俺たちは常連客である天竜の背中(特等席)に乗り、大陸の南端にあるリゾート地『コスタ・デル・マレ』へとやってきた。
「ヒャッハーーーッ! 海だあああ!!」
「フハハハ! 我が魔界には塩水などないからな! なかなか見晴らしが良いではないか!」
勇者アーサーと魔王が、筋肉隆々の水着姿ではしゃぎながら波打ち際へと駆けていく。
アイリスも、眩しい純白のフリル水着(アバターの服装は魔力で自由自在らしい)に着替え、パラソルの下で優雅にトロピカルジュースを飲んでいた。
(いやー、海風が気持ちいいな。温泉もいいけど、やっぱりリゾートは最高だぜ)
俺は青いスライムの姿のまま、砂浜をぽよん、ぽよんと跳ねて波打ち際へと向かった。
冷たい海水で体を冷やすのも悪くないだろう。
チャプン。
俺が浅瀬に体を浸した、その瞬間だった。
(……あれ?)
体の表面が、妙にピリピリする。
それだけではない。俺の体内の水分が、ものすごい勢いで外の海水へと引っ張られていく感覚に襲われたのだ。
ジュワワワワワッ……!!
(えっ!? ちょっ、まっ、体が縮む!?)
『ちょっとナルセ! 何やってるの! スライムが濃い塩水に入ったら、浸透圧で水分が抜けちゃうに決まってるでしょ!!』
パラソルの下からアイリスが悲鳴を上げて飛んできた。
ナメクジに塩。スライムに海水。
そんな理科の授業みたいな現象が、異世界で、しかも最強のスライムである俺の身に降りかかるとは。
(た、たすけ……!)
「おいスライム! 大丈夫か!?」
「オーナー! 今助けるぞ!」
勇者と魔王が慌てて海に飛び込み、すっかり萎びてテニスボール大にまで縮んでしまった俺をすくい上げた。
「……ふぅ。危うく『スライムの干物(塩味)』になるところだった……」
『バカバカバカ! 慰安旅行に来てまで心配かけさせないでよね!』
アイリスが半泣きになりながら、真水の入ったバケツに俺を放り込む。
ぷるん、と水分を吸収して元の大きさに戻った俺は、静かに悟った。
(俺のバカンス、これにて終了……。海、入れないじゃん……)
海に入れない俺は、パラソルの下でアイリスの膝の上という「特等席」に陣取り、冷えたスイカをかじりながら海を眺めることになった。
(まあ、これはこれで極楽だけどな)
『……もう。次勝手に海に入ったら、その場で凍らせてかき氷のシロップにするからね』
アイリスが文句を言いながらも、俺のぷよぷよした頭(?)を優しく撫でてくれる。
その目の前の砂浜では、とんでもない光景が繰り広げられていた。
勇者アーサーと魔王による、全力のビーチバレー対決である。
「いくぞ魔王! これが俺の夏合宿の成果だ! 『超・聖剣スパイク(ホーリー・スマッシュ)』!!」
「甘い、甘いぞ勇者よ! 貴様のスパイクなど、我が『暗黒絶壁ブロック(ダーク・イージス)』の前には無力!!」
ズドゴォォォォォォンッ!!!
ボールがぶつかり合うたびに、砂浜にクレーターができ、衝撃波で海が割れる。
もはやビーチバレーの皮を被った怪獣大決戦だ。
周囲の観光客たちは悲鳴を上げて逃げ出し、天竜は「うるさい奴らだ」と空の上で昼寝をしている。
(あいつら、日頃のストレスをあんな形で発散してやがる……)
『近所迷惑にも程があるわね。ナルセ、止めてきなさい』
(ええ!? 俺が!? あんな暴風雨の中に入ったら、今度は物理的に消し飛ぶぞ!?)
俺が及び腰になっていると、突然、海の方から不気味な地鳴りが響いてきた。
ザバーーーンッ!!!
