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98話 観測開始:5年17日目-6 / ぬいぐるみさん遊び

「……ぬいぐるみさん遊び?」


 元気に手を上げて笑うアリシアに、ダリヤが今度こそ困惑の声を上げた。


「ダリヤ? どうかしましたか?」

 

「え、ええっと。今から魔法の練習をするのよね?」

 

「うん!」

 

「……どうしてぬいぐるみが出てくるの?」

 

「……どうして、と言われましても」

 

「だってぬいぐるみさん遊びだもん」

 

「どういうこと?」


 子供たちが揃って迷走し始めたのを見て、リリカが再度ダリヤに耳打ちする。


「お嬢様。まずは見せていただいてはいかがでしょうか?」

 

「あ、その方が早いわね。二人とも、それでいい?」

 

「はい。問題ありません」

 

「おねえちゃん、いこ!」


 アリシアは言うなり、椅子から飛び降りるとエデンの腕を掴んだ。

 そのまま屋敷の方へ引きずられていくエデンの背中に、ダリヤの声が追いかけてきた。


「ちょっと、どこへ行くのよ!?」

 

「おへやー!」

 

「お部屋!? 魔法の練習をするのよね!?」

 

「はい。その通りです!」


 ドタバタと走るアリシアに引かれながら、エデンは振り返って答えた。



  *********



 前を歩く二人の背中を見つめながら、ダリヤの頭の中は疑問で埋め尽くされていた。

 魔法の練習をする際は、危険がないよう屋敷の離れにある騎士団の訓練場を使う。

 それなのに、エデンとアリシアは客室へと向かっている。


(もしかしたら……本当はぬいぐるみ遊びがしたいだけなのかしら?)


 魔法の練習というのは口実で、本当は可愛い女の子らしい遊びがした。二人の年齢を考えれば、それが正解のように思えた。


「普通にぬいぐるみ遊びをしたいだけよね? 魔法の練習じゃなくて」

 

「お嬢様。見なければ分かりませんよ」

 

「それは、そうだけど……」


 そう答えるリリカの口元は、疑問に思いながらも、どこか楽しそうに弧を描いている。

 そしてダリヤの部屋の前に着いた時、ダリヤはふと思い出したように足を止めた。


「二人とも、先にお部屋で待っててもらっていいかしら?」

 

「ん? ダリヤ、どうしたの?」

 

「何かありましたか?」

 

「ううん。ほら、ぬいぐるみが必要でしょう? 持ってくるから」


 ダリヤがそう伝えると、エデンとアリシアは不思議そうに顔を見合わせた。


「どういうこと?」

 

「……分からないけど、きっと必要な事なのかしら。ダリヤ、私達は先に準備してますね」

 

「ええ。すぐに行くわ」


 ダリヤは自分の部屋に入ると、寝室へと向かう。

 天蓋付きのベッドに置かれている、少し大きめで毛並みの良い猫のぬいぐるみを抱き上げた。


「三人で遊べるだけの数が必要よね」

 

「以前使われていたものが、しまわれていたはずです」

 

「ああ、そうだったかしら」


 リリカが部屋にある扉のうち1つを開けると、奥まで広がる空間には所狭しと物が詰まっている。


「やっぱり、少し片づけた方が良くないかしら……」

 

「勝手に処分すると、奥様が悲しまれますよ。思い出の品だと」

 

「……唯一の娘だからって、お母さまは私に甘すぎるわ。お兄様にはそんなことなかったじゃない」

 

「それだけお嬢様が大切だということです。私が探してまいりますので、お嬢様はソファでお待ちください」


 リリカはそう言って、ドレスや玩具の山をかき分けて奥へと消えていった。

 ダリヤは部屋に戻ると、ソファの上でぬいぐるみの手をそっと掴んだ。


「……ぬいぐるみ遊びなんて。お友達ができると、そんなに子供っぽいことをするものなのかしら?」


 そう呟きながら、猫の腕をぷらぷらと振ってみる。


「アリシアは子供っぽいけど、エデンもぬいぐるみが好きなのかしら? ……意外だわ。あなたもそう思う?」


 ぬいぐるみの頭を、自分の手でコクコクと縦に動かして見せる。

 ダリヤが一人で人形と喋っていると、戻ってきたリリカの手に犬とうさぎのぬいぐるみが握られていた。


「お嬢様、お待たせいたしました」

 

「ありがとう。……ねえ、私がぬいぐるみを抱えて行ったら、笑ったりしないかしら?」

 

「そんな事はありませんよ。お二人から提案された遊びですから」

 

