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六話 邂逅と危機

 犬島は翌日から、青春の否定に躍起になった。


 中間テストを控えているということもあり、朝長は土谷と一緒に勉強していたりするのだが、少しでもいい感じになろうとすると、犬島の眼光が鋭く光る。

 まあ、いつものように猫の鳴き声を真似るだけなんだけど。いやバリエーション少ないな。もっとこう……あるだろ。否定っつーか最早邪魔だし。


 でも効果はあるようで、いい感じになっても雰囲気が壊れ、少なくとも校内ではその先に至るまではなかったらしい。


 そうして、その日の放課後。


「名前は土谷周真(つちたにしゅうま)。一年B組、サッカー部。頭脳はそれなり。中学の時に県内の強豪校から声がかかるほど、サッカーの実力を有している。外面的な人当たりは良く、友達も多い。顔も相まって女子からの人気が高いが、素行不良の噂が中学時代からしばしば(まこと)しやかに囁かれている……ざっとこんなところだな」


 裁判官もかくやといった感じで、犬島はA4の紙を見ながら情報を言いあげた。


 無言で俺が頷くと、彼女は紙をほっぽった。


「まあただ、噂程度だし教師陣からの評価は高い。表面的な情報だけなら顔、成績、運動神経、性格と四拍子揃った優良物件。こいつを切り崩す方法は……さて、どうするか……」


 一通り情報を言い終えると、彼女は顎を左手の親指でカリカリと掻きながら独り言を呟き始めた。以前ノートの違和感を見破ったときに見せたあの動作だ。きっと思考するときの彼女の癖なのだろう。


「……なるべく早く……傷の深さ……最短ルート……妹? 妹か……いや、それは違う……そっちか……」


 犬島の独り言を尻目に、俺は思考する。

 あれから朝長に何回か話しかけられたが、どういう顔をすればいいか分からなくて曖昧な態度を取り続けている。俺が意識するのもおかしな話だが。


「……ウツケがすること……場所、時間は……そのためには……中々骨が折れるな」


 彼女が導き出した結論は複雑なものらしい。しかし、その頭の中には計画書が着々と記されていっている。てか犬島の中では俺の呼び名ウツケで確定してんのか。一応日暮狼夜(ひぐれろうや)っていう名前があるんだけどな。


 俺はお茶を一口飲んでから、重い口を開いて犬島に問う。


「……俺は何をすればいいんだ?」


「あー、てめえは……明後日、指定された時間に指定された場所にいればいい」


 元を辿れば俺のくだらない恋愛感情が原因でもつれた痴話喧嘩だ。それなのに出会ってまだ三日の分際で何から何まで世話になるのが申し訳なくて、俺は言葉に詰まる。


「……他に何かできることは?」


「あ? ねえよんなもん。私の指示に従って、あとは大船に乗ったつもりでいろ」


 その頼もしい上にありがたい返答に、しかし俺は胸を痛ませつつ更に疑問をぶつける。


「……なんで」


「は?」


「なんでそこまでしてくれるんだ? まだ出会って三日とかだろ。俺らは。なんで……」


 その疑問に、犬島は視線を動かして少し思案を巡らせる。彼女にとって、俺は無償で動く使い勝手のいい駒でしかないはずだ。それなのに、こんな面倒な事案を抱えた俺を助けてようとしてくれる。その真意を探りたいのだ。


 ややの沈黙があって、彼女は口を開いた。


「これはてめえ関係なく私の人生観の問題だ。私はさ……ウツケみたいに、道徳的に正しい行いをしたやつが報われないのが嫌なんだよ」


「……!」


「ひいてはその功績を横取りするような奴はしばかれて当然だ。ぜってえ、てめえは報われるべきだし、土谷は罰を受けるべきだ。すべからく、な」


 そこに俺は、犬島の芯の強さを見た。彼女はただ単に暴言を吐きまくる人間ではない。根底に美学をしっかりと携え、その美学に基づいて行動しているんだ。


「……ありがとな」


「……てめえに感謝されるとなんか気持ち悪いな。黙ってろ」


 ……まあ、気持ち悪いとかてめえとかウツケ呼ばわり含め口は悪いけど。感謝した俺がバカだった。


 犬島はその言葉よろしく物騒な顔つきになり、話題を切り替える。


「土谷に関しては、復讐劇の脚本は既に仕上がってる。ああいう頭ちゃらんぽらんな低知能な生命体は、人に聞かれるべきでない話をべらべらと教室内でするからな。万が一、今の計画が頓挫しても、第二第三の手があるから安心しろ」


