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三話 逆張りお姫様は屁理屈をこねる

 翌る日。朝ぼらけの眠気を歯磨きと洗顔で排水溝に流す。それでも覚醒しない脳をパンとコーヒーで無理やり寝床から引き剥がしつつ、情報番組のジャンケンでまず一敗を喫した。なんか昨日から負けてばっかだな、俺。

 両親はすでに出勤したらしく、テレビの音のみが響くリビングには俺一人しかいなかった。


 朝飯が終われば支度だ。何度腕を通したか分からない制服の袖。ズボンを履き、髪をなんとはなしにセットして社会的人権を確保する。


 黒いリュックを見やる。最早俺は置き勉をマスターしているので、教科書は学校のロッカーに置いてある。鞄の中身はノートとか弁当とか体操服等だけだ。

 エスデージーズが叫ばれる昨今に()いて、この省エネな行動は至って合理的といえる。誰一人取り残されない世界の中でたった一人取り残された、俺のささやかな反抗だ。


 やたらと軽いそれを背負って、玄関のドアを開ける午前七時半過ぎ。秋が深まった季節は、不安定な空模様を半球状のキャンパスに描いていた。

 時代柄不適当かもしれないが、女心と秋の空なんて言い回しを思い出す、そんな空だ。


 そうしてまた、俺の不変的な一日が始まるのだった。


 来る放課後を除いては。



×



 つつがなく帰りのホームルームまで終えて、自由を手にするはずの放課後。俺は彼女の束縛により、お望み通り、芸術棟二階の空き教室に向かっていた。


 我らが県立守江(もりえ)高校。一学年あたり七クラスあるそこそこの人数規模と、それなりの進学実績が特徴の高校だ。

 校舎が漢字の『旧』のような形をしており、『日』の部分の三本線に一年生棟、二年生棟、三年生棟が配置されている。音楽室や美術室等が集まっている芸術棟は、『旧』でいうところの左側の棒だ。


 余談だが、この高校にはA組からG組までの七クラスがあり、A組は理数科、あとはアルファベットが早い順に偏差値が高い……と噂されている。

 そして、彼女はB組在籍だ。その噂が本当なら、彼女はあんな見た目、言動及び噂とは裏腹に、相応に頭が良いということになる。彼女の耳にこの評価が届くと怒られそうだから、内心に留めておく。元より口を滑らせるような存在もいないが。


 俺が在籍する、頭脳レベル中のちょい上ことD組から芸術棟までは、歩くとなると中々に骨が折れる。階段を降り、南に向かって廊下をしばらく歩く。今はその最中だ。


 窓から中庭を見やると、ベンチに座って楽しそうに談笑するグループがいた。普段だったら心の中で非道徳的な言動をとっていたが、強制的とはいえ放課後に予定があるということが、少しだけ心に余裕をもたらしていた。

 いよいよ俺もリア充の仲間入りだぜ。但し、十秒に一回暴言吐いてくる奴が相手だけど。


 ……どこに充実要素があんだよ。



×



 その棟は名前の通り、芸術的なことを行う教室が多く配置されている。ゆえに廊下や階段の移動中、吹奏楽部の練習の音がうっすらと聞こえる。


 芸術棟の二階、空き教室。かつては一年生の教室として使われていたらしいが、今は物置になっていると犬島から聞いた。ここであっているか、と何度か札を見直す。


 ドアの窓は磨りガラスになっており、中を覗くことは叶わない。この向こうに彼女が既にいるのかは分からないが、もし待たせていたらまた罵詈雑言の嵐を喰らうことになる。それは嫌なので、場所の是非の不安もそこそこに、俺はドアの取っ手に手をかけた。


「おせーぞ。てめえは蝸牛(かたつむり)か」


「……前世はそうだったかもな」


 反射的に軽口で返してしまった。

 ドアを開けて開口一番に暴言が飛んできて、場所が合っていたことを確認した俺は少し安堵してしまった。いやなんでだよ。普通に視認して安心しろよ。


 犬島は会議机の上に荷物を置いて、椅子に腰掛けて文庫本を読んでいた。しっかり本を読んでてどうして口調が罵詈雑言のオールスターになるのか、俺には理解できない。


 何か軽く話した方がいいかと、俺はなけなしの頭を捻ってから口を開く。


「あー……テスト勉強進んでる?」


「んなもんする必要なんかねえだろ。てめえみたいに頭オッパッピーな奴ならともかくな」


 どうやら彼女の脳内の辞書に世間話という三文字は記されていないらしい。どんな欠陥辞書だよ。出版社はどこだよ倒産しろ。あとオッパッピーはちょっと古いだろ。そんなの関係ないけど。


「私はしなくたって別段成績が落ちるこたあねえしな」


「それはそれは、ご大層な自信だな」


 犬島は綺麗な紺色の髪を手で払いつつ、自信満々に言ってのけた。冗談のようには聞こえず、かといって不思議と嫌味のようにも聞こえなかった。


 右手の窓から西陽が差し込んで、今なお揺れるその紺色の髪を穏やかに照らし始めた。橙と紺のコントラストは、少し不安になるような、まさにこれから訪れる夜になりかけの夕映のようだ。


 幻想的な光景も束の間。彼女は仕切り直すように本を閉じて、すくりと立ち上がった。


「まあそんなんはどうでもいい。昨日の続きだ」


「……お手柔らかに、な」


「とりあえず、戸を閉めろ」


 彼女は俺にドアを閉めるよう指示してから、置かれていた移動式のホワイトボードを、ドアから見て正面に設置した。どうやらこれに色々と書いていくらしい。


 俺は手頃な椅子を持ってきてその前に置き、着席する。校庭に面しているゆえ、開け放たれた窓からは運動部の練習の声が聞こえてきた。俺たちの間に流れる秋風は、やや湿気をはらんでいた。