「うん、うん。……そうよね!」


 ダリヤは意を決して部屋を出ると、隣の客室の扉の前に立つ。

 リリカがノックすると、中から「どうぞ」というエデンの声が返ってきた。


「失礼します」

「待たせたわね。ぬいぐるみ、持ってきた――」


 

  *********



 アリシアがソファへと飛び乗った隣に、エデンは静かに腰を下ろした。


「えへへー。ふっかふか!」

 

「借りてるお部屋なんだから、あんまり乱暴に乗ったら駄目だからね」


「それで、なにつくる!?」


 たった今の注意が抜けていったのは明白だが、期待に満ちた瞳で見つめられては、エデンも苦笑するしかない。


「もう。アリシア、魔力ちょうだい」

 

「あ、そっか。いいよー」


 現在の人型アバターは、身体再生の維持で魔力をほぼ使い果たしている。

 エデンは一度アバターを解除し、素体をマナ・ポリゴンへと切り替えた。

 ふわりと光の粒子が舞った直後、そこには銀髪の少女ではなく、一羽の白い小鳥がいた。

 テーブルの上へ軽やかに着地したその姿を、アリシアが上から覗き込んでくる。


「鳥さんでやるの?」

 

「うん。こっちじゃないと、魔法が使えないから」

 

「じゃあ、ずっとそっちでいたら?」

 

「それだと、あっちの体が治らないのよ」

 

「ふーん。そっかあ」


 そんな他愛もない話をしながら、エデンは思考領域からいつものプログラムを展開した。

 浮遊する論理回路のパラメーターを調整しながら、小鳥の姿で首を傾げる。


「今日は何を作る? くまさん? それとも、うさぎさん?」

 

「んー……もっとすっごいのがいい! ダリヤがおどろくの!」


 その抽象的すぎるリクエストに、エデンはんーと天井を見上げた。

 彼女を驚かせるには、一体何が最適解なのか。昨日出会ったばかりの友人の好みなど、まだ把握できていない。


「おねえちゃん。ダリヤ! ダリヤつくろうよ!」

 

「……ダリヤを?」

 

「うん! あと、アリシアとおねえちゃんでしょ。リリカさんも!」

 

「そう……それなら、おうちも作ろっか」


 長さ二メートル、幅一メートルほどもある立派な長テーブル。

 その広さをキョロキョロと見渡すと、アリシアが「お花のおうちがいい!」と肩を揺らして笑った。


「分かった。お花のおうちね」

 

「うん!」



 --------------------

 

 [REQUEST] 造形魔法プログラム『Ice_molding_ver.2.0』の実行を要請。


 [PROCESSING] 現象再現のため、氷結及び、リアルタイム制御アルゴリズムを構築中...


 [LOADING] 基礎パラメータをロード...


 [OPTION] 動的再構成及び、運動制御プロトコルを承認。


 [STATUS] 全パーツの編集権限を定常保持。リアルタイム同期を開始。


 [ACTION] 内部装飾の最適化、及び自律駆動レイヤーの展開を実施。


 --------------------



 エデンの嘴が、テーブルをこつんと叩く。

 そこを起点に青白い光が走り、涼やかな音を奏でながら氷の壁が構築された。

 澄んだ氷の花弁が柔らかい曲線を描き出し、中が空洞になった巨大な氷花が姿を現す。

 さらにエデンが花弁の表面を叩くと、氷が流動的に形を変え、四角い窓や玄関扉が形成されていく。

 窓から頭を突っ込み、内部構造の微調整を行いながら、エデンは外で見守るアリシアへ語り掛けた。


「お部屋は、リビングだけでいい?」

 

「あのね、おにわが見えるベランダがほしい! あんなの!」


 アリシアが指さしたのは、客室の窓の向こうに見える白い柵のベランダだ。


「それじゃあ、二階は寝室にして。アリシアはお庭作る?」

 

「うん! ……ぷふっ」

 

 窓から突き出たお尻をアリシアが笑うと、彼女もまたんーと目を閉じた。


「えっと? おみず、んー……おにわの木……木になあれ!」


 気合の入った叫びと共に、アリシアの指先から青白い閃光が走る。

 氷の花弁から少し離れた場所に水球が生成された。

 それは重力に逆らって形を変え、どこか歪に曲がった一本の棒状になる。

 その頂点には3つの、これまた不格好な水球が付随していた。


「……これ、木に見えるかな?」

 

「ん? うん、大丈夫。ちゃんと木に見えるわ」

 

