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84話 観測開始:5年16日目-2 / 走るネズミ

 床にある古く錆びついた羽根戸。

 ロウは鍵を探しながら、背中に刺さる視線に耐えかね、おずおずと声を上げた。


「あの……ヴァイスさん。攫ってくるの、本当に一人だけなんすね」


「なんだ、不満か?」


「い、いえ! めっそうもない!」


 その肩に担がれた銀髪の少女。

 たぶん、ギズーが言っていたガキの片割れなのだろう。

 一人だけなのはあいつにとって不満かもしれないが、知ったこっちゃない。

 

 ゆっくりと羽根戸を持ち上げ、先に階段を下りていくヴァイスに続き、ロウも地下室へと足を踏み入れる。

 

 日の光の入らない、石造りの狭い空間。

 その隅に一人の少女が座り込んでいた。

 口には猿轡が噛まされ、両手には黒い手錠が嵌められている。手錠には暗い光を放つ魔石が埋め込まれ、そこから伸びた鎖が壁の金具へと繋がれていた。


「お仲間だ。仲良くしてやれ」


「ん!? んんーっ!」


 少女は顔を上げると、鎖の音を鳴らしながら、体を壁際に寄せて小さく縮こまった。

 ヴァイスがアリシアを床へ降ろすと、背負った剣が石畳と擦れ、ガチャリという音を立てる。


「一応、こっちにも魔封錠をつけておけ」


「わ、分かりました! それで、ヴァイスさんは?」


「迎えが着ているか、確認に行ってくる」


 男たちは少女を残し地下室を出ていく。

 そして羽根戸が閉じられると、鍵の閉まる音が響いた。


 男たちの足音が遠ざかり、念のためと、さらに少しの時間を置いた頃。

 エデンはアリシアの中から、光の粒子となって飛び出した。

 急ぎアリシアの体に異変がないか確認したいが、先にやらなければならないことがある。


「んん!? んんんっ!?」


「しっ、しー。静かにしてください」


 エデンが落ち着いた声で語り掛けると、目の前の少女は驚いたように目を見開きながらも頷いてくれた。

 エデンたちに比べると、三、四歳ほど年上だろうか。

 燃えるような赤い髪に、意志の強そうな茶色の瞳。

 着ている服は汚れてしまっているが、仕立ての良い上品なもので、どこかの良家のお嬢様に見える。


「ん。あなた、どこかで……」


 見覚えがある。そんな気がしたが、今は急いで行動しないと。

 エデンはアリシアの腰につけられたナイフを抜くと、彼女の肌を傷つけないように猿轡の結び目を切った。


「っ、あなた……いったい」


「先に、知っていることを教えてください。あいつらは何者ですか?」


 エデンの小声での質問に、少女は少し体を前に出し、震える声を押し殺して返した。


「分からない……分からないの。ただ、どこかの貴族関係だと思うんだけど……」


「貴族? なぜ貴族が、アリシアを狙うのです?」


「アリシア? アリシアって、この子のこと? ……ごめんなさい、分からないわ」


 そう言って、少女は力なく俯いてしまった。であれば、理由は奴らから直接聞き出すしかない。


「彼らが何人いるのか、分かりますか?」


「そ、そうね……見たのはさっきの二人と、もう一人別の男がいたけど」


「三人ですね。分かりました」


 マジックソナーで感知できる人数とも、一致している。

 ヴァイスと呼ばれた男は、先ほどの言葉通り建物を出ていった。

 残っているのはたった二人。今のうちに脱出したい。


「ここを出ます。立てますか?」


「無理よ……これ……」


 少女はそう言って、手錠へと視線を落とした。


「これがあると、魔力が阻害されて魔法が使えないの。それに凄く重くて……壁に繋がっているし」


「なるほど。あなた、お名前は?」


「名前? ……ダリヤ。ダリヤよ」


「そうですか。私はエデンと申します」


 手短に名乗りながら、エデンは短い階段を上り、羽根戸をそっと押してみた。

 先ほど鍵がかかる音が聞こえた通り、扉はびくともしない。

 だが扉の節穴から、部屋の外の様子が見えた。


「出られないわ。鍵、かかっているでしょう?」


「そうですね。では、鍵を奪ってきます」


「……へ?」


 どちらにしても、一度この部屋から出ないことには始まらない。

 床で眠り続けるアリシアの元に戻りながら、エデンはダリヤへと語り掛けた。


