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92話 観測開始:5年16日目-10 / 坑道の戦い

 森を抜け、岩肌が露出した山のふもと。

 無数のかがり火が燃え盛り、武装した男たちが動き回っている。

 ジンとシエルが森の中から姿を現すと、それに気づいた歩哨の男が、腰の剣に手をかけた。


「止まれ! 何者だ!?」


「依頼を受けた冒険者です。エルネスト辺境伯はいますか?」

 

「む、その恰好。……お前が『黒雷』か?」

 

「ええ。案内頼めます?」


「良かった、やっと来てくれたか。エルネスト様はこちらだ」


 男が急かすように手招きし、坑道の横にある建物へと二人を案内する。


「物々しいな。騎士まで引き連れて」

 

「まあ、この鉱山は大事な収入源だろうからね」


 開けられた扉をくぐり、食堂らしき長テーブルが並べられたフロアへと通される。

 その中の1つ、複数の男が集まっている席へと、案内役の男が急ぎ足で近づいて行った。


「失礼致します! バルガス様、『黒雷』が到着しました!」


「……来たか。通せ」


 一人の男が立ち上がり、ジンとシエルへとその視線を向けた。

 三十代半ばほどの、精悍な男。

 長い茶髪を後ろで無造作にまとめ、顎には整えられた髭を蓄えている。切れ長の目は油断なく光り、纏っているマントは戦場にあっても上質さと威厳を感じさせた。


「よく来てくれた。私がバルガス・エルネストだ」


 そう言って、革の手袋を付けた手を、ジンに差し出す。


「どうも。B級冒険者、『黒鉄の英撃』のジンです」

 

「同じく、シエルだ」


 ジンは差し出された手を握り返す。

 バルガスは目を合わせて頷くと、その視線をシエルへと移した。


「シエル嬢、久しいな」

 

「嬢は止めていただきたい。私はもう、子供ではないのでな」


「あれ? 知り合いなのかい?」

 

「まあな……バルガス殿、奥方は元気にしているか?」

 

「ああ。今は息子と共に、王都にいるがな」


 バルガスが頷くのを見て、シエルは顔を逸らしチッと小さく舌打ちをした。


「ちょ、ちょっと! シエル!?」


 あまりに失礼な態度に、ジンが慌ててシエルをたしなめる。

 だが彼女は机の上に置かれた地図をじっと見つめると、くるりと踵を返した。


「ジン、私は先に行く」


 シエルはそれだけ言い捨てると、さっさと食堂から出て行ってしまう。

 ジンはバルガスへと向き直り、深く頭を下げた。


「とんだ失礼を」

 

「いや、構わない。それより現状の確認をしよう」


 ジンが地図を覗き込むと、横からバルガスの低い声が飛んできた。


「状況はどこまで聞いている?」

 

「魔蟻の大量発生と、女王魔蟻が存在する可能性。そして……どれだけ奥にいるかが不明であると」


「そうだ。この青の印があるのが、今回魔蟻が湧き出た場所だ。坑道の奥にある。だがそこに女王がいるわけではない。坑道の一部が崩落して、かつて放棄された廃坑と繋がった」

 

「……廃坑の広さは?」

 

「分からん。何代も前に封鎖された場所だ。図面も残っていない。唯一の安心材料は、入口近くで岩盤が崩れ落ちていて、中から魔蟻があふれ出てこなかったことだけだ」

 

「ということは、どれだけの規模の群れなのかも分からない、という事ですね。地形も不明。……やっかいな事です」

 

「ああ。現在は魔蟻を倒しながら少しずつ前進し、坑道の中に拠点を設置、防衛線を維持している状態だ」


 坑道の広い空洞部分に数か所、黄色の石が置かれていた。

 青印に近づくように置かれているが、まだまだ距離があるのが分かる。


「今後の方針は?」

 

「まずは、坑道内に侵入した魔蟻を殲滅し、安全を確保する。その後に崩落箇所を越えて、廃坑の調査と元凶の排除を行う」

 

「分かりました。バンダたちはどこにいます?」

 

「ここだ」


 バルガスの指が示したのは、青印に最も近い、防衛線の最前線。


「彼らには、無理を言って助けてもらっている。非常に優秀な戦力だ」


 バルガスの言葉に、ジンの口元が少しほころんだ。


「いえ、それが依頼ですから。それでは俺も合流しますので」

 

「頼む。数が多すぎて、現状は拠点を守るだけで精一杯だ」


 ジンはバルガスに一礼し、建物から外に出た。

 鉱脈が尽きるまで掘られた坑道が、どれだけ深く、広く続いているのか。

 ジンは忙しなく動き回る騎士たちを避けながら、坑道へと足を踏み入れた。



  *********



 無数の節足が壊れた魔道具の残骸を踏み砕き、ガチガチと顎を打ち鳴らす威嚇音の先でシェリーの悲鳴が響いた。


「もう魔力が切れる!」

 