「ほんと!? ……んー……んー?」


 嬉しそうに笑ったアリシアだったが、もう一度木を眺めると、今度はエデンが作っているおうちを見つめた。

 空洞だった花の中には、小さなテーブルや椅子が並び、二階部分には注文通りのベランダ、さらには螺旋階段や氷のベッドまでもが精密に彫り上げられていた。

 もう一度自分の水木に目を戻すと、そのクオリティの差にアリシアは首を傾げてしまう。


「……なにがちがうの?」


 アリシアが唸っている間に、作業を終えたエデンは満足気に頷いた。

 透明だった氷の花には、屈折率の変更により、上から下へと美しい赤色のグラデーションが施されている。


「さて。次はぬいぐるみ……人だと、お人形かな? アリシアは誰のを作る?」

 

「えっとね、じゃあ、アリシアとおねえちゃんつくる!」

 

「じゃあ私は、ダリヤとリリカさんを作るわね」


 エデンは映像記録から二人の外見データを抽出。それをデフォルメさせ、三頭身の愛らしいデザインへと変換して魔法を発動した。

 テーブルの上で、氷が下からニョキニョキと生えるように伸びていく。

 丸い目に×の形の口、指のない丸い手。

 十五センチほどにディテールが整理された氷人形がテーブルに立つと、エデンは満足げに羽根を震わせた。


「ふむ……まあ、問題はないでしょうか」


 試しに人形の手を上げさせてみる。スムーズな駆動を確認していると、エデンの頭上にぬっと巨大な影が落ちた。

 見上げると、そこには――。


「おねえちゃん、どう!? おねえちゃんのおにんぎょう!」


 アリシアが指さす先には、表面がぶよぶよと波打ち、かろうじて人型と認識できるかどうかという、巨大な水の塊が鎮座していた。

 顔らしき部分にうっすら見える丸が、かえって不気味さを引き立てている。

 

「……ず、ずいぶんと存在感のある大きさね」


 自分を見下ろしてくる水の怪物を茫然と見上げていると、不意に扉がコンコンとノックされた。


「ん?」

 

「あ、ダリヤが来たみたいね。どうぞ」

 

「失礼します」

 

「待たせたわね。ぬいぐるみ、持ってきた――」


 入ってきたダリヤが、その場に凍り付いた。

 テーブルの上で輝くお花の家。見えない糸に操られるように動く二体の人形。

 そして、それらが目に入らないほどの存在感を放つ、得体の知れない不気味な水の塊。


「な、ななな、なに!? それ、なんなの?」


 ダリヤがそれを指さすと、アリシアと共にその水塊が、ヌルリと首を回して彼女を振り返った。


「ひっ!?」


 思わず、抱えていたぬいぐるみを盾にして一歩後ずさる。

 しかしアリシアは、そんな友人の反応など気にする風もなく、誇らしげに胸を張った。


「これね、おねえちゃん!」

 

「……は? 今、なんて?」

 

「これ、おねえちゃんなの!」

 

「え、そちらが、エデンさんなのですか?」

 

「な、何!? どういうこと!? エデン、あなた……どうしてそんな、溶けたみたいな姿になっちゃったの!?」


 たまらず、ダリヤはぬいぐるみを放り出すと、エデンのなれの果てへと駆け寄った。

 わたわたと手を動かすが、崩れそうな水の形状を前に、触れるのを躊躇してしまう。


「こ、これも、『知性あるスキル(セレネス)』だからなのかしら? ねえ、エデン。も、元の姿に戻れないの?」

 

「ダリヤ」

 

「え、ええ。エデン。ちょっと待ちなさい。ええと、リリカ、オスカーに相談すべきかしら?」

 

「ダリヤ。私は、こっちですよ」

 

「え、ええ。え、え……?」


 横から聞こえる声に視線を向けると、氷花の影にちょこんと座った一羽の小鳥が、彼女を見上げていた。


「あら、可愛らしい小鳥さんですね。どこからいらっしゃったのでしょうか」

 

「いえ、リリカさん。私です、エデンです。そっちはアリシアが作った私のお人形です」

 

「は……? あ、え? あなたが、エデンなの?」

 

「はい。先程までの体は、魔力がありませんでしたので。今はこの体で行動しています」

 

「なんともまあ、素敵なお姿ですね。触っても、よろしいのでしょうか?」


 リリカが嬉しそうにエデンへと手を伸ばそうとする。

 するとアリシアが、目を輝かせてダリヤへと詰め寄った。

 

「ダリヤ! おねえちゃんと、あくしゅする? だきつくとね、われちゃうけど」


 アリシアに促され、不気味な水塊がスゥ……とダリヤへ向けて手らしき突起を伸ばす。

 ダリヤは顔を引きつらせると、ダンッと床を踏み鳴らした。


「どういうことなのよ、もう! 一回、説明しなさい!」

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