「ダリヤさん。アリシアのことを見ていてください。もし起きたら、状況の説明を」


「ど、どうやって部屋を出るの?」


 エデンは背負っていた鞄を、アリシアの傍にそっと下ろした。

 相変わらず、アリシアは穏やかな顔で眠っている。

 その頬に手を当てると、いつもと変わらない温もりが手の平から伝わってきた。


「……絶対に、許さない」


「え?」


「いいですね。静かに、待っていてください」


 エデンは再び階段を上ると、別のアバターへとその体を変更する。

 魔力の粒子へと分解された体が、子供の体よりさらに小さなサイズへと、圧縮されるように再構築されていく。

 小さな手に、黒い体毛に覆われた体。ひくひくと動く鼻に、細長い尻尾。

 闇に紛れる、黒いハツカネズミへと変化したエデンは、扉の穴をくぐり抜け外へと飛び出した。


 人気のない廊下を進みながら、エデンはマジックソナーの反応を確認する。

 ヴァイスと共にいた男が近くにいるのを確認し、その部屋の前で立ち止まった。

 扉もない部屋の奥で、彼は棚に手を突っ込み何かを探している。


「魔封錠、まだあったよな。どこにやった?」


 そう独り言をつぶやきながら、棚の奥を覗き込んでいる。

 エデンは音もなくネズミの体で近づくと、その背後でアバターを変更した。

 同時に、男の体を固定するように足元を魔法で凍りつかせる。

 

「え、うおっ!?」


「叫ばないでください。叫んだら、殺します」


 男が振り返るよりも早く、剣先を首筋にぴたりと押し当てる。

 男は冷たい金属の感触に肩を震わせると、ゆっくりと視線だけをエデンの方へと向けてきた。


「は、は? さっきの、ガキ?」


「質問が2つあります。答えなかったら、即座に殺します。分かったら頷いてください」


「へ、へへ。ガキが、いきがってんじゃ――」


 男の侮ったような薄笑いに、エデンは躊躇なく左手首から先を切り落とした。

 鮮血が飛び散り、たまらず叫び声を上げようとした男の喉元へ、再び剣を突きつける。


「うぎっ――!?」


「叫ばないのは賢明ですね。死にたくないのであれば」


 エデンの冷徹な声に、男は涙目になりながら頷いている。

 それを見て、エデンは再度男へと口を開いた。


「質問に答えなさい。なぜ、アリシアを攫ったのです?」


「た、頼まれたから、だよお」


「頼まれた? 誰にです?」


「ギズー、ギズーだ! あいつが、お前たちを潰して欲しいって!」


「ギズー? D級冒険者の、体の大きな男ですか?」


「そ、そうだよ!」


 思い出したくもない、冒険者試験の相手。アリシアを蹴飛ばした、嫌な男だった。


「……地下室の鍵と、魔封錠の鍵。どこにありますか?」


「つ、机の引き出しの中だ! ほら、そこにあるだろう!?」


 その視線の先、マジックソナーには、確かに鍵束が映っている。


「たしかに」

 

 エデンが納得したように頷くと、男は汗まみれの顔で引き攣った笑みを浮かべた。


「へ、へへ。ほ、ほら、これでいいだろ? 魔法、解いてくれよ」


「嫌です」


「がっ!?」


 突き上げた剣が、男の喉へずぶりと突き刺さる。

 剣が引き抜かれ、傷口から血が噴き出した。

 エデンはシャワーのように降る返り血を浴び、服が赤く染まっていくのを無表情に見つめている。


「……私のせい……でしょうか」


 ギズーを痛めつけたのは、アリシアではない。それは自分だ。

 シエルはやりすぎだと言っていた。その結果として、アリシアを危険に晒してしまったのだろうか。


 もはや物言わぬ肉塊となった男から興味を失ったように目を逸らすと、剣についた血を無造作に拭い鞘へと戻す。

 引き出しから鍵束を取り出し、もう一人の男の位置を確認した。

 建物の入り口から地下室までの間。その途中の部屋で、男は見張りのようにうろついている。


「……邪魔ですね。殺しますか」


 エデンは再び姿をネズミに変え、血の匂いを置き去りにして走り出した。



 *********



 残された地下室の中、ダリヤはどうすればいいか分からず、茫然と固まっていた。

 すると寝ていた少女が、小さなうめき声と共に身じろぎをする。

 それを見て、四つん這いになりながら彼女の傍へとすり寄った。

 

 先ほど光となって消えてしまった、エデンと名乗る不思議な女の子。

 彼女に、驚くほどよく似ている。

 小さな体。それなのに、背中には随分と無骨な剣を背負っている。


「あ……」


 冒険者ギルドの前で見かけた、あの子たちだ。遠目ではっきりとは見えなかったが、間違いない。

 偶然とも言える再会に驚きを隠せないが、どうしたらいいのだろう。

 エデンが姿を消してしまった理由も分からない。待っているように言われたけれど、この静寂と闇が、ダリヤの心細さを加速させる。

 誰でもいい、話し相手が欲しい。確か、この子の名前は……。


「あ、アリシア? 起きて」


 手錠の付いた手をゆっくりと上げ、彼女の肩を軽く揺する。

 だが起きないのを見て、少し強めに肩を揺すった。


「アリシア。お、起きて、ねえ」


「……んにゅ?」


 なんとも間の抜けた可愛らしい声が漏れ、ゆっくりと瞼が持ち上がった。

 彼女は目をこすりながら起き上がると、ぼんやりとダリヤを見つめた。


「……。だあれ?」


「え? あ、あ、そ、そうよね。私、ダリヤよ」


 ダリヤが名乗ると、アリシアはんーと伸びをして、大きく口を開けてあくびをした。

 そのあまりに呑気な振る舞いに、ダリヤの張り詰めていた糸がふっと緩む。


「ダリヤ、おねえ、ちゃん? アリシアね、なまえ、アリシア! よろしくね!」


「ええ。よろしく、アリシア」


 アリシアが笑うと、ダリヤの口元も自然と緩んでしまう。


「ち、ちがう! 今は、のんびりしてる場合じゃないのよ!」


 何をまったりと自己紹介なんてしているのだ。とにかく、まずは状況を伝えないと。


「アリシア。あのね、落ち着いて聞いてほしいの」


 どうして彼女が連れてこられたのか、詳しい事情は分からない。

 だけど、きっと怖がっている。

 そう思って口を開いたのに、アリシアはきょろきょろと暗い地下室を見渡すと、ダリヤの顔を覗き込んできた。


「ねえ、おねえちゃんどこいったの?」


「え、お、お姉ちゃん? ……あ、エデンって子のこと?」


 どう見ても、アリシアの方が背が高く、年上に見える。


「エデンなら、さっき急にいなくなっちゃって」


 あれは、本当に驚いた。

 もしかしたら転移が出来る、そんな希少なスキルを持っているのだろうか。


「って、違うの! アリシア、聞いて。今はね、そんな話してる時間はなくて――」


 ダリヤが首を振ると、頭上からガチャガチャと金属音が響いた。

 男が戻って来た。

 アリシアはキョトンと羽根戸を見上げているが、ダリヤは気が気ではない。

 膝立ちになると、アリシアの姿を隠すように階段との間へ移動した。

 

「ん? ダリヤおねえちゃん、みえないー」


「あ、アリシア。ちょっと、下がってなさい!」


 背中でアリシアを隠そうと奮闘していると、ガチリと鍵が開く音がした。

 そして階段の上から、どこか呆けたような、聞き覚えのある声が降ってくる。


「……二人とも、何をしているのです?」


「あ、おねえちゃん!」


「……え? あ、エデン、だったわよね。良かった、どこに行ったのかと……」


 羽根戸から差し込む微かな明かりが、頭からべっとりと血に濡れたエデンの姿を映し出した。

 それだけじゃない。狭く密閉された地下室に、むせ返るような鉄錆の臭いが充満する。


「あ、あなた、大丈夫なの!?」


「ん? ……ああ、これは返り血ですので。怪我はしていません」


「おねえちゃん、まものがいたの?」


「……そうね。魔物みたいなのがいたけど、もういないわ。それよりダリヤさん。これ、鍵です」


 差し出された鍵束を、ダリヤは信じられないと見つめた。

 いったいどうやって、あの男たちから鍵を奪ったというのか。

 固まってしまったダリヤを見て、エデンは鍵を1つ手に取った。


「ダリヤさん? 早く手錠を外しましょう」


「そ、そうね。あ、ありがとう」


 エデンの握った鍵が、手錠の穴へと差し込まれる。

 回らない鍵を現実味なく見つめていると、アリシアとエデンの緊張感のない会話が聞こえてくる。


「それでね、その男に、攫われちゃったのよ」


「おおー! ……だれが?」


「だから、アリシアよ」


「ええーっ!?」


 おかしい。さっきまで恐怖で震えていたはずなのに。

 二人の会話を聞いていると、攫われていることを忘れてしまいそうになる。

 もしかしたら恐怖でおかしくなって、変な願望が見えてるだけなのかもしれない。

 頭の中でそんなことを考えながらも、手元では金属音が続いていた。

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