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97話 観測開始:5年17日目-5 / 由々しき事態

 昼食に向かった子供たちの背中を見送った後。客室に残された大人三人は、改めてソファに腰を下ろした。


「正直なところ。ダリヤ様がこうして無事にお戻りになれたのは、幸運に恵まれたとしか言いようがありませんな」


「……ええ。全く、その通りです」


 リリカが苦虫を噛み潰したような表情で同意し、ティーカップを傾ける。

 クラリスは未だに豪華なソファの端に申し訳なさそうに腰掛け、つられるようにティーカップへと口をつけた。

 子供たちが去り、なぜか残るように促されたこの空間。

 一体どんな話が飛び出すのかと身構えていると、リリカがカップを静かに置いた。


「エデンさんのお力が無ければ、お嬢様はどうなっていたか……彼女には恩ができました。誠に、感謝いたします」

 

「え? あ、は、はいっ!?」


 唐突に頭を下げられ、クラリスは慌てて返事をした。

 今回の騒動において、クラリス自身は何もしていない。

 ただ状況も知らぬまま、帰ってこない子供たちを探して街を走り回っていただけだ。


「い、いえ……私の方こそ預かった大事な子たちに、あんな……酷い怪我をさせてしまって」


「その責を負うのは我々の方です。護衛がいながら無様にお嬢様を攫われ、その上実行犯を取り逃がした……。クラリスさん。そんな我々の勝手な願いなのですが、1つ、折り入ってお願いしたいことがございます」

 

「……はい、なんでしょうか」

 

「エデンさんとアリシアさん。当面の間、この屋敷でお預かりしたいのです。少なくとも、エデンさんのお身体が完治するまで」


「……ええっ!?」


 唐突な申し出に、クラリスは数度まばたきを繰り返し、驚愕の声を上げた。


「で、でも、それは……!」

 

「クラリスさんは日中お仕事がありますし、お二人は宿に泊まっていると伺っています。エデンさんの状態を考えれば、そのような場所に戻すわけには参りません」


「そ、それは分かります。ですが、私も知人に頼まれて預からせていただいてますので……」

 

「はい。ですので、クラリスさんにはいつでもこの屋敷に訪れていただけるよう、使用人に通達を出しておきます。いらっしゃった時は、お二人のところへ案内させましょう。宿での生活が、この屋敷に移るだけだとお考えいただければ」

 

「そ、そうですね……」


 今のエデンが冒険者の依頼を受けることは、最早どう考えても不可能だ。

 ならば、この安全な屋敷の中で、十分な休養を取らせるのが最善の選択肢に思えた。

 

「……知人の許可を得ずに決めるのは、心苦しいですが……。定期的に様子を見に来ても?」

 

「もちろんです。必要であれば、クラリスさんの客室も用意いたしますし、夕食も共に召し上がっていただきたい」

 

「い、いえ! それは結構です! 流石に、心臓が持ちませんから!」


 あまりの厚遇に、クラリスはたまらず体を反らし全力で首を振った。

 貴族の館に居候など、精神的なダメージでこちらが死んでしまう。


「ではせめて、送り迎えに馬車を出させてください。それが最低限の礼儀ですので」

 

「は、はい……」


 リリカの有無を言わせぬ圧力に押され、クラリスはこくこくと頷くしかなかった。

 すると、二人のやり取りを眺めていたオスカーが、思い出したように口を開いた。


「ところで……エデン様は、あのお姿に見合わぬ実力をお持ちのようで。本来の預かり人とは、一体どのような方なのですかな?」

 

「え? あ、はい。実力のある冒険者です。今は辺境伯様からの依頼で、北の鉱山へ向かわれていますが」


「む? まさか、預かり人は『黒雷』ことですかな?」

 

「そ、そうです。直接頼まれたのは、シエルさんという同じパーティの方ですが」

 

「なんと。それはまた、妙な縁がありましたな」


 リリカも驚いたように、パチパチと目を瞬かせた。


「ではアリシアさんも、やはりお強いのでしょうか?」

 

「そ、そうですね。先日、ギルドの特例試験を受けたのですが、大人の冒険者を一方的に倒してしまいました。エデンちゃんの方は、私は見られませんでしたが」

 

「ほほう。ということは見習い冒険者ではなく、正式に登録された冒険者なのですな」


 オスカーは満足げに髭を撫でながらほっほと笑い、リリカも感心したように頷いている。

 その様子を見て、クラリスは少しだけ肩が下りるのを感じた。

 子供たちの無邪気すぎる振る舞いが不興を買わないか心配だったが、この二人は好意的に受け止めているみたいだ。


「……あの、私からもお聞きしてもよろしいですか?」

 

「ええ、なんなりと」

 

「こんなことをお聞きするのもなんですが、なぜあの二人のために、そこまでしてくださるのでしょうか? 確かにダリヤ様をお助けしたのでしょうが、二人はただの村娘です。……先ほどは、ダリヤ様とお友達になっていましたが」

 

「はい。お嬢様がそう望まれていましたね」


「あの子たちでは、地位が見合わないのでは?」

 

「地位で考えれば、確かにそうでしょう。ですが、お嬢様は貴族のご友人を求めているわけではありませんので」


 リリカは言葉を切ると、クラリスをじっと見つめた。


「……クラリスさんは、お嬢様の評判をご存知ですか?」

 

「え? え、ええ。この街に住んでいれば、自然と耳に入ってきます。とても優秀な方だと」

 

「はい。ですが、それが子供本人にとって幸せなことかどうかは、別なのかもしれません。お嬢様はまだ七歳ですが、大人と対等に話をすることが出来ます。しかし……」

 

「忌憚なき言葉で申し上げるならば、同年代の子供たちから完全に浮いてしまっておられますな」


 オスカーがどこか寂し気に呟くと、リリカも同意するように目を細めた。


「そ、そう、ですか。ですが、身近に子供はいるのでは? 使用人の子もいらっしゃるでしょうし」

 

「使用人の子供と言えど、親はお嬢様に失礼の無いよう子供に言い聞かせます。そのため、どうしても距離感が出来てしまいました」

 

「ダリヤ様も、政や領地運営の難解なお話がお好きですからな。ついその話をしてしまい、相手が困っているのに気付くと、お嬢様の方から距離を取ってしまわれまる。その繰り返しでしたな」

 

「……私たちは、それを仕方ないことだと諦めていました。いずれ学園に入学されれば、学友の中で仲の良い相手もできるだろうと」

 

「ほっほ。先程エデン様が語られた知見の一旦。どういう縁が転がっているか、分かりませんな」

 

「それは……確かに、そうかもしれません。先程、あの子たちのダリヤ様に対する振る舞い……心臓が飛び出るかと思いました」


 クラリスがはぁ、と長い溜息を吐き出す。

 あの身分も何もない、子供同士のじゃれ合い。


「ですがあの関係こそ、お嬢様が一番望まれていたものでしょう。そして、自分の話を嫌がらず聞いてくれる相手も」

 

「アリシア様は、難しそうに首をひねりながらも、逃げようとはされませんでしたな。……まあ、分からないほうが年相応なのでしょうが」

 

「はは……そうかも、しれませんね」

 

 リリカに勧められるまま、もう一杯の紅茶を楽しむ。

 穏やかな時間が流れる中、リリカは不意に真剣な表情を浮かべ、指を一本立てた。


「もう1つ、理由があります」

 

「もう1つ?」

 

「エデンさんとアリシアさん。彼女たちに滞在していただきたいのは、その実力を期待してのことでもあります」

 

「……それは、彼女たちを護衛にする、ということですか?」

 

「いえ。正式な護衛は、別に付けています。ですが、今回のようなこともありますので……保険、と言えば聞こえは悪いですが、お嬢様の傍にいざという時に頼れる味方がいるというのは、我々にとって代えがたい安心なのです」

 

「……は、はあ」

 

「更に言うのであれば、お嬢様のお傍にいる友人として、お二人の人柄を見た上での判断です。とても明るく素直で、お嬢様が嫌な思いをすることは無いだろうと判断しました」


 貴族の付き合いとは、これほどまでに先を見越したものなのか。

 クラリスは少し気圧されながらも、考えを整理するように視線を泳がせた。


「……エデンちゃんは、アリシアちゃん以外には驚くほど興味が無さそうで。以前、街中でアリシアちゃんにスリを働こうとした孤児を、切り捨てようと剣を抜いたことがありました」

 

「……でしょうね。エデンさんは、アリシアさんに害を成そうとする者は躊躇なく排除する……そういう『質』の御方だとお見受けします」

 

「かも、しれません。ですが、彼女にお友達ができるのは、きっと良い影響があるかもしれません。まさかその相手が、ダリヤ様になるとは思ってませんでしたが……」

 

「ご心配ですか?」

 

「……お嬢様の不興を買わないか、それだけが心配です。ですが、そこはリリカさんが上手く取り持ってくださるのでしょう?」

 

「はい。もちろんです」


 リリカの断言を聞き、クラリスはようやくティーカップを置いた。

 そして、じっと観察するようにリリカの顔を見つめると、彼女の鼻先に指をぴっと突き立てた。


「1つだけ。毎日、様子を見に来ます。それが条件です」

 

「分かりました。門番には話を通しておきますので、いつでも歓迎いたします」



 *********



「これは、由々しき事態よ!」

 

「……ふぉ?」

 

「はあ」


 静かな花園で、ダリヤはテーブルをバシッと叩いた。

 赤髪を揺らして腕を組んだ彼女が、目の前の惨状を睨みつける。


「午前中からずっと、のんびりとお茶を飲んでいるだけじゃない!」

 

「……んへ?」

 

「まあ、そうですね。非常に有意義な休息です」


 エデンは冷静に答えながら、食後に用意された二杯目の紅茶へと手を伸ばした。

 クラリスの馬車を見送り、庭園で過ごす穏やかな午後。

 アリシアがぼんやりとした眼でクッキーを口に運んでいると、ダリヤが彼女の肩を掴んで揺さぶった。

 

「ほら、アリシア! 眠くなっちゃってるじゃない! 起きて!」

 

「ん……? ……あむ……おいひぃ……」

 

「アリシア。お昼寝する?」


 食欲が睡魔に勝っているのか、アリシアはとろんとした目つきながらも、もぐもぐと口を動かし続けている。

 エデンが心配そうに声をかけると、椅子の上で手足をぐーっと伸ばした。


「んにゃあ! おきた! おひるねなんて、しないもん!」


 自分のほっぺをぺしぺしと叩いて気合を入れるアリシアを横目に、エデンは不思議そうにダリヤへと視線を移した。


「それで、由々しき事態とは、どうされたのです?」


「もっと、こう……お友達らしいことをしましょう! そう、そうしましょう!」

 

「はあ……。具体的にお友達らしいこととは?」


 昼食の間もずっと一人で悩み抜いていたダリヤの提案に、エデンが気の抜けた声を返す。

 すると、アリシアが「なになに!?」と身を乗り出した。


「なにするの!?」

 

「そう、問題はそこよ! ……一体、何をすればいいの!?」

 

「私は、こうしてぼんやり過ごす時間も嫌いではありませんが」


 エデンは淡々と答えながら、紅茶を一口。

 貴族の館で出される茶葉は、やはり一味違う。爽やかで上品な香りが鼻腔を抜け、口いっぱいに広がる。

 エデンが満足そうに頷く一方で、ダリヤは眉間にシワを寄せ、腕を組み直した。


「皆で一緒に遊べること……そうねえ……」


 悩むばかりで一向に答えが出ない。

 その様子を見かねて、控えていたリリカがそっと助け船を出した。


「お嬢様。お二人に、普段はどのような遊びをされているのか、お聞きになってみては?」

 

「え? あ、そうよね! あなたたち、いつも何をして遊んでいるの?」

 

「んー、いろいろ! ね、おねえちゃん!」

 

「そうですね。かくれんぼ、追いかけっこ。ですが最近は、もっぱら剣や魔法の練習をしていました」


「え?」


 その答えに、ダリヤが一瞬だけ虚を突かれたように呟いた。

 だが、すぐに自分を納得させるように、「ああ、そうよね」と頷く。


「私も魔法の練習をしているのよ。どうかしら、一緒にする?」

 

「まほう!? やるー!」


「魔法の練習ですか」

 

「あ、でも、エデンは今、魔法を使えないんだったかしら?」


「それは問題ありません。それより、何をしましょうか」

 

「え? 何って?」

 

「アリシア、ぬいぐるみさんあそびがしたい!」


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