有名ってのは辛いもんだ
序章完結
天空都市ゼファーでの死闘から一ヶ月。
湖に不時着した島を後にした俺たちは、大陸の中心に位置する『聖都サンクチュリア』へと足を踏み入れていた。
「……おいアイリス。なんか、やたらと視線を感じないか?」
俺はローブを深く被り、仮面の位置を微調整しながらヒソヒソと念じた。
白亜の石畳が美しい聖都の大通り。そこを歩く俺(魔術師リムの姿)に対して、道行く人々がヒソヒソと指を指したり、道を開けたりしている。
『気のせいじゃない? もしくは、私の隠しきれない高貴なオーラがローブを透過して……』
(お前のオーラなら、周りの人間が凍えるか燃えるかしてるだろ)
すると、巡回中の煌びやかな鎧を着た聖騎士たちが、俺の前にズラリと整列し、一斉に敬礼をした。
「おお……! 間違いない、あの不気味なローブに仮面! 迷宮都市エーテルを救い、火山都市イグニスで主を鎮めた伝説の冒険者……『神聖なる泥』のナル殿ですね!!」
(……うわぁ。二つ名、完全に定着してる)
噂というのは恐ろしい。エーテルでの活躍が尾ひれをつけて広まり、今や俺は「変装して世界を救う、高位の聖職者か何か」だと勘違いされているらしい。
「大教皇様が、あなた様の聖都へのご到着をお待ちしておりました! さあ、大聖堂へ!」
「……え? いや、俺はただの観光で……」
有無を言わさず、俺は聖騎士たちに両脇を固められ(ローブの中のスライムがムギュッと潰れそうになりながら)、街の中央にそびえ立つ巨大な大聖堂へと連行されてしまった。
大聖堂の奥、ステンドグラスから神々しい光が差し込む謁見の間。
そこには、白い法衣を着た大教皇と、祭壇に安置された「黄金の箱」があった。
「よくぞ参られた、ホーリー・スライムのナル殿。あなたの噂はかねがね」
「……恐縮だ」
低い声(アイリス駆動)でハッタリをかます俺の体内で、アイリスがかつてないほど激しく脈打っていた。
『ナルセ! あの箱の中! 私の最後のパーツ、【星核の宝玉】よ!』
(やっぱりか! でも、あんなガッツリ国宝扱いされてるもの、どうやって手に入れるんだよ!)
大教皇が厳かに口を開く。
「実は、あなたをお招きしたのは他でもない。この箱に封じられた『神の宝玉』が、数日前から突如として暴走を始め、聖都の結界を狂わせているのです。あなたの持つ強大な浄化の力で、これを鎮めていただけないだろうか」
(……浄化っていうか、アイリスが「本体だ! 早く合体させろ!」って共鳴して暴れてるだけだな、これ)
『失礼ね! 暴走してるんじゃないわ、呼び合ってるのよ!』
俺が祭壇に近づこうとした、その時だ。
パリンッ!!!
大聖堂の美しいステンドグラスが、外からの凄まじい衝撃で粉々に砕け散った。
「な、何事だ!?」
聖騎士たちが剣を抜く。
ガラスの雨と共に降り立ったのは、黒い泥と機械が混ざり合ったような、おぞましい異形の怪物だった。
いや、怪物ではない。その顔の半分には、見覚えのある「狂気の隻眼」が張り付いていた。
「ハハハハ!! 探したぞ、私の愛しい魔剣! そして忌まわしきスライムよ!!」
(……嘘だろ。あいつ、どんだけしぶといんだよ!!)
『ギデオン!? 天空から雲海に落ちて、どうして生きてるのよ!?』
ギデオンはもはや、人間の形を保っていなかった。執念だけで迷宮の魔物の死骸と機械パーツをかき集め、自身の魂を「怨念の集合体」として定着させたらしい。
「あの宝玉と君の本体が揃うこの瞬間を、泥水を啜って待っていたのだ! さあ、すべてを私に捧げたまえ!」
ギデオンの体から伸びた無数の黒い触手が、聖騎士たちを次々と吹き飛ばしていく。
大聖堂は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。
「教皇様、逃げてくれ!」
俺はローブを脱ぎ捨て、青く透き通るスライムの姿を晒した。もはや正体を隠している場合ではない。
「ナル殿の中身が、ス、スライム……!? なぜ!?」
「細かいことは後だ! 結界を張れ!」
俺はスライムの体をドーム状に広げ、ギデオンの放つ瘴気を【双極領域(フレイム&フロスト)】で中和する。
炎と氷の壁が、黒い泥の触手を焼き、凍らせていく。
「無駄だ! 今の私は、君のパターンをすべて学習し、さらにこの星の『負の魔力』を吸収した完全生命体だ!」
ギデオンの怨念が実体化し、巨大な黒龍のような姿へと変貌する。
その圧倒的な質量と魔力に、俺の展開した氷炎の壁がミシミシとひび割れ始めた。
(くそっ! 重い、魔力が桁違いだ……! アイリス、このままだと押し潰される!)
『ナルセ! 祭壇の箱を開けて! 最後の宝玉を私に!!』
俺は結界の維持をアイリスに任せ、体の一部(触手)を限界まで伸ばして祭壇の黄金の箱に巻き付けた。
箱を強引に引き寄せ、フタをこじ開ける。
中には、銀河のようにキラキラと輝く、手のひらサイズの美しい宝玉が収められていた。
「させんッ!! それは私のものだ!!」
ギデオンの触手が宝玉めがけて殺到する。
(アイリス、口を開けろ! ……って、お前に口はないけど!)
俺は宝玉をゼリーの体内に引きずり込み、アイリスの刀身の付け根――ポッカリと空いていた最後の窪みへと、勢いよく押し込んだ。
カチッ。
その瞬間、世界から「音」が消えた。
《 聖遺物『双極の魔剣』の最終パーツ【星核の宝玉】を結合しました 》
《 システム修復完了。セーフティロックを解除。真名『双極の星剣・アイリス』を解放します 》
俺の体が、内側から爆発的な光に包まれる。
青いスライムの体は、透き通るような白金の輝きへと変異し、体内に浮かぶアイリスは、もはや剣というより「光の柱」のような神々しさを放っていた。
『……ありがとう、ナルセ。あなたが私を拾ってくれたから、私は私のままで、完全になれたわ』
脳内に響くアイリスの声は、いつものツンデレな響きではなく、女神のように優しく、そして力強かった。
(……ああ。これでやっと、ストーカーと縁を切れるな)
『ええ。一緒に吹き飛ばすわよ、私のマスター!』
俺は白金に輝くスライムの体を、アイリスの光の刃に沿って再構築した。
スライムそのものが「剣のオーラ」となり、かつてない超巨大な光の剣が現出する。
名付けて、【究極奥義:神聖・スライム・エクスカリバー】。
「バ、バカな……そんな光、私の計算には……!!」
ギデオンが恐怖に顔を歪め、黒龍の全魔力を込めた極太の闇のブレスを放つ。
だが、遅い。
「これで……定時退社だァァァッ!!」
(『消え去りなさい!!』)
俺とアイリスの意思が完全にシンクロし、大聖堂の天井ごと、ギデオンの放つ闇のブレスを真っ二つに切り裂いた。
白金の光がギデオンの黒い泥を浄化し、構成していた機械パーツを光の粒子へと分解していく。
「あ、あああ……私の、究極の……愛が……」
光の奔流に飲み込まれながら、執念のストーカー錬金術師ギデオンは、今度こそ完全に消滅した。塵一つ残さずに。
少しでもいいと思ったら、ブックマーク、「☆☆☆☆☆」をお願いいたします