「んじゃ説明していくぞ。『青春否定部』について」


 息を呑む。青春の否定とは、彼女にとって、ひいては俺にとってどんなものなのか。これからどう世界は変わっていくのか。腹の中がくすぐったくなる。俺は柄にもなく緊張しているのだろうか。


 俺が無言のまま頷くと、彼女はホワイトボードに、黒ペンで『青春』と二文字書いた。


「私はこれが嫌いだ。どういうわけか体験し損ねてしまって久しいが、外から見ていると碌なものじゃない」


「……」


「これを味わっている奴らなんてな、教室の真ん中でギャーギャー騒ぐわ、周囲に聞こえるように下ネタを話すわ、人の机を占領するわ……」


 流れ変わったな。なんか俺の言い分と同じ気がしてきたぞ、これ。


「校則違反もお構いなし。教員共も連中にはやたらと甘いし……」


 校則云々は己もやろがい、と心の中でつっこむ。


 仮定だが、犬島はただのぼっちだ。この僻み具合から察するに拗らせてもいて、かなりの部分で俺と似ているんだ。


「或いは、友達だの恋人だのっていうのは碌な存在じゃない。関係性を保つためだけに、どれだけの労力がいるか……」


 殆ど確信が持てたので、俺は隙をついて訊ねてみる。


「あのさ」


「あ? なんだよ」


「……もしかして犬島ってぼっち?」


 問うたのも束の間。彼女は大きい目を見開いてから、俺を侮蔑するように睨みつける。クリアブルーに射抜かれ、俺は猫に見つかった鼠のように縮こまる。


「……次そのワードを私に向けたら、ノートのコピーを学校中にばら撒く」


 その声音の冷たさは氷点下をも下回っていただろう。窮鼠(きゅうそ)猫を噛む……こともなく、俺は矜持を捨てて、平身低頭の思いで頭を下げる。


「申し訳ありませんでした!」


「まあいい。おほん。まあとにもかくにも、私にとって青春とは否定されて然るべきなんだ」


 とにもかくにもは古文だと、とまれこうまれだったな、といつだかの古典の内容を思い出しつつ、その暴論に俺は内心苦笑する。馬鹿にしたのではなく、俺と考えが似ていたことに関する笑みだ。


「まあ、分かるぞ、その気持ち。ああいうのを疎ましく思うのも大いに分かる。俺は、君の思想を支持するよ」


「……!」


 彼女の意見には同意するが、しかし俺はそこで頭に浮かんだ疑問をぶつけた。


「でも……それを部活でやる理由ってなくないか? そもそも学校が認めないだろうし」


 至極当然なクエスチョンマークだ。思想の自由は憲法によって保障されているから、好きにすればいい。だが、部活となると話は別だ。


 高校野球や高校サッカーの大会で名を馳せる強豪校がそこはかとなくいいイメージを持たれるように、部活は、いわば学校の象徴だ。

 仮に目立たないものだったとしても、存在のあるなしで高校の評価が変わる。そんな馬鹿げた部活があるというだけで、大衆からの印象は大きく変わる。

 だってホームページから部活動のとこ開いたら『青春否定部』なんて出てくるんだぞ。んなもんバグだと思われるわ。


 そんなデメリットを背負ってまで、学校側がその存在を許可するとは思えない。


「ま、学校の認可については私がどうにかできる。私のこの頭脳を使えばな。理由については……それこそ象徴だからだ」


「というと?」


 言葉の先を促すように、俺は言葉をこぼした。


「学校の象徴で以て、私は青春を否定する。それが最も、青春を否定することにつながるとは思わねえか?」


 完全に屁理屈なのに、なぜか筋が通ってる気がする。納得しかけたが、やっぱりよくよく考えたら狂ってるわ。


「いやでも流石に……」


 反論しようと俺は遠慮がちに言葉をひりだしたが、


「それ以上反駁するならノートを……」


「すいませんでした! 僭越ながら部員として粉骨砕身(ふんこつさいしん)して貢献させていただく所存であります」


 論破されそうになったら俺を即死させられる禁止カードあるの狡いだろどう考えても。いやまあ弱みを晒した俺にも非はある。ほぼ回避不能な負けイベだったけど。なんならこれも負けイベだな。負けイベントが多すぎる!


「分かればそれでいい。活動内容だが、校内における青春の邪魔をする。これを最優先にしていく」


「承知いたしました」


 部活でやるにはあまりに阿呆すぎるが、反論したらまたノートをちらつかせてきそうだ。俺は危険察知能力が最新鋭の自動車ぐらい備わっているので、この危険を回避するくらいは造作もない。さっき一回事故りかけたけど。


 満足そうに頷いていた彼女は、ペンをホワイトボードのトレーに置いて、口を開いた。


「それじゃ、パトロールに出るぞ」


「え、パトロール? なんで?」


「そりゃあ、校内で今もカップルが成立してるかも知れねえだろ? それに茶々入れにいくんだよ。いくぞ!」


 そう言い捨てて、青春の否定を掲げる逆張りのお姫様は意気揚々とドアを開けて出て行った。いや活動内容しょぼ過ぎだろ。もっとこう……あるだろ。俺も思いつかないけど。

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