割れた海の中から現れたのは、巨大な十本の触手を持つ、マンションほどもある巨大なイカの化け物――『大王烏賊』だった。
「「「キャアアアアッ!!」」」
逃げ遅れた観光客たちが絶叫する。
『愚カナ人間ドモヨ……我ガ眠リヲ妨ゲタ罪ハ重イ。貴様ラ全員、我ガエサトシテクレヨウ……!』
クラーケンが凄まじい威圧感を放ちながら、砂浜に巨大な触手を叩きつける。
だが、その触手の先には、ちょうどビーチバレーを中断された勇者と魔王が立っていた。
「……おい魔王。俺たち、せっかくの休日に水入りされちまったな」
「……全くだ勇者よ。我は今、非常に機嫌が悪い」
彼らは一切怯えることなく、むしろ目を血走らせていた。
そして、パラソルの下では、若女将が冷たい目で立ち上がり、俺を持ち上げた。
『ナルセ。今日の夕飯のメニュー、決まったわよ』
(……イカ焼き、だな?)
『ええ。極上のやつを、ね。』
アイリスのアバターがスッと消え、俺の体の中に「双極の星剣」が収まる。
俺は白金のオーラを放ちながら、勇者と魔王の前に躍り出た。
「アーサー! 魔王! あいつは敵じゃない、『食材』だ! 新鮮なうちに仕留めるぞ!」
「了解です、オーナー! 『勇者式・イカ捌き剣乱舞』!!」
「フハハ! 我の『地獄の業火』でこんがりと炙ってやろう!!」
クラーケンは、自分に向けられた殺意が「恐怖」ではなく「食欲」であることに気づき、顔色(?)を青くした。
そんな目をしないでくれタコよ。すべては敵を倒すためなんだ。せめて栄養になってくれ。
『マ、待テ! ワタシハ海ノ守リ神デ――』
「問答無用!! 【神聖・スライム・エクスカリバー(調理用)】!!」
俺の放った光の巨大剣が、クラーケンの触手を綺麗に輪切りにしていく。
勇者がそれを細かく刻み、魔王が絶妙な火加減で炙り焼きにする。
わずか3分後。
巨大なクラーケンは、砂浜に並べられた「大量の屋台のイカ焼き」へと姿を変えていた。
「う、うめぇぇぇ! 疲れた体に醤油ダレが染み渡るぜ!」
「魔界の魔獣より遥かに美味ではないか。やはり海産物は違うな」
その日の夜。
俺たちは、綺麗に平らになった砂浜(ビーチバレーの跡地)で、満天の星空を眺めながら海鮮バーベキューを楽しんでいた。
逃げ出していた観光客たちも「タダで極上のイカ焼きが食べられる」と聞いて戻ってきており、謎の大宴会が繰り広げられている。
(いやー、最高のバカンスだったな)
俺は元のスライムの姿に戻り、アイリスのアバターの隣で、魔法のクーラーボックスで冷やされたエールをちびちびと飲んでいた(体内に吸収していた)。
『……そうね。まあ、たまにはこういう騒がしいお休みも悪くないわ』
アイリスが、潮風に銀髪を揺らしながら微笑む。
『ねえ、ナルセ』
(ん?)
『私、本当にあなたに拾われて良かったわ。暗い洞窟の中で朽ちていくはずだった私が、こんなに笑える日が来るなんて、思ってもみなかったから』
彼女は少し照れくさそうに目を伏せ、俺の青いスライムの体を両手で優しく包み込んだ。
ひんやりとしたゼリーの感触と、彼女の手の温もりが混じり合う。
(俺の方こそ、お前がいなきゃ今頃ただの最弱スライムで終わってたよ。……これからもよろしくな、俺の最高の相棒で、若女将)
『……ええ。死ぬまで、いえ、死んでもこき使ってあげるわ!』
ツンデレな言葉とは裏腹に、彼女のオッドアイは優しく笑っていた。
翌日。
こんがりと日焼けした勇者と魔王、そして少しだけ塩水で引き締まった(?)俺たちは、天竜の背に乗って、自分たちの帰るべき場所――『スライム温泉郷』へと飛び立った。
明日からはまた、満室の宿を切り盛りする忙しい日々が始まる。
だが、この最強で最高のメンバーがいれば、どんなクレームも、どんな魔物の襲来も、ただの笑い話に変わるだろう。
異世界温泉スライムライフ。
「ぬるり」
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