「くそっ! シェリーは下がれ!」

 

「俺が前に出る! フォローしてくれ!」


 未だ建設途中である前線拠点。その防衛線の前へトトが躍り出る。

 終わりの見えない攻撃に、共に戦う騎士たちも土嚢の影から魔法を放ち、あるいは剣を振るっている。

 3つの道が交差するこの場所は、絶対に死守しなければならない要所だ。

 失えば、再び制圧するのにどれだけ苦労することになるか。


「これ以上、進ませるかよ! 『泥濘の泥沼(マッド・スワンプ)』!」


 バンダが地面に手をつくと、前方の岩肌が波打ち、底なしの沼へと変貌した。

 猛進してきた魔蟻の先頭集団が勢いのまま突っ込み、ずぷりと音を立てて沈んでいく。

 そこへ、ウォーハンマーを構えたトトが、咆哮と共に飛び込んだ。


「はあぁっ!」


 トトの魔力が槌全体を包み込む。

 横薙ぎにフルスイングされた一撃が、魔蟻の硬い外殻を粉砕し、巨体を砲弾のように弾き飛ばした。

 錐もみ回転しながら飛んでいった死骸が、後続を巻き込み肉片となって散らばる。


「もういっちょ!」


 横から迫っていた別の個体の、醜悪な巨顔へと振り下ろされる。


「『過重(アウゲーレ)』!」


 インパクトの瞬間、加重がかかり破壊力が増大する。

 ドゴォッという轟音と共に頭蓋が吹き飛び、その余波で坑道に揺れが走った。


「トト! 振り下ろすんじゃねえ! 崩れるだろうが!」

 

「あ、すまん!」

 

 トトが肩で荒い息をつくのを見て、バンダの顔が苦々しく歪む。


「くそっ!」


 悪態をつきながらポーチから取り出したのは、マグマのように表面が脈動する赤黒い石。

 バンダはそれを握りしめると、背後で膝をついているシェリーへと叫んだ。


「シェリー、風よこせ!」

 

「あー、もう! これでラストよ!」


 破れかぶれに近い叫びと共に、シェリーが杖を掲げる。

 残存魔力が風の渦となって収束していくのを確認し、バンダはその場にいる全員に聞こえるように声を張り上げた。


「お前ら下がれ! 全員だ! トト!」

 

「え? お、おお!? 待て待てえ!」


 バンダの手にある危険物を見て、トトが血相を変えて戻ってくる。

 彼とすれ違いざま、その石が魔蟻との間へと放り投げられた。


「吹き飛べ! 『ウィンド・ブラスト』!」


 シェリーの杖から暴風が解き放たれるのと同時、地面に落ちた石が圧縮された熱を一気に解放し、火炎の嵐となって弾け飛ぶ。

 轟音。そして熱波。

 爆風が通路の全てを舐め尽くすように襲い掛かった。

 バンダたちも熱風から身を守るように、土嚢の影に頭を抱えて伏せる。

 地響きが鳴り、天井から小石が降り注ぐ。


「バンダっ! 俺に注意したのはなんだったのさ!」

 

「うるせえ! 蟻どもに踏みつぶされるよりはいいだろうが!」

 

「……はぁ。少し、休めるかしら?」


 シェリーが土嚢から頭を出すと、黒焦げになった死骸の山が築かれていた。

 三人は揃って息を吐くが、死骸の奥から足音が響いている。

 

「休めないわね」

 

「ああっ、くそ! 今のうちに立てなおせ! 騎士ども、いけるか!?」


 バンダが叫ぶと、同じように土嚢の影に伏せていた騎士たちが、よろめきながらも立ち上がった。


「あ、ああ。いくぞお!」

 

「まだ魔力が残っているやつは、援護頼む! 回復薬はあとどれくらいある!?」

 

「もうすぐ補給が来るはずだ!」


 皆が慌ただしく迎撃に動く中、バンダが「来たぞ!」と声を張り上げた。

 その時、背後から頭上を超えて、光り輝く無数のガラスの破片のようなものが舞い踊った。

 次の瞬間、それを追うように一筋の閃光が奔る。

 閃光は屈折し、枝分かれし、三方の通路の奥へと幾重もの光の線となって吸い込まれていった。

 聞こえていた足音が止まり、騎士たちが呆然と光の消えた先を見つめる中、静寂を破って小気味よい足音が響いた。


「すまん。遅くなったな」


「おせえんだよ!」

 

「いや。だからすまんと謝っているだろう?」


 シエルが悪びれる様子もなく答えると、バンダの横を通り過ぎ、軽やかに土嚢を飛び越える。

 目の前に続く3つの坑道の先を見つめて、「む?」と首を傾げた。


「私は、どっちに進めばいいのだ?」

 

