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93話 観測開始:5年17日目-1 / 夢みたいな物

 日差しを感じて、アリシアは小さく身じろぎをした。

 握られている手を口元へ引き寄せ、もう片方の手でシーツの上でまさぐる。


「んにゅ?」


 寝返りを打ちながら、反対側を確認するように手を伸ばす。

 何も触れないのを認識した瞬間、アリシアは勢いよく起き上がった。


「っ、おねえちゃん!?」


 握られた手の先を、赤い瞳が追いかけていく。

 その先で窓から差し込む朝日を背中に受けながら、エデンが穏やかな表情で目を閉じていた。

 

「……へ?」


 アリシアが、ぽかんと動きを止めてしまう。

 眠っている姉の姿は、初めて見た。

 そして汚れきった姿に、レイラの姿が重なった。


「お、おねえちゃん! おきて!」


 慌ててエデンへ手を伸ばし、ガクガクと体を揺らす。

 すると、残されたエデンの右目がゆっくりと瞼を上げた。


「……アリシア?」


「お、おねえちゃん、おきた?」


「……起きた?」


 意味を咀嚼するように、エデンの視線が部屋をゆっくりと見回す。

 豪奢な天井、大きな窓、そして、二人だけのベッド。


「そう、そう……ね。夢みたいな、物なのかも」

 

「おねえちゃん、だいじょうぶ?」


「うん。……うん、大丈夫……また、会えるから」


「……ゆめで、だれかにあってたの?」


 アリシアが尋ねると、エデンはハッと目を見開き、慌てて顔を背けた。


「……な、内緒」


「え? なんで?」


 アリシアがエデンの視界に入り込もうと、四つん這いで回り込んでくる。

 逃げるようにエデンが顔を逆向きに背けると、アリシアは頬を膨らませ首元に抱き着いた。


「おねえちゃん、なんでー!? ケチー!」


「だって! アリシア、私のことからかうもん!」


「そんなことない!」


「ある! 私のこと、寂しんぼだ、って……」


 そこまで口にして、エデンはしまったと振り返った。

 アリシアの目元が下がり、口がにんまりと吊り上がっている。


「ほー。おー。ふーん」


「な、なあに?」


 エデンが澄ましたようにツンと顔を上げると、アリシアが嬉しそうに飛びつき、その体を押し潰した。


「パパと、ママ! ゆめでみたの!?」


「そ、そんなんじゃない! 違うから!」


「うそだ! おねえちゃん、うそついてるー!」


 アリシアの体の下で、エデンが逃れようと足をばたつかせる。

 それを許すまいとアリシアも足を動かすと、ヘッドボードに置かれていたベルを蹴り飛ばしてしまった。

 ベルが床を転がり、澄んだ音色を響かせる。

 すると間髪入れず、リビングスペースの方から扉が開く音が聞こえ、ダリヤの元気な声が響いた。


「おはよう! よく眠れたかしら!」


「お嬢様。まだ寝起きかもしれませんので」


「う、そ、そうよね」


 その声に、アリシアが驚いたように顔を上げる。

 エデンもなんとかアリシアの下から這い出し体を起こすと、寝室の入口からダリヤが顔を出した。


「あら、もう起きてるじゃない。二人ともおはよう」


「はい、ダリヤさん。おはようございます」


「おはよ! ダリヤおね……」


 ふとアリシアが言いよどむと、ちらりとエデンの顔を見つめる。


「んーん。……ダリヤ、さん?」


「あら、ダリヤお姉ちゃんでもいいのよ」


「いい! おねえちゃんは、おねえちゃんだけでいいの!」


「ふふ、そう。まあ、それより……」


 言葉を止めたダリヤの視線が、エデンとアリシアの上から下へと流れていく。

 エデンも自分の体を改めて確認するが、相変わらずひどい有様だ。


「……申し訳ありません。シーツを、酷く汚してしまいました」


「いいえ、構いません。ゆっくりとお休みいただけましたか?」


 ダリヤに続いて入って来たリリカは、ベッドの惨状を見ても眉1つ動かさない。

 エデンとアリシアが頷くと、ダリヤが嬉しそうに二人を手招きした。


「ほら、朝ごはんにする前に、まずはお風呂に行くわよ!」


「おふろ! いく!」


 アリシアが嬉しそうに体を前に出したが、ふと振り返ると、エデンへと顔を寄せて内緒話をするように小声で囁いた。


「ねえ、おねえちゃん」


「ん? どうしたの?」


 アリシアは両手で筒を作り、エデンの耳元へ口を近づけた。


「アリシアもね、パパとママのおゆめ、みたいの」


「……そう……そう。それじゃあ、私と一緒ね」


「うん! いっしょ!」


「なに? 二人とも、どうしたの?」


 エデンとアリシアが顔を見合わせて笑うと、ダリヤもベッドへと膝で乗り上げながら近づいて来た。

 すると、アリシアが「ないしょ!」と口を手で隠してしまう。


「あら、そうなの?」


「ええ。内緒、です」


「あら、それは残念。ふふ、ほら、お風呂行くわよ」


「うん!」


 ダリヤが差し出した手をアリシアが握るが、エデンは綺麗な手を握るのを躊躇してしまう。

 すると、ダリヤがぐいっと体を前に出して、エデンの右手を強引に掴んだ。


「さあ、早く行きましょう!」


 

  *********



 部屋を出ると、まだ朝だというのに多くの使用人が忙しなく行き交っている。

 昨日館に来た時は、これほど人の気配はなかったはずだ。

 エデンが尋ねると、アリシアとの間で手を繋いで歩くダリヤが、少し気まずそうに苦笑した。


「昨日はほら……皆、私を探しに街に出ていたらしくて」


「ああ、なるほど」


 すれ違う使用人がダリヤの姿を見て、微笑みながらお辞儀をしていく。

 それを当然のように振る舞う彼女の姿を見て、改めて貴族のご令嬢なのだと納得した。


「あなた達に、どんな事情があるか分からないけれど」


 ダリヤはそう言いながら、エデンの空洞になった左目へと視線を移した。


「屋敷の使用人には、あなた達のことは内密にするように命じてあるわ。だから、困ったときは遠慮なく頼ってちょうだい」


「……ありがとうございます」


「いいのよ。だから、ここでは安心して過ごして」


 エデンが人間でないことは、既に知られてしまっている。

 だがダリヤは何も尋ねて来ず、どこか嬉しそうに手を引っ張っている。

 エデンが首を傾げると、アリシアも不思議そうに口を開いた。


「……ダリヤ、さんは、えらいひとなの?」


 それを受けて、ダリヤの足がぴたっと止まった。


「え、えらくはないわよ! 普通よ、普通!」


「そうなの?」


「ううん。ダリヤさんは貴族だから。一般人から見ると、偉い人に当たるわ」


 エデンはそう訂正しながら、後ろに付き添うリリカへと視線を移した。

 貴族は特権階級だったはずだ。

 リリカは何も言ってこないが、貴族のご令嬢だと分かった以上、言葉使いも気をつけなければならないはずだ。


「……ダリヤさんとお呼びするのは、よろしくなかったでしょうか?」


「そうなの? じゃあ、なんてよべばいいの? ダリヤちゃん?」


「それは……ダリヤ様、もしくはダリヤお嬢様、かしら」


 アリシアとエデンが顔を寄せて相談するのを見て、ダリヤが慌ててその間に割り込んだ。


「いいの! 二人はいいのよ! 様付けなんてしなくて!」


「……そうなのですか?」


 ダリヤの頬が、赤い髪と同じくらい紅潮している。

 リリカの方を振り返ると、彼女は口元を手で隠してぷるぷると肩を震わせていた。

 ……怒らせてしまっただろうか。


「私のことは、そ、そうね……さん付けはちょっと、よそよそしいかしら……」


「じゃあ、ダリヤちゃん?」


「ちゃ、ちゃん付けは、ちょっと……子供っぽすぎるわ。私、もうすぐ八歳だし!」


「八歳は、子供なのでは?」

 

 エデンが真顔で尋ねると、ダリヤはリリカへ助けを求める視線を送った。

 すると、彼女が一度咳払いをし、すました顔で口を開いた。


「お嬢様は大人と話す機会が多いので、ちゃん付けで呼ばれることに慣れていらっしゃらないのです。お嬢様がよろしいようでしたら、ダリヤと呼んであげてください」


「え? それは、良いのですか? さすがに、呼び捨ては……」


「いいわね! そう、そう呼びなさい! 私も、二人のことは呼び捨てにしてるんだから!」


「わかった! じゃあ、よろしくね、ダリヤ!」


 アリシアが大きな声で呼んだため、近くにいた使用人が振り返っている。

 良いのだろうか?

 当の本人は嬉しそうにアリシアの頭を撫で、リリカも咎めることなく涼しい顔をしている。


「……では、私も。よろしくお願いします、ダリヤ」


「ええ! そうね、よろしく。エデン、アリシア」


 ダリヤはそう言って笑うと、廊下の先へと振り返り、小声で呟いた。


「良い、良いわね! なんだか私たち、お友達みたいだわ」


 それから館を歩き、通された広い脱衣所。

 ダリヤは手近なカゴを2つ掴むと、エデンとアリシアの足元に置いた。


「脱いだ服は、この中に入れておきなさい。後で洗濯に回させるから」


「はーい!」


「お洋服を脱がれる前に、アクセサリーをお預かりしてもよろしいでしょうか? こちらで、洗浄と磨き上げをさせていただきますので」


 エデンとアリシアはお互いの髪飾りへと視線を移した。

 アリシアの髪飾りは土埃で汚れてしまっているが、エデンの方はもっと酷い。

 どす黒い返り血がこびり付き、青い宝石の輝きを覆い隠してしまっていた。


「おねえちゃん。アリシアの、はずし……」


 髪飾りごと頭をエデンの方に下げてくるが、左腕の袖が垂れ下がっているのを見て、言葉がぴたりと止まった。


「ごめんね。私、片腕しかなくて」


「ううん! アリシア、ひとりでもできるから!」


 アリシアが自分の髪飾りに手をかけ、金具を外そうと奮闘し始める。

 その姿を見守りつつエデンが立ち尽くしていると、リリカがその傍らで膝をついた。


「エデンさん。私がお着替え含めて、お手伝いさせていただきます」


「……お願いします」


 リリカは流れるような手つきで、あっという間に髪飾りを外してくれた。

 隣を見ると、ダリヤがアリシアのすぐ傍で、ハラハラしながら手を右往左往させていた。


「あ、アリシア。任せなさい。私がやってあげるから」

「んーっ! もうちょっと、なの!」


 アリシアの手が、うまく外せない髪飾りを強引に引っ張り、少しずつその位置がズレていっている。


「んぎーっ!」


「アリシア。髪痛いでしょう? ダリヤにお願いしたら?」


「……はあい」


 エデンの服が、リリカの手によって脱がされていく。

 ダリヤに借りていた上着を脱ぐと、切断された左腕が露わになった。

 肘から先が消失した断面は、傷口の代わりに魔力の粒子によって塞がれ、痛みもなくほんのりと緑色に輝いている。

 『身体再生』は順調に継続しており、魔力の漏出も最小限に抑えられているが、こぼれ落ちた粒子がリリカの瞳に映り込んだ。


「……これは……」


「申し訳ありません。やはり、見苦しいでしょうか」


「いいえ。……綺麗だったので、つい見つめてしまいました。……お顔の布を、外してもよろしいですか?」


 エデンが頷くと、リリカの手が後頭部に回され、布の結び目を丁寧にほどいた。

 そこには、本来あるはずの眼球も、瞼もなく。

 貫通した空洞が、腕の断面と同じように淡い緑色の光を湛えていた。


「……お痛みは、ないのですか?」


「今はありません。傷口は塞がり、既に再生フェイズへ移行しましたので」


「再生……?」

 

「おねえちゃん……」


 震える声に振りかえると、アリシアとダリヤが、悲痛な顔でエデンを見つめている。


「おねえちゃん……いたいの?」


「ううん。今はもう痛みはないから」


「それって、前は痛かったってことじゃない」


 ダリヤの指摘に、アリシアの瞳にじんわりと涙が浮かんでいく。

 エデンは慌てて、残った右手を振った。


「だ、大丈夫です! もう、まったく痛くありませんので。ほら」


 左腕の切断面を、右手でぽんぽんと叩いて見せる。

 それを見て、ダリヤが悲鳴のような声を上げた。


「馬鹿っ! なにやってんのよ!?」


「え? いえ、痛くないのを伝えようと……」


「触っちゃだめでしょ! リリカ、エデンのこと、しっかり見張っていて!」


「はい。……そうですね。その方が、よろしいのかもしれません」


 二人が真剣な顔で注意し合うのを、エデンはなぜ? という顔で首を傾げる。

 すると、アリシアはエデンの左腕、傷の無い上腕をそっと触った。


「おねえちゃん。ほんとうに、いたくない?」


「うん。もう痛くないの。だから大丈夫」


 実際、既に痛みは無い。

 エデンがそう言って微笑むと、アリシアも安心したようにへにゃりと笑った。

 もう服を脱いだらしく、すっぽんぽんの裸で。


「……アリシア。ダリヤと一緒に、先にお風呂に行ってもいいからね?」

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