混浴無効化の魔法。
そんな魔法いらない。
「あちちちっ!! 溶ける! 焦げる!」
俺はスライムの体をスライム・エクスプレス(ソリ状態)に変形させ、溶岩の池の縁を猛スピードでスケートのように滑りながら回避した。
だが、アイリスの冷気による防御も限界に近い。周囲の温度が高すぎて、放った氷の鞭も届く前に蒸発してしまう。
『ナルセ! 遠距離攻撃は無理よ! 直接あいつの胸に私を突き立てて、魔力を吸い出すしかないわ!』
(無茶言うな! あいつの体、何度あると思ってんだ! 近づく前に俺が水蒸気爆発を起こすぞ!)
焦る俺の脳裏に、一つのクレイジーなアイデアが閃いた。
(……待てよ。スライムの「消化吸収」と、お前の「絶対零度」を組み合わせれば……!)
俺は溶岩の池の縁ギリギリで立ち止まり、ローブを脱ぎ捨ててスライムの姿を晒した。
そして、イフリートが最大火力の火炎ブレスを吐き出そうと息を吸い込んだ瞬間――。
俺は自ら、その火炎ブレスの中に飛び込んだ。
『ちょっとナルセ!? 何考えてるの!!』
(俺を信じろ! 【限界硬質化】+【酸弾:最大出力】!!)
俺は自分の表面を極限まで硬い氷と鉄の膜で覆い、同時に体内から「超高濃度の消化液」を前方に噴射した。
消化液がブレスの超高温とぶつかり、凄まじい水蒸気爆発を引き起こす。
その爆発の反動を利用して、俺はイフリートの胸元へとロケットのように突撃した。
「いっけえええええ!!」
俺の体が、イフリートの胸の岩盤に激突する。
スライムの表面がジュワアアと焼け焦げ、体がどんどん縮んでいく。痛覚はないが、命が削られているのがはっきりと分かった。
(アイリス!! 今だ!!)
『――【絶対零度・コアパージ】!!!』
俺の体内に隠していたアイリスの刀身が、巨人の胸の奥底、紅蓮の鍔へと深々と突き刺さった。
ピキィィィィンッ……!!
相反する極寒と灼熱の魔力が衝突し、マグマ溜まりの空間全体が白くフラッシュした。
次の瞬間、イフリートの巨体は内側から急速冷凍され、黒曜石の彫像のように固まったかと思うと、音を立てて粉々に崩れ去った。
魔剣の進化
《 聖遺物『双極の魔剣(破損)』のパーツ【炎熱の鍔】を回収・結合しました 》
《 固有スキル【氷雪世界】が【双極領域(フレイム&フロスト)】へ進化しました 》
《 スライムの耐性スキル【熱無効】【マグマ遊泳】を獲得しました 》
マグマが急速に冷え固まり、元の静かな地底湖へと戻っていく。
その中央で、俺の体の中にあったアイリスの刀身に、美しい紅蓮の鍔がガシャンと合体した。
冷気と熱気が混じり合う、不思議で心地よい魔力が全身を満たしていく。
『……ふぅ。無茶苦茶な戦い方するのね、あなたは』
(お陰で体がポカリの缶サイズまで縮んだよ。でも、勝ったんだろ?)
『ええ。これでこの火山の魔力も正常化するはずよ』
俺は小さくなった体でぷるぷると震えながら、勝利の喜びよりも「あること」への期待で胸を(ないけど)膨らませていた。
翌日。
イグニスの街には、歓声と活気が戻っていた。
火山の異常が収まったことで、マグマ化していた源泉が、見事な効能を持つ最高の温泉へと戻ったのだ。
「いやあ、まさか魔術師リム様があの主を討伐してくださるとは! これは街を挙げての恩返しをさせてくだせえ!」
ギルドマスターや市長から大量の報酬とVIP待遇を約束された俺は、夜になってようやく、誰もいない最高級宿の「貸し切り露天風呂」へと足を運んだ。
「……ふひぃ」
俺はローブを脱ぎ、スライムの姿のまま、湯船の縁から「でろん」と温泉へと滑り落ちた。
チャプン……。
適度な温度。硫黄の心地よい香り。
スライムの体が温泉の成分を吸収し、戦闘で縮んだ体積がみるみると回復していく。
それだけでなく、魂の底から溜まっていた現世での社畜の疲労、異世界に来てからの逃亡ストレスが、すべて湯気と共に空へと溶けていくようだった。
(……最高だ。これのために俺は異世界に来たんだ……)
洗われてゆく……。しみじみするぅっ。
スライムなので溺れる心配はない。俺は水面と一体化するように体を平たく広げ、温泉の表面に青いゼリーが漂う謎の光景を作り出していた。
『……ねえ、ナルセ。剣を温泉につけるの、やめてくれないかしら。錆びたらどうするのよ』
俺の体内にいるアイリスが、呆れたような声で文句を言う。
俺は新しいスキル【熱無効】のおかげで平気だが、アイリスにとってはただのお湯だ。
(いいだろ、お前も一緒に温まれよ。伝説の魔剣の湯治なんて、誰も見たことないぜ)
『バカなこと言わないで。……まあ、でも』
アイリスの放つ魔力が、ほんの少しだけ和らいだのが分かった。
『悪くないわね。こういう静かな時間も』
二つの月が照らす夜空の下。
湯煙に包まれながら、俺とツンデレ魔剣は、異世界で初めての「完全な安らぎ」を味わっていた。
こうして、俺の異世界温泉旅行(物理)は大成功に終わった。
……だが、アイリスの破片はまだ残っている。
ストーカー錬金術師ギデオンの影も、完全に消えたわけではない。
「ま、明日からまた頑張るか。今日はもう、ふやかしてくれ……」
温泉に溶けゆくスライムのつぶやきは、夜風に吹かれて静かに消えていった。
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