 酷い言われようだ。いいぞ、もっと言ってやれ。てか土谷も一応頭がいいB組在籍なんじゃないのか。低知能呼ばわりされてるぞ。


「しましまあ、よく人の会話なんか覚えてるな」


 感心するように俺が言うと、彼女は興味なさそうに口を開いた。


「ふん。てめえと違ってこの頭脳にかかれば、何年何月何日、何時何分何秒に誰が何を話していたか探るなんて朝飯前だっつーの」


 まるで仮面ドライバーダボウに出てくるライクホースというキャラの設定みたいだ。俺は得意気な犬島の声を話半分で聞き流しつつ、窓枠に切り取られた窮屈な風景を眺める。


 視界に映る夕映えは何度見ようと綺麗だ。澄んだ空の曖昧な境界線の向こう側に、一日の終わり際を克明(こくめい)に照らし続ける。

 これから訪れる夜を耐え凌げば、そこには朝が姿を現すはずだ。


 それを信じて、俺は瞑目した。大丈夫。


 きっと、大丈夫。



×



 翌日。木曜日は授業が七時間あるゆえ、ホームルームが終わるのは十七時を過ぎる。チャイムが鳴ると同時に俺は荷物を背負って、教室の後方のドアから退室する。


 芸術棟へ向かう道すがら、B組の前を通りかかったタイミングで、俺はいつものように足を止めかけた。


 これまで話しかけられてもギクシャクしてただけなのに、何を考えているのだろう。明日までの辛抱じゃないか。今彼女と会えたところで脳に損傷を負うだけだ。


 そう思って足早に立ち去ろうとしたとき、俺はその声に呼び止められた。


「日暮くんじゃん。やっほー」


 その声は紛れもなく朝長だった。

 損傷を負った脳みそが回復するような気分を味わう。朝長によって損傷を受け、朝長によって回復するとかどんなサウナだよ。嫌すぎるだろ。


 心の中でそう冗談めかしてないと、つい心の奥底に埋め込んだ本心が爆発してしまいそうだ。


「……あー、うん……」


「最近あんま話してくれないじゃん。どうしたの?」


 相変わらずギクシャクとした返事しかできないせいで、心配までかけさせてしまっている。こんな自分が嫌になる。俺がもっと強い人間であったなら、こんなふうにはならないのに。


 そこに、もう一人分の足音。


「誰? その人」


 少し敵愾心を含んだ威圧的な声が耳に届き、俺は目を見開いた。体が拒否反応を示していたるところが強張り、一気に臨戦体制へと変わり果てた。


 その声の主は朝長の背後から現れ、俺を侮蔑するように見下してきた。その金髪を忘れるはずがない。


 土谷。紛れもない俺の敵だ。


 ただ今は、俺の心でヘドロのように蓄積しているこの憎悪を気取られてはいけない。明日、これは解決するのだから。


「あ、土谷くん。この人は……」


「D組の日暮です。朝長さんの……ただの知り合いですよ」


 とにかく、今は彼の機嫌を損ねるわけにはいかない。俺は対外的なお面を被って、礼儀正しく接する。


「ふーん……」


 いまいち納得していなそうな表情で、俺を品定めするような曖昧な返事をよこす。こいつ朝長には明るく接するのに俺に塩対応すぎるだろ。殺すぞ。おっといけない。つい本心が。


「中学が同じでね。ああ、えっと日暮くん。この人は」


「いや、なんとなく知ってるから大丈夫だよ」


「あー……そう?」


 土谷の説明を朝長の口からは聞きたくなくて、つい遮ってしまった。他クラスの人間のことを をなんとなく知っているというやや奇怪な状況が出来上がり、ちょい気まずい。


「まあいいや。あれ、朝長はなんか用事があるって言ってなかった?」


 俺の言動に興味がない土谷は話題を切り替える。彼が朝長の用事のことを知ってることで、俺は劣等感を刺激された。ちくりと、普段とは異なる胸痛を覚える。


「あ、そうだった! ごめん、また明日! 日暮くんもまたね?」


 去り際に彼女は俺のことも気にかけてくれた。ふう。なんとかことを荒立てずに済んだなと思い、俺は部活に向かおうと足を進めようとした。


 その時。


「……ちょっと来い」


「……え?」


 肩を掴まれ、不快かつ横暴な声が耳を(なぶ)る。触んじゃねえ肩甲骨が腐るだろうが。

 と思いつつも、あくまで俺は表情を崩さず、さまざまな感情を濾過して、戸惑いのみを彼にお届けする。


「来いっつってんだ」


 明らかに不機嫌をはらんだ声で、土谷は俺に命令してきた。逆らうと面倒だ。俺は彼の後をついていく。念の為、スマホの電源を入れて……


 ……

二十時半にもう一話投稿されます

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