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二話 ノートの代償はチュパカブラ

 場所を移し、高校から近いファミレスで俺は弁明をすることになった。店内に人は(まば)らで、数名同じ高校の生徒と思しき存在もいた。噂されないだろうか、などと考える余裕は俺にはない。

 彼女の手中には今なお、あの焚書ものの文章が記されているノートが握られているからだ。


 席につくなり、注文用のタブレットを手に取りつつ犬島は口を開いた。


「ま、ひとまず自己紹介してもらおうか」


「……日暮狼夜(ひぐれろうや)。D組在籍だ。頭脳は中の上。帰宅部。数I係。七月十三日生まれ。血液型は……」


「別に名前と組だけでいいんだよボケ。しかし……そうかそうか……帰宅部か……」


 言われた通りにペラペラ喋っていたら遮られた。んだよ人が事細かに説明しようとしてんのに。まあ紹介することなさ過ぎて帰宅部あたりで出涸らしだったけど。なんか犬島はうんうん頷いてるし。


 そして、タブレットで勝手に俺の分まで注文を済ませ、彼女は俺を見た。


「で、何? この遺書まがいの中身が何もないてめえの頭くらい空っぽな文章は」


 彼女は机の上にノートを置き、忌々しい文章が書き殴られたページを広げて俺に詰め寄る。どこか興味を持っているような感じだ。


「仰った通りの代物だ。解説なんかいらないじゃねえか」


 観念するように俺は吐き捨てた。厳密にいえば俺の頭は空っぽというほど空っぽではない。が態々反論するのも面倒だ。


 彼女はノートの一節を指さして俺を馬鹿にするように見つめてきた。


「なんだ『諦念に端を発する人生を歩む愚か者』って。どう考えても言い回し的にくどいだろうが。あと『とにもかくにも』とか強引すぎるだろこんなん。あと……」


「いいんだよ添削しなくて。てか読み上げるな。やめろ。居た堪れない気持ちになるから」


 恥ずかしさゲージが九割型溜まってしまった。あと一回でも掘り起こされたら発狂する自信がある。あと『とにもかくにも』の件は俺も激しく同意する。


「はあ? 元はと言えばてめえがこんな太宰崩れみたいな文学になり損なった落書きを書いたのが悪いんだろうがボケ」


「ボケ、て……」


 しかしこの子、あまりに初対面の相手に対して口が悪すぎる。取り繕おうとかそういうの思わないのか。

 とか思っていると、彼女の口から衝撃の言葉が聞こえてきた。


「てか、お前随分生意気な口をきくんだな。さっきまであんなにキョドッてたってのに」


 俺は耳を疑った。あまりに自分のことを棚に上げすぎている。こいつ自らの言動を顧みることができないタイプか? 関わり合いになるの本当に嫌なんだけど。


 とはいえ、俺の態度が変わったのには理由がある。俺は少しばかり、内面と外面の差が激しいのだ。ただ、あれを見られた以上、対外的な態度は意味をなさないというだけの話だ。


「あんなもん見られて外面気にする方がおかしいだろ。あと生意気云々に関しては君には言われたくない」


「はあ? 私のどこが生意気だってんだよ。私の場合」


「注文の料理を持ってきましたニャン!」


 犬島が何かを言いかけたタイミングで、注文した料理が運ばれてきた。決して猫耳メイド喫茶に来たわけではない。猫型の配膳ロボットの音声だ。初めて見た時は驚いたな、これ。


 光っている段のトレーを取ると、猫型ロボットは帰っていった。二十二世紀にではなく厨房に。


 机の上にはピザと山盛りポテトが湯気を立てて、食われるその時を待っている。それに加えて、犬島はラーメンも頼んでいた。


「……結構食うのな。夕飯は大丈夫なのか?」


 俺はそれを見て、ノートからなんとか矛先を逸らせないかと彼女に問う。結論から言えば無駄だった。


「人様のことを心配する暇があったら今自分が置かれている状況を懸念しろウツケ」


「ウツケって……俺は空けてなんか」


 流石に悪口が目に余るので反論しようとすると、彼女は不思議そうな顔をして、口内のものを飲み込んでから言った。


「件の文中に自らを空け者と評する場面があったよな?」


「ああああああああああああああ」


 そして、残りの一回の投下。あまりの恥ずかしさに、俺は頭を抱えた。本当になんでこんなやつに見られてしまったんだ。やめろ。本当にやめろ。そういうの、よくないよ。


 ただでさえ口喧嘩で勝てそうもないのに弱点まで晒してしまったせいで未来永劫不戦敗が確定しました。どうも日暮です。


 俺のある種での諦念を歯牙にもかけず、彼女はズルズルとラーメンを啜っていた。いつまでも机に突っ伏していても仕方がないので、俺は顔を上げ、ポテトをひとつまみしつつ。


「……一応弁明させてもらうが、あれは三年前、中学一年生の時に書いたものなんだよ」


「だからなんだってんだ?」


「なんだ、って……その時は中学生だからしょうがないだろ」


「その時は中学生だからしょうがない、か……。じゃあ、明日にでもこれのコピーを学校中に貼り付けて回ってやるよ」


「は……」


 嗜虐的な笑みを浮かべる彼女に、俺は開口したきり言葉を失った。もしかして話がものすごいスピードで間違った方向へ向かっているのでは?


「お前は何か訊かれたらその持論を展開すればいい。中学生の時の過ちだからしょうがない、ってな。何人同情してくれるか。

 クラスの奴らは驚くだろうな。物静かっつー値札をつけられる他ないような、表面上真面目? で通ってるお前が、裏でこんなもんを書いてた、なんて知ったら」


 その未来を想像して、俺は身震いする。クラスメイト、ひいては学年が同じ子の悪口が幻聴となって聞こえて……やめろ! ちょっと気になってる子とかいるんだから!


 元より不戦敗の勝負に挑み負けました。一回の戦いで二度負けるという史上初の快挙を成し遂げた俺は、ピザを齧ってから力無く呟く。


「頼むからそれだけはやめてくれ」


 泣きそうな気持ちで絞り出した言葉に、犬島は目を細め、口角を釣り上げた。弱みを晒してしまった上、晒した先が狂人だった場合、その先の展開は一つだけ。


「やめてほしいんなら、てめえが取れる行動はひとつだ」


 きっと、残虐な命令が下されるに決まっている。パシリ扱いで済めばまだマシだろう。


 しかし、断る選択肢はすでに消え失せてしまった。文字通り、お姫様に従う従臣のように、俺は瞑目してその命を待つ。さあ鬼が出るか蛇が出るか、と身構えたが。そのどちらも出てこなかった。代わりに、


「これを晒さない代わりに……私が新たに創設する『青春否定部』に入れ」


「……は?」


 姿を現したのはチュパカブラだった。



×



 自室の勉強机の椅子に腰掛け、俺は音楽を聴きながら勉強していた。といっても、とっくに筆は止まっていた。漠然と、考えがまとまらない頭に透明性を帯びた歌詞が書かれていく。頭を振ってそれを散らし、代わりに今日の出来事を列挙する。


 青春否定部、と確かに彼女はそう口にした。聞き間違いじゃないか何回も確認したが、


『うっぜえな。それ以上訊いてくるんならこれ晒すぞ』


 と返されたので引き下がらざるを得なかった。その後彼女は連絡先を交換して、ラーメン一杯分と、ピザ&ポテトの半分の代金を払って帰っていった。いやそこはきっちりしてんのかい。


 閑話休題。青春否定部。幾度頭で思い浮かべても、青春と否定という言葉が、磁石の同じ極同士のようにくっつかない。なぜなら、青春とは肯定されるべきものだからだ。俺は味わったことがないが、さぞ甘美な味がするのだろう。


 そもそも、青春を否定して何になるのか。どういった活動をするのか。そもそもそんな部活動を、学校が認めるはずがない。青春と否定は繋がらないが、青春否定部を否定する言葉は山ほど出てきた。


 頭を捻らせていると、スマホで聴いていた音楽の音が小さくなり、通知音が鳴った。連絡アプリのRainのものだった。画面を確認すると、


【わらび:明日、放課後に芸術棟二階の空き教室に来い】


 表示されたのは彼女からのものだった。何故だろうか、あんな言動がおかしい奴が相手なのに、女子とRainすることにときめいている自分がいる。今まで家族以外と連絡を取り合ったことがないからか?


 アプリを開き、彼女とのトークルームを開いた瞬間、追加でメッセージが届いた。


【わらび:詳細はそこで話す】


 俺は適当にスタンプで返信を済ませた。どうでもいいが、藁姫よりわらびの方が見た目的に可愛いんだなとスマホの表示を見て思いました。本人に可愛げはないけど。


 とにかく、俺の変わり映えのない日常は、彼女という存在によって歪められていくらしい。楽しみ半分怠さ半分を抱えて、俺の色々あった今日という一日は終わっていくのだった。

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