「シエル……あんたねえ……」

 

「地図見て来なかったのかい?」


 皆が呆れたように彼女を見つめるが、シエルは笑顔で振り返った。


「見たぞ? 一番奥へ行けばいいのだろう?」

 

「はあ……いいや。お前、一番右の通路頼むわ」


 バンダが頼んだのは、もっとも広い通路。


「あそこが一番多い」


 その言葉に、シエルは満足そうに微笑むと、白い手袋をぎゅっとはめ直した。


「では、また後でな」

 

「あ、おい。ジンは!?」

 

「まあ、そのうち来る」


 死骸が転がる中を散歩でもするかのように歩くと、前方から地鳴りのような足音が響き始めた。

 光り輝く刀身から剥がれ落ちるように舞った光の破片が、暗い坑道内に、満天の星空のような輝きを刻む。

 その幻想的な光の中で、シエルはぽつりと呟いた。


「早々に、ネストに戻りたいのだが……」



  *********



「あれ? 皆、大丈夫かい?」


 ジンが拠点に辿り着くと、仲間たちが肩で息をして横たわっていた。

 騎士たちも同様に座り込み、回復薬を回し飲みしている。


「お前……遅い!」

 

「あはは、すまない」

 

「シエルも、同じこと言ってたよ」

 

「悪いんだけど……少し、休ませて」


 坑道の奥からは、未だ激しい戦闘音が響いてくる。拠点の前には、魔蟻の死骸が小山のように積み上げられており、ここでの激戦を物語っていた。


「無茶させちゃったかな?」

 

「良い……後は任せる」

 

「ああ。任された」


 バンダが大の字になって手を振るのを見て、ジンは苦笑しながら頷いた。

 すると坑道の奥から、新たな地響きが近づいてくる。

 その音に反応したバンダが、がばっと身体を起こした。


「皆、起きろ! 移動の準備だ!」


 その声に、騎士たちが困惑の表情でバンダを見つめた。


「え? 何言ってんだ、撤退はしないぞ!」

 

「違え! 先に進むぞ! とっとと荷物まとめろ!」

 

「無理言うな! 防衛だけで精一杯なのに!」

 

「いいから、言う通りにしやがれ! 置いてかれるぞ!」

 

「ちょっとバンダ! ちゃんと説明しないと、伝わらないでしょうよ!?」

 

「まあ、見てれば分かるよ。だから皆、一度落ち着いて」


 背中の喧騒を感じながら、ジンは死骸の山をゆっくりと登る。

 その頂上に立つと、右の通路から途切れることのない戦闘音が聞こえた。


「シエルかな。……俺も、働かないとね」


 ジンが右手を前へかざすと、その指先から、そして足元の影から、バチバチという破裂音と共に漆黒の稲妻が走り出した。

 黒い雷が紫電を纏って明滅し、ジンの顔に濃い影を落とす。

 稲妻は2つに分かれ、獣の形を成していく。

 ほっそりとした四つ足に、鋭く伸びた鼻先。体毛の代わりに稲妻をなびかせた黒い二頭の狼が、青白い眼光を光らせていた。


「魔蟻が美味しいとは思えないけど。食べていいよ、『黒雷狼』」

 

 ジンの言葉に、二頭の狼が弾丸のように山を駆け下りた。

 みるみる加速し、黒い閃光と化した狼が魔蟻の群れへと襲い掛かる。

 その雷の顎が触れた瞬間、落雷が直撃したかのような轟音が狭い通路に響き渡った。

 弾け飛び、炭化する魔蟻を無視して、狼たちはさらに奥へと駆けていく。

 ジンはその背中を見送ると、今も音が途切れない右の通路を見て、眉を寄せた。


「……あの子たちのこと、よほど心配なのかな?」



  *********



 リリカは深夜になっても忙しなく働く使用人たちとすれ違いながら、自室へと戻った。

 上質なベッドに、備え付けの家具。

 複数人で一室を使う者も多い中では、恵まれた待遇だと言える。


 灯りもつけずに部屋に入ると、目の前にあった椅子を無言で蹴り飛ばした。

 大きな音を立てて壁に激突し、無残に砕け散る。

 だがリリカは椅子には目もくれず、握りしめた拳をテーブルに叩き付けた。

 その手には鈍く光るナイフが握られており、テーブルの表面を耳障りな音を立てて削り取る。

 何度も無言で、ただ破壊衝動に任せてナイフを振り回した。

 テーブルが乱雑に傷つけられた頃、リリカは最後にナイフをテーブルに突き刺し、その手を振るうのを止めた。

 暗闇の中で光る瞳の下、ギリィと音がするほど奥歯が強く噛みしめられる。


「……まったく……なんて、不甲斐ない